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あなたのとりこ 407 [あなたのとりこ 14 創作]

「メーデーのデモ行進に参加しないでこうして寛いでいるのは、何となくプラカードを持って歩いているあの三人に対して申し訳無いような気もするよなあ」
 頑治さんはオムライスにスプーンを刺しながら云うのでありました。
「いや別に申し訳無く思う事はないんじゃないかな。あの三人はもの珍しさから、自分の意志で行進に参加しているんだし」
「しかし那間さんはどういう了見で参加したんだろう。大体あの人はああいうのはちょっと軽蔑気味に億劫がって、真っ先に一抜けたを表明するタイプじゃなかったなか」
「それはそうだな。どう云う気紛れを起こしたのかな」
 均目さんが自分の前のハンバーグにナイフを入れながら応えるのでありました。「ま、後日その辺は少し詳しく聞き質してみても良いけど」
「出雲さんも明日は土師尾常務と一緒に水戸に営業回りに出るんだし、そう云う気が滅入るような仕事を直前に控えていて、良く東京駅まで行進する気が起きるよなあ」
「まあ、明日はうんざりでも、明後日からは三連休だからと云う浮かれがあるのかな」
 均目さんはそう云った後、ハンバーグの一欠片を口の中に運ぶのでありました。
「しかし明日の土師尾常務と一緒の水戸行きは、当人としてはかなり気が重そうだったけどなあ。倉庫に来て何やかやと俺に愚痴を零していたし」
「それはそうだろうよ。あの土師尾常務と一緒に営業回りするとなったら、出雲君に限らず誰だって気が滅入るし、平に願い下げと云うところだろう。どうせ道中、あの土師尾常務の事だから、お辞儀の仕方とか電車の乗り方とかの殆ど無意味な事に関しても、得々として聞いた風な事を宣わってご指導に及ぶ心算なんだろうからなあ」
「出雲さんは今日の行進よりも明日の方が、より疲れて帰って来そうな雰囲気だな」
「まあ、間違いなくそうなるだろうな」
 均目さんは頷いて、口の中にハンバーグが入っているものだから、少しモゴモゴと喋り辛そうに口を動かしてから諾うのでありました。
「ところ均目君は、明後日からの三連休は何処かに旅行にでも行くの?」
 頑治さんはスプーンに大盛りのオムライスを口に運ぶのでありました。
「いや、別に遠くに出掛ける予定はないよ。三連休初日に前から那間さんに誘われていた映画を見に行くくらいで、後は家でのんびり過ごすよ」
「ほう、明後日は那間さんとデートかい?」
「いやそんなんじゃなくて、切符が二枚手に入ったからって誘われていて、それでまあ、どうせ暇だから付き合う事にしたと云うだけだよ」
「それで充分、デートとして成立するように思うけど」
「そうかな。実感としてはそんな感じじゃないけどね。そう云う事は前にもあったし、単なる友達付き合いと云う雰囲気以上のものは何も無いよ」
 均目さんは特段照れるでもなく、或いは態と照れる風を隠そうとしてか、さり気ない口調で云うのでありました。まあ、均目さんと那間裕子女史がお互いどのようなスタンスで映画を一緒に観に行くのかは、頑治さんにはどうでも良い事ではありましたけれど。
(続)
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あなたのとりこ 408 [あなたのとりこ 14 創作]

「唐目君は彼女が故郷から出て来るとか云っていたよなあ、ゴールデンウィークに」
 均目さんが自分と那間裕子女史の事から話題を逸らそうとしてか、フォークに載せたライスを口に運びながらながらそう訊くのでありました。
「うん。仕事絡みでね。もう既にこっちに来ているけど」
「彼女は何の仕事をしているんだっけ?」
「博物館の学芸員だよ」
「その、仕事絡み、と云うのは何だい?」
 再び自分と那間裕子女史の事にこの場での話しを戻らせないようにするためか、均目さんは頑治さんへの質問を畳みかけるのでありました。
「今度大学の考古学研究室と組んで、故郷にある弥生遺跡の大掛かりな発掘調査をするんで、その打ち合わせとか関係省庁への挨拶とかで出て来ているんだよ」
「ふうん。でもゴールデンウィークは大学も官庁も休みだろう?」
「仕事は明日までで、後はプライベートで五日迄こっちに居る訳だよ」
「ああ成程ね。明後日からの三日間は唐目君と二人でイチャイチャして過ごす訳ね」
 均目さんは目元に笑いを溜めて、からかうような口調で云うのでありました。そうだともそうじゃないとも返事するのが何となく面倒だったから、頑治さんは首を縦横何方にも動かさないで、均目さんから目を逸らしながら曖昧に笑うのみでありました。まあ実際、イチャイチャするのはほぼ百パーセント間違いないのではありますがけれど。
 それはさて置き、実のところ均目さんと那間裕子女史の仲てえものは、一体どのような感じなのでありましょう。随分前からかなり親密な恋仲のようでもあり、単なる会社の同僚で気の合う酒飲み友達と云う風でもあり、俄かには判じ難いところであります。頑治さんとしても二人への礼儀と、結局自分には無関係な事柄でしかないと云う無精から、これ迄も敢えてそこを均目さんに煩く問うたり詮索したりはしなかったのでありました。
 ここでも頑治さんは夕美さんとの今夕の逢瀬もあるから、均目さんと那間裕子女史の仲がどのようなものなのであろうかと云う究明は、まあ云ってみれば無関心且つ上の空状態に違いないのでありまして、会話が込み入って一種の退きづらい停滞が生じる前にそそくさと切り上げる心算なのでありました。頑治さんはオムライスの最後の一口を口中に放り込むと、未だ頬を咀嚼に動かしている最中ではあるけれど、スプーンを皿に置いてテーブルの上の紙ナプキンを取って口の周りをつるっと一拭いするのでありました。

 翌五月二日は、翌々日からの連休を控えた出社日でありましたから頑治さんは平常通り会社に向かうのでありました。何時もは殆ど毎日と云って良い程得意先直行の土師尾常務が珍しく朝から既に自席に座っていて、何やら書類に目を通しているのを目撃して全く意外に思うのでありましたが、そう云えばこの日は土師尾常務は指導と視察を兼ねて出雲さんと一緒に、水戸に特注営業に行く予定だったと云う事に思い当たるのでありました。
 しかし一方の出雲さんの姿は未だ見えないのでありました。土師尾常務の意気込みとは逆に、出雲さんとしては大いに気が重いと云う事なのでありましょうかな。
(続)
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あなたのとりこ 409 [あなたのとりこ 14 創作]

 始業時間ギリギリに出社して来た出雲さんは、早速土師尾常務に手招きされるのでありました。自分と一緒に営業回りをする日なんだから、恐懼してもっと早く会社に出て来いと云う土師尾常務の高飛車で身勝手なお説教が、マップケース越しに頑治さんの耳にも聞こえてくるのでありました。何時もにも況してこの日は気重の出社だと云うのに、出社して早々のお小言とは出雲さんとしては幸先が慎によろしくないと云うものであります。
 少しの打ち合わせの後揃って会社を出て行く二人と、ちょうど下の倉庫に向かおうとして偶々扉の辺りで並んだ頑治さんは、一タイミング歩を遅らせて二人を見送るのでありました。先に扉の外に出る土師尾常務の後から少し背中を丸めて出て行く出雲さんの後ろ姿に、これから先の気重が気配として滲み出しているような風でありましたか。
 この二人が水戸での特注営業を終えて社に帰って来たのは、夕方の六時を少し過ぎた頃でありましたか。土師尾常務は出て行く時とあまり変わらない、然して疲れてもいない様子で事務所の扉の内に入って来るのでありましたが、その後ろから現れたた出雲さんは、明らかに疲労困憊の色をその表情に濃く宿しているのでありました。
 頑治さんは丁度その日の仕事を切り上げて帰宅しようとして、未だ残っている袁満さんに挨拶の言葉をかけている時にこの二人の帰社を出迎えた格好でありました。先ずは土師尾常務にお帰りなさいと声を掛けるのでありましたが、土師尾常務はちらと頑治さんに一瞥をくれて、尊大な風情で僅かに頷いて見せるのでありました。同じく出雲さんにも声を掛けるのでありましたが、何故か出雲さんは驚いたように頑治さんを見て、すぐにおどおどと目を逸らして仕舞うのでありました。どこか尋常ならぬ素振りでありましたか。
 しかしこの後、頑治さんは喫茶店のレモンで夕美さんとの待ち合わせの約束があったものだから、帰社した出雲さんの様子が気にはなりながらも、そそくさと会社を後にするのでありました。まあ、明日からの三連休が明けてから、この水戸での特注営業道中の二人の遣り取りやら営業のあり様やら成果やらを聞く事もあろうと云うものであります。頑治さんとしては当面は夕美さんとの逢瀬の方が何より優先であります。
 喫茶店のレモンに夕美さんは既に来ていて、奥まった四人掛けの席に座って何やらの書類を眺めながらコーヒーを飲んでいるのでありました。夕美さんの座っている横には数日前に東京駅に迎えに行った時に見覚えた旅行カバンが二つ、椅子の上に窮屈そうに並べて載せられているのでありました。と云う事はつまり、どうやら既にそれ迄宿泊先としていたビジネスホテルをチェックアウトしてきたと云う事でありましょう。
「早々にホテルは引き払って来たのかな?」
 頑治さんは向かいの席に腰を下ろしながら訊くのでありました。
「そう。今日から頑ちゃんのアパートに転がり込む予定よ」
 夕美さんは手近にある方の旅行カバンの中から書類ホルダーを取り出して、今迄見ていた書類をその中に仕舞いながら云うのでありました。
「仕事の方は大方終わったのかい?」
「そうね。各方面とのの打ち合わせとか挨拶とか、この出張でやるべき仕事は今日のお昼で片付けたわ。だからこの後は、プライベートの旅行って事になるわね」
(続)
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あなたのとりこ 410 [あなたのとりこ 14 創作]

「それは重畳」
 そう云い終るタイミングで店のウェイトレスが近寄って来たので、頑治さんは訊かれる前にコーヒーを注文するのでありました。この、頑治さんとウェイトレスの遣り取りが間に挟まったものだから、頑治さんとの会話のテンポが微妙に乱れたような具合になった夕美さんは、何となく居心地悪そうに頑治さんに黙した儘笑って見せるのでありました。
「旅行カバンが横にあるって事は、ホテルの方も引き払ってきたと云う事だよね」
 頑治さんは仕切り直すような感じでそう質問を発するのでありました。
「そう。まあ今日の分の宿泊費迄は自前でなくても構わないんだけど、だからと云って、仕事はもう片付いたんだから、今日の夜も律義にホテルに泊まる必要なんかないもの。あたしとしてもさっさと頑ちゃんのところに転がり込みたいんだし」
「ああ成程。それはそうだ」
 頑治さんとしては夕美さんのその思惑が嬉しいと云った顔で頷くのでありました。
「じゃあ時間が勿体無いからここで愚図々々していないで、さっさと腰を上げて何処かで手早く夕食をやっつけて、なるべく早い目に俺のアパートに辿り着く事にするか」
 頑治さんは早速腰を上げるような素振りをするのでありました。
「未だ注文したコーヒーが来ていないわよ」
「そんなものはキャンセルすれば良いし」
「でももう出来上がっているんじゃないかしら。だとしたら店に悪いわよ」
「それもそうだけど」
「まあ、コーヒー一杯飲むくらいの時間はここでまったりしても良いんじゃない」
「うん。別に早く帰って観たいテレビがあると云う訳でもなし、それはそうだよな」
 頑治さんは改めて椅子に腰を落ち着けるのでありました。しかしコーヒーが来ると急かされるように、頑治さんは熱いコーヒーを早急に喉の奥に流し込む作業に四苦八苦するのでありましたか。それを見ながら夕美さんは笑っているのでありました。

 その日の夜、既に十時を回った頃電話のベルがけたたましく鳴るのでありました。頑治さんも夕美さんももう風呂から上がって、帰りがけに買ったワインのコルク栓を開けて、寝る迄の時間を久方ぶりに二人差し向かいで寛いでいる時でありました。
 電話の主は袁満さんでありました。
「ああ、遅い時間に申し訳無い」
 袁満さんは先ずそう謝るのでありました。しかし何となくただならぬ気配が受話器から聞こえてくる袁満さんの声に籠っているのでありました。
「何かありましたか?」
 これから袁満さんの口から陰鬱で面倒な事件が語られるのではないかいかと、頑治さんは聞く前からうんざりした気分になるのでありましたが、それを声に表わさないように気を遣いながら、寧ろやや呑気そうな語調で訊ねるのでありました。
「出雲君から今電話があって、会社を辞めると云うんだ」
(続)
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あなたのとりこ 411 [あなたのとりこ 14 創作]

「今出雲君から、会社を辞めたいと云う電話があったんだ」
「会社を辞めたい?」
「休み明けに退職願いを出す心算のようだよ」
 頑治さんは唸るのでありました。しかしこれは実のところ、全くの青天の霹靂とか驚天動地の情報と云うものでもなく、前から何時かはこの様な話しを聞く事があるかも知れないと云う思いは抱いていたから、一応袁満さんへの儀礼的反応として唸りはしたものの、その割には結構冷静にこの話しそのものは受け止められるのでありました。
 頑治さんが困じたような唸り声をあげたものだから、夕美さんがワインを飲む手を止めて不安そうな目を向けるのでありました。しかし声の深刻さの割に頑治さんの表情が、どちらかと云うと気持ちの激しい波立ちを感じさせない無表情に近いものだったから、この唸り声は電話を掛けてきた相手への一種のサービスであろうすぐに理解したようでありました。夕美さんは頑治さんを見る目の力を緩めて一口ワインを飲むのでありました。
「今日の水戸行きで何かあったんでしょうかね?」
 頑治さんは少し動揺して見せるような物腰で訊くのでありました。
「土師尾常務と一緒に今日一日行動して、相当参ったんじゃないかな」
 袁満さんは陰鬱な声で返すのでありました。「例に依って箸の上げ下ろしまで逐一難癖をつけるような事を一日中されて、我慢の限界に達したんだと思うよ。出雲君はさっきの電話ではあんまり詳しくは云わなかったけど、そうに決まっている」
「電話で袁満さんに詳しい経緯を語らなかったんですか?」
「そうね。もう辞めるとなったら今更ごちゃごちゃ云うのが面倒になったのかな」
 確かに出雲さんは何に依らずあっさりしたところがあって、決断に至るまでは様々憤慨したり恐怖したりしても、一端決断するとその過程にあった様々な感情を引き出しから無造作に取り出して、さらっと遺棄して仕舞うようなところがありましたか。これを潔さと見るか、自棄っぱちの思考放棄と見るかは何とも云えないところではありますが。
「出雲さんの決意は固そうですかね?」
「電話の声からはそう云う風に感じたけど」
「袁満さんとしては一応慰留したんですか?」
「もう少しじっくり考えたり、色んな人に相談してから、改めて冷静になって会社を辞めるかそれとも留まるか、決めた方が良いんじゃないかとは云ったけど、・・・」
「で、その袁満さんの意見に対して、出雲さんはどんな反応でした?」
「もうしっかり決断しているためか、素っ気無くて上の空と云う感じだったかな」
 確かに兆候はあったと云うべきで、会社を辞めようかしらと云う一種の願望はかなり前から、態度をはっきりさせる機会がこれ迄偶々無かっただけで、出雲さんの頭の中に埋み火のようにずっとあり続けていたのでありましょう。だからこの土師尾常務と一緒の日帰りの小旅行に依って、きっぱりと踏ん切りが付いたと云うところでありましょうか。
「もうここに至っては、出雲さんの決心は固いと云うところですかねえ」
「俺はそう云う風に感じたけど」
(続)
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あなたのとりこ 412 [あなたのとりこ 14 創作]

「ところでその出雲さんの件は、俺以外の人にはもう話したんですかね?」
「先ず均目君に電話を掛けたんだけど、留守みたいで出なかったよ。それから那間さんのアパートにも電話したけど、こっちも出ない。だから組合員じゃないんだけど同じ営業部だから日比さんに電話したら、こちらは家に居たんだ」
「で、日比課長はどう云う反応でしたか?」
「すごく驚いたようだけど、でもすぐに出雲君の件に関して何か動こうと云う心算は無いようだったかな。明日から奥さんと娘さんと三人で信州の白骨温泉に家族旅行に行く予定らしくて、休みが明けてから会社で出雲君に話しを聞いてみるとか云っていたかな」
「ああそうですか」
 頑治さんがそう応えて少し黙るのは、何だか嫌な予感が頭の隅にモヤっと兆したからでありありました。「で、袁満さんはどうする心算なんですか?」
「俺に電話をくれたのにその儘放って置く訳にもいかないから、明日の昼に出雲君と逢って詳しいところを聞いてみる事にしたんだ」
「ああそうですか、明日逢う事になったんですか。・・・」
 袁満さんが均目さんと那間裕子女史、それから日比課長と電話をしてその後に頑治さんにも電話してきたと云うのは、複数の誰かに一緒に出雲さんの話しを聞いて貰いたいからでありましょう。前の三人が、留守で電話に出ないか、或いは出てもつれない態度であったから、頑治さん一人にそのお鉢が回って来たと云う寸法でありますか。
 それは判るとしても頑治さんだって、折角久し振りに東京に出て来た夕美さんとの楽しかるべき時間が予定されているのであります。頑治さんがチラと夕美さんの方を伺うと、頑治さんの相手に対する言葉から何となく話しの経緯を推察していると、あんまり良好とは云えない風に会話が推移しているような具合を夕美さんも薄々察したようで、上目遣いで頑治さんの方を見る夕美さんの表情に不安の色が浮いているのでありました。
「唐目君は明日、都合が悪いかな?」
 袁満さんが矢張りそう聞いてくるのでありました。
「明日何時に何処で出雲さんと逢うんですか?」
「午後二時から池袋の喫茶店で、と云う事になっているけど」
「ああそうですか。・・・」
 頑治さんはその返事の後にまた少し沈黙するのでありました。
「そんなに長い時間は掛からないと思うよ。ただ話しを聞くだけだから」
 袁満さんは頑治さんの色好い返事を促すためかそんな事をものすのでありました。しかしそうは云っても、会社を辞める決断に至った経緯を出雲さんから縷々事情を聞くとなると、結構な時間が掛かるのではと予測されるのでありました。
「池袋の何と云う名前で、どの辺りにある喫茶店ですか?」
 頑治さんはそう電話の向こうに言葉を送りながら、肚の内で秘かな溜息を吐くのでありました。今日の明日では都合が付かないとか何とか云ってきっぱり断れば良いのに、自分のお人好し加減に自分でうんざりして、これも肚の内で舌打ちするのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 413 [あなたのとりこ 14 創作]

 袁満さんが先に電話を切るのを待ってから頑治さんが受話器を架台の上に戻すと、それとほぼ同時に夕美さんが言葉を発するのでありました。
「明日何処かに出掛けるの?」
「うん。会社で一番歳若の人が突然会社を辞めると云うんだよ。で、どうして急にそう云う決断をたのか、明日直に逢って聞き質す事になったんだよ」
「今のはその人からの電話?」
「いやそうじゃなくて、辞めると電話をしてきた当人の先輩格の別の人。その先輩格が当人に逢って話しを聞くから、一人じゃ心細いので一緒に居てくれと云う事なんだ」
「ふうん。明日は用事が出来たって事ね」
 夕美さんの声が如何にも不機嫌そうに変化するのでありました。「折角久し振りに東京に出て来たあたしを放って置いて、別の用事を今の今、態々作った訳ね」
「そう云う意図じゃ更々ないけど、でも、申し訳無い」
 確かに外形的にはその通りであるから、頑治さんは夕美さんから目を逸らしてしおらしく項垂れるのでありました。すぐに電話を折り返して矢張り明日は行けないと袁満さんに断りを入れようかと思うのでありましたが、それも何となく不細工な話しであります。
「まあ、仕方が無いわ」
 夕美さんが少しは緩んだものの未だ不愉快さを宿した声で呟くのでありました。「何だか無神経に断れそうもない、緊急事態、と云った感じみたいだから」
「申し訳無い」
 頑治さんは先程と同じ言葉を恐縮の色を一層込めて繰り返すのでありました。「その代り用が済んだら一目散に帰って来るよ」
「何処で何時に待ち合わせしたの?」
「池袋の喫茶店で午後二時からと云う話しだよ」
「それで話しは、見込みとしてどのくらいで済むのかしら?」
「一時間か、まあ、もう少しかかるかも」
「じゃあ、話しが終わる頃に池袋にあたしも行こうかしら。前に池袋でデートした事なんか多分無かったから、それも面白いかも知れないわよ」
「池袋でデートねえ。・・・」
 確かに二人共通の場所として、池袋と云う街には今迄殆ど縁が無かったと云えば縁が無かったのでありました。まあ、頑治さんは偶に一人で、随分前の事ではありますが池袋演芸場に落語を聴きに行った事はありましたが、それもほんの数度の事でありましたか。
「サンシャイン水族館とか云ってみるのはどうかしら」
「サンシャイン水族館、ねえ。確かにこれ迄行った事はないけど、でもそれはつまり敢えて行きたいと思った事もないと云う事ではあるんだけどね」
「それから高層ビルのレストランで夜景を見ながら食事、とかさ」
「まあ確かにそれも悪くないけど、何となく池袋と云う街には馴染みが薄いからなあ」
「だから、寧ろ好都合と云う訳じゃない」
(続)
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あなたのとりこ 414 [あなたのとりこ 14 創作]

「じゃあ、そうするか。午後二時から丁度一時間で切り上げて、駅の地下街で三時に待ち合わせと云う感じで良いかな。あんまり池袋駅の構内事情を知らないから、どこかの改札口辺りを待ち合わせ場所にすると判り易いかな」
「一時間で話しは終わるかしら?」
「何が何でも切り上げるようにするよ。この後大事な用があるからとか云って」
 頑治さんとしては夕美さんの不興と我慢へのせめてもの慰撫として、一時間以内で袁満さんと出雲さんとの話しはきっぱり切り上げる心算なのでありました。
「ところで、池袋駅は改札口ってあちこちにあるんじゃないの?」
「ああそうだな。地理不案内なら返ってまごまごしそうだな」
「だったら西武百貨店の正面玄関、とかなら何となくちゃんと落ち合えそうかな」
「俺としては間違いない場所と云うなら池袋演芸場の前とかの方が確かだけど、でもそれじゃあ夕美の方が良く判らないだろうからね、あの辺はゴチャゴチャしているし」
「そうね、池袋演芸場なんて知らないわ」
「じゃあ矢張り西武百貨店の正面玄関前、と云う事にするか。何となく池袋での待ち合わせ場所としては、変な云い方だけど、嫌に素人っぽい感じではあるけど」
「映画館の文芸坐は知っているわよ。こっちの方が通っぽいかも」
 夕美さんが頑治さんの軽口に調子を合わせてくれるのでありました。
「そこは俺が知らない。名前は聞いた事があるけど」
「じゃあ、西武百貨店にする方が、ずぶの素人の待ち合わせ場所としては無難かな」
 池袋での待ち合わせに於いて、素人だろうが通だろうが別にどうでも良いと云えばどうでも良い事でありますけれど、ま、そう落着するのでありました。
 頑治さんは夕美さんに臍を曲げられなくて良かったと思うのでありました。お返しに夕食はうんと奮発するしかないとも考えるのでありました。

 立教大学の図書館が見える辺りにあるその喫茶店に少し迷った上で、ほぼ時間通りに到着してみると袁満さんと出雲さんはもう来ているのでありました。出入り口近くの四人掛けのテーブル席に向かい合わせで座っていたから、すぐに見つけるのでありました。
「よお、お疲れさん」
 袁満さんが片手を挙げて見せるのでありました。「ここはすぐに判ったかい?」
「ええ。立教の図書館を目標に来たら、意外にすんなりと来る事が出来ました」
 頑治さんは袁満さんの横に腰を下ろすと、水とおしぼりを運んできた学生アルバイト風のウェイトレスにホットコーヒーを注文するのでありました。
「お休みだと云うのに俺のために態々済みませんっス」
 出雲さんが頭を掻きながら真顔で、頑治さんに向かって首をヒョイと前に出すような仕草で礼をして見せるのでありました。
「いやまあ、別に大丈夫ですよ。ただ一時間くらいしか居られませんけど」
 頑治さんは夕美さんの顔を頭の隅に思い浮かべながら首を横に振るのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 415 [あなたのとりこ 14 創作]

「どうも済みませんっス」
 出雲さんがさっきと同じ事を云って今度はやや丁寧にお辞儀するのでありました。
「出雲さん、会社を辞めるんですか?」
 注文したコーヒーが来る前に頑治さんは出雲さんに聞き質すのでありました。出雲さんはその問いに対して、笑って見せるだけで敢えて言葉では応えないのでありました。
「昨日の水戸での営業で何かあったんですかね?」
 頑治さんのその問い掛けに今度も出雲さんは首を縦にも横にも動かさないで、口を形だけ引き攣るように笑いに動かすのみでありました。この問いにも言葉では応えないのかと思いきや、出雲さんは少しタイミングを遅らせて喋り始めるのでありまあした。
「仕事が終わって帰りの列車の中で、ちょっと許せないような事を云われまして、もうこの人の下で働くのは限界だと悟ったんスよ」
「何を云われたんですかね?」
 頑治さんが畳みかけると出雲さんは出ようとした言葉を口の中に押し止めるためか、巾着の紐を絞るように口を窄めて発声を少し躊躇するのでありました。その代りか、頑治さんの横に座っている袁満さんが口を開くのでありました。
「この仕事でこの先何の成果も上げられないのなら、のほほんと会社に居座って給料をもらっていても人間として仕方が無いんじゃないか、てな感じの言葉みたいだよ」
 自分の事はさて置いて土師尾常務なら他の人に向かってそんな事くらい平気で口にすると云うのは、昨日今日に限った事でないのは出雲さんだけではなく会社の誰もが知っている事であります。だから出雲さんにもそんな土師尾常務に対して一種の耐性が出来ている筈で、さらっと聞き流す事も易く出来ただろうにと頑治さんは思うのでありました。
 頑治さんは出雲さんの会社を辞めると云う重い決断と、土師尾常務のこれ迄にも屡聞いた事のあるこの軽率な難癖との振り合いが、何となく取れていないような気がするのでありました。だから慮ってみると、一日中、面白く思っていないヤツの監視付きで、大した目途も無く飛び込み営業に歩き回ってほとほと疲れ果てて、その上に帰りの列車の中でも延々と、言葉遣いやらお辞儀の仕方とか、向後の身の置き所とかに関して小言を云われ続けていれば、遂に堪忍袋の緒も切れる限界を迎えたと云うところなのかも知れません。
 何時もなら上の空に聞き流す類の土師尾常務言葉も、急に出雲さんの気持ちの堰に引っかかって仕舞ったのでありましょう。まあ、そのように推察出来るのであります。
「で、列車の中で、出雲さんは土師尾常務にきっぱり歯向かったんですかね?」
 頑治さんは出雲さんの顔を遠慮がちに覗き込むような目付きで聞くのでありました。
「この儘会社に居て給料を貰っていても仕方が無い、とか云う言葉を聞いた時には、カチンと来て迂闊にも土師尾常務の顔を睨み付けましたけど、まあ唐目さんも知っての通り、俺はそんなに気が強い方では無いから、すぐに目を外したっスけどね」
 出雲さんは面目無さそうな笑いを頬に浮かべるのでありました。しかし出雲さんは、背はそんなに高くはないけど体格はがっちりしている方で、土師尾常務の貧相な体格と比較すれば、遥かに押し出しは強そうな印象と云えるでありましょうけれど。
(続)
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あなたのとりこ 416 [あなたのとりこ 14 創作]

 それに確かに、出雲さんは滅多に人に逆らったりしないし、口数も少ないし、何時も円満そうな笑いを頬から絶やさない人であります。がしかし、案外頑固な一面も、自分に対する理不尽さに遭遇したら怒気も見せる意地も持っているし、普段は温厚そうにしていても、怒ったらなかなかに怖い人に変貌するタイプに違いないと頑治さんは前から見做しているのではありました。腕っ節も、揮ったらそこそこ強そうでもありますし。
「それに前に、・・・」
 出雲さんは続けるのでありました。「唐目さんから酒の席か何かで、土師尾常務と片久那制作部長は俺と日比課長と云う二番手を辞めさせたがっているんじゃないか、とかそんな話しを聞いたのを、家に帰ってからふと思い出したんですよ。そうしたらここで自分が会社を辞めるのが、まあ、間違いのない選択かなと、そんな風に思ったんです」
 そう云えば確かにそんな観測を披露した事があったと頑治さんは思うのでありました。しかしそれは均目さんと那間裕子女史の二人にであって、後日均目さんが皆で飲んだ時にその事を皆に開陳したのではありませんでしたっけ。まあ、頑治さんの観測でありますから、頑治さんがそう云ったと云われても仕方無いかも知れませんけれど、今思うとうっかりした事を思慮も無く無邪気にものしたものだと頑治さんは悔やむのでありました。
「しかしそう云う経営側の目論見を阻止する目的もあって、組合を創ったんだし」
 袁満さんが少し説得口調で喋り始めるのでありました。「経営側の身勝手な思惑に振り回されないための組合と云う事なら、ここは出雲君も軽々に会社を辞めると云う結論を導き出さないで、もう少し我慢と云うのか、頑張っても良いんじゃないのかな」
「それはそうかも知れないけど、・・・」
 出雲さんは俯くのでありました。それは袁満さんに慰留されて退職届を出す事に悩みが生じたと云う俯き方ではなく、決意を翻す気は無いけれど袁満さんの顔も潰したくはないと云う、そちら方面に対する憚りと気遣いのためのようでありました。ま、出雲さんは辞意を撤回する気は毛頭無いと、頑治さんはその俯き方から察するのでありました。
 何となく会話がここで滞るのでありました。重苦しい空気がテーブルの上に三つ載った飲みかけの白いコーヒーカップの周りに泥むのでありました。
「会社を辞めると云う決心は、どうしても変わらないのかねえ」
 袁満さんが先ず、重苦しさに堪え兼ねたようにそう呟くのでありましたし、それはもう説得を諦めたような云い草にも聞こえるのでありました。
「どうも済みません。突然勝手な事を云い出して」
 出雲さんは袁満さんに向かって深く頭を下げるのでありました。
「まあ、会社を辞めようと決心する直接の引き金は、今度の土師尾常務と一緒に行った水戸での営業だったかも知れないけど、屹度出雲君の中では、会社そのものや会社の将来、それに多分俺達同僚に対する愛想尽かしなんかも屹度あったんだろうしなあ」
 袁満さんはしみじみとそう呟くのでありました。
「いやあ、皆さんに対する恨み言は何も無いですよ、本当に。寧ろ今迄こんなちゃらんぽらんな俺に対して、親切にしていただいて感謝しているくらいです」
(続)
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あなたのとりこ 417 [あなたのとりこ 14 創作]

 とは云うものの、袁満さんの呟いた事も満更当たっていない事も無いと頑治さんは考えるのでありました。何となく昨年の暮れからここまで、陰鬱とか不安とか不信とか憤怒とか落胆とか、そんなネガティブな感情ばかりが会社での諸事に纏わり付いていたような気もするのでありました。勿論それとは反対の好もしき感情も全く無い事もなかったでありましょうが、概観すると矢張り気の滅入る事の方が多かったような印象であります。
 出雲さんはそう云うあんまり心躍らない感情の波間に、自ら好んでと云う訳ではなく浮かんでいる内に諸事に愛想尽かししていた訳で、今次の土師尾常務と一緒の水戸での営業活動が会社を辞す決断の決定打となったのでありましょう。だから早々にこの場から遁走を図って、次の全く新たな展開に期するところ大なるものがあるでありましょう。出雲さんのこれから先の方便の道は、結局出雲さんだけが決定出来るものでありますし。
「あーあ、俺ももう辞めたいよ」
 袁満さんが少し捨て鉢な口調で愚痴るのでありました。しかしその愚痴にはリアリティーが然程無いと頑治さんは感じるのでありました。どんなに多く見積もっても四分程度の願望で、残り六分は辞める気は無いと云う事でありましょうか。
 そんな袁満さんの心根も然る事ながら、この言葉は出雲さんの辞意に対して、それを確定的に認める事を表明したと云う風にも捉えられるでありますか。つまり袁満さんは説得を諦めたと云う態であります。まあ、袁満さんが認めようが認めまいが、この件に関しては畢竟、出雲さんだけにしか最終的決定権は無いのでありますけれど。
「すみませんねえ、本当に」
 出雲さんはまた訪れた暫しの重苦しい沈黙の時間を破るようにそう云って、再び袁満さんと頑治さんに向かって深くお辞儀するのでありました。
「いやまあ、仕様が無い事ですよ」
 もう袁満さんは意を表したと云う事になるでしょうから、これは頑治さんが説得を放棄すると表する科白と云う事になるのでありあした。

 出雲さんが一足早く席を立つのでありました。喫茶店に残された袁満さんと頑治さんは隣り合って座った儘、冷めたコーヒーをしめやかに口に運ぶのでありました。
「これで組合員は、五人、と云う事になるのか」
 袁満さんが寂しそうに云うのでありました。「この春に旗揚げして、あたふたしながらやっと春闘を一度経験しただけと云うのに、もう二人も組合員が減った訳だ」
 出雲さんは兎も角、恐らく袁満さんの計算には組合旗揚げ前に会社を辞めた山尾主任が入っているのでありましょうが、それは計上すべき人数かどうか頑治さんは少し迷うのでありました。まあ、だからと云って敢えてその事を云いはしないのでありますけれど。
「でも甲斐さんが新たに入ったじゃないですか」
「それはそうだけど、若し甲斐さんが入らなければ四人の組合と云う事になっていて、これじゃあ経営三人に対してあんまり体裁がよろしくないし、迫力が無いよなあ」
「いや、人数だけが組合の拠り所と云う訳ではないでしょうけれど」
(続)
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あなたのとりこ 418 [あなたのとりこ 14 創作]

「でも、今の組合員は誰も、組合活動に対してそれ程積極的でもないし」
 袁満さんはやや上目で頑治さんの方をチラと見るのでありました。何となく自分が組合活動に熱心でない事をやんわり批判されているような気がして、頑治さんは少し申し訳無いような、面目無いような気分になるのでありました。
「そう云われると恥じ入るしかありませんが。・・・」
[それに急進的な左翼的信念でグイグイ組合をリードするような人材も居ないし」
「まあ確かにそうですけど、でも寧ろその方が組合の中に於いても対外的にも、妙な軋轢やらいざこざが発生しなくて、好都合と云えば好都合なんじゃないですか」
「しかし経営と対峙する時に、何となく弱いよなあ」
「急進的左翼となると片久那制作部長の顔が思い浮かびますが、それなら、もう今となっては無い話しですが、若し片久那制作部長が役員になる前に組合に入る事になったとしたら、それこそ我々を置いてけ堀にしてもグイグイとリードして行って、全総連の方針なんかとも無関係に、組合をドンドン闘争的な組織にして仕舞うかもしれませんよ」
「ああそうだなあ。そうなるとちょっと付いていけないかなあ」
 袁満さんは尻込みするように席の背凭れに身を引くのでありました。まあ、片久那制作部長も今では家庭もあるし年齢も重ねているし、全共闘時代のようにそうそう過激な熱意は多分無いでありましょうけれど。でもなかなかに頑迷ですから、経営と対峙する局面では、他の組合員がちょっと引いてしまうくらいに闘争的にはなるかも知れません。
「ところで袁満さんとしては出雲さんの辞意を容認すると云う事で良いんですね?」
 頑治さんは出雲さんの件に話題を戻すのでありました。
「まあ、仕方ないだろうなあ。出来るものなら俺だって辞めたいくらいなんだから」
 袁満さんは一種の弱気を吐露するのでありました。「辞めたいと云うのを無理に引き留めるような権利は俺達には無いもの。組合の都合で、辞めるなとは云えない」
「それはその通りです」
 袁満さんはそうは云うものの、狎れ親しんだ同僚と云うのか、同じ営業部の弟分に身近を離れられる事に気の毒になるくらい寂しそうな佇まいを見せているのでありました。その袁満さんの姿から目立たぬように視線を離して、頑治さんは俯いて腕時計にそれとなく目を遣るのでありました。ぼちぼちこのしめやかな場を切り上げて、夕美さんと待ち合わせている池袋駅東口の西武百貨店正面玄関に向かった方が良い時間であります。
「ああ、一時間くらいしか居られなかったんだよね、唐目君は」
 袁満さんは頑治さんのそわそわしているような風情に気付いたようでありました。
「ああ、ええ、まあ。・・・」
 頑治さんが妙に言葉を濁すのは、何となくがっかりしている傷心の袁満さんを残してこの場を去る事が、如何にも不人情な振る舞いのように思われるからでありました。
「じゃあ、俺もぼちぼち帰るかな」
 袁満さんが立ち上がるのでありました。まあ、頑治さんは勿論断然夕美さんの方が優先でありますから、ここはグッと無愛想の振る舞いに徹するのでありました。
(続)
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