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あなたのとりこ 745 [あなたのとりこ 25 創作]

「そう。短期間で優秀な営業マンにしてみせるよ」
「ああそうですか」
 頑治さんは無抑揚に云うのでありましたが、その声音に何となく不愉快そうな気分がしっかり漂っていたであろうと、云った後で思うのでありました。
「どうだろう、僕の下で働いてみる気はないかな?」
「待遇はどうなるのでしょうかね?」
「待遇とか、その辺はこれからの相談と云う事になるがね」
 土師尾常務は急に興醒めたような云い草になるのでありました。「まあ、一応営業見習いと云う事になるから、最初からそんなに賃金は出せないけど」
「でも梱包とか発送とか、配達なんかの仕事もやるんでしょう?」
「そう云う仕事は、まあ、誰にでもやれる仕事だしね」
「何だか待遇の話しをしたら急に、物腰から不快感が滲み出しましたね」
「そんな事はないよ」
 土師尾常務は少しムキになって全く心外であるような口振りで云うのでありました。と云う事はズバリ、そんな事、であったと云う証明でありましょう。

 何となく気まずい沈黙の時間が少々流れるのでありました。
「すぐにとはいかないけど、将来営業の仕事も熟せると云う目鼻が付いたら、まあ、贈答社で払っていたのと同じ給料くらいは出す心算でいるよ」
「将来ではなく、現在ではどのくらいの待遇をしていただけるんですかね?」
「それはまあ、はっきりこのくらいと確約は今は出来ない。未だ会社を立ち上げようと云うタイミングだから、将来を期して貰うしかないな」
 土師尾常務は頑治さんが待遇面の話しを持ち出すとは思ってもいなかったようでありました。失業者の分際なんだから雇って貰うだけで有難い筈だし、幾ら貰えるかとか、そんなさもしい希望はこの際棄てて、少ししおらしくしろと云うところでありましょう。
「待遇の話しをされるのが不愉快なんですか?」
「そう云う訳じゃない」
「常務の始められる会社に来いと誘われて、それならば待遇面はどうなるのか、と聞くのは不遜で不謹慎な事なんですかね?」
「そうじゃないよ」
 土師尾常務は不機嫌を露骨にするのでありました。少なくとも自分の興す会社に来て欲しいと持ちかけるのなら、少しくらいは下手に出ても良さそうなものであります。自分の意にそぐわない返答が相手から返ってきたり、聞かれたくはない事を聞かれたりするとすぐにこう云う感情的な反応を示す辺り、まあ、相も変わらずのようであります。
「ところで常務は、お寺の仕事は続けていらっしゃるのですか?」
 頑治さんは話頭を変えるのでありました。
「ああ、うん。副住職としての責任もあるし、僕は僧職を天職と考えているから」
(続)
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