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あなたのとりこ 409 [あなたのとりこ 14 創作]

 始業時間ギリギリに出社して来た出雲さんは、早速土師尾常務に手招きされるのでありました。自分と一緒に営業回りをする日なんだから、恐懼してもっと早く会社に出て来いと云う土師尾常務の高飛車で身勝手なお説教が、マップケース越しに頑治さんの耳にも聞こえてくるのでありました。何時もにも況してこの日は気重の出社だと云うのに、出社して早々のお小言とは出雲さんとしては幸先が慎によろしくないと云うものであります。
 少しの打ち合わせの後揃って会社を出て行く二人と、ちょうど下の倉庫に向かおうとして偶々扉の辺りで並んだ頑治さんは、一タイミング歩を遅らせて二人を見送るのでありました。先に扉の外に出る土師尾常務の後から少し背中を丸めて出て行く出雲さんの後ろ姿に、これから先の気重が気配として滲み出しているような風でありましたか。
 この二人が水戸での特注営業を終えて社に帰って来たのは、夕方の六時を少し過ぎた頃でありましたか。土師尾常務は出て行く時とあまり変わらない、然して疲れてもいない様子で事務所の扉の内に入って来るのでありましたが、その後ろから現れたた出雲さんは、明らかに疲労困憊の色をその表情に濃く宿しているのでありました。
 頑治さんは丁度その日の仕事を切り上げて帰宅しようとして、未だ残っている袁満さんに挨拶の言葉をかけている時にこの二人の帰社を出迎えた格好でありました。先ずは土師尾常務にお帰りなさいと声を掛けるのでありましたが、土師尾常務はちらと頑治さんに一瞥をくれて、尊大な風情で僅かに頷いて見せるのでありました。同じく出雲さんにも声を掛けるのでありましたが、何故か出雲さんは驚いたように頑治さんを見て、すぐにおどおどと目を逸らして仕舞うのでありました。どこか尋常ならぬ素振りでありましたか。
 しかしこの後、頑治さんは喫茶店のレモンで夕美さんとの待ち合わせの約束があったものだから、帰社した出雲さんの様子が気にはなりながらも、そそくさと会社を後にするのでありました。まあ、明日からの三連休が明けてから、この水戸での特注営業道中の二人の遣り取りやら営業のあり様やら成果やらを聞く事もあろうと云うものであります。頑治さんとしては当面は夕美さんとの逢瀬の方が何より優先であります。
 喫茶店のレモンに夕美さんは既に来ていて、奥まった四人掛けの席に座って何やらの書類を眺めながらコーヒーを飲んでいるのでありました。夕美さんの座っている横には数日前に東京駅に迎えに行った時に見覚えた旅行カバンが二つ、椅子の上に窮屈そうに並べて載せられているのでありました。と云う事はつまり、どうやら既にそれ迄宿泊先としていたビジネスホテルをチェックアウトしてきたと云う事でありましょう。
「早々にホテルは引き払って来たのかな?」
 頑治さんは向かいの席に腰を下ろしながら訊くのでありました。
「そう。今日から頑ちゃんのアパートに転がり込む予定よ」
 夕美さんは手近にある方の旅行カバンの中から書類ホルダーを取り出して、今迄見ていた書類をその中に仕舞いながら云うのでありました。
「仕事の方は大方終わったのかい?」
「そうね。各方面とのの打ち合わせとか挨拶とか、この出張でやるべき仕事は今日のお昼で片付けたわ。だからこの後は、プライベートの旅行って事になるわね」
(続)
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