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枯葉の髪飾り 3 創作 ブログトップ

枯葉の髪飾りLⅩⅠ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 体育祭の日を切っかけに、吉岡佳世がそれまでに比べて学校を休みがちになっていったのは、拙生にはとても心配なことでありました。夏休み以降ほとんど皆勤に近かったのに、十一月が終わる頃には週に二日は欠席するようになったのであります。登校した日は以前通りで元気に過ごしているし、痩せたとかやつれたとか、どこと云って変わった風には見えないのでありますけれど。
 朝の教室に彼女の姿がない日は拙生はひどく気分が落ちこんでしまって、勉強も手につかずに学校に居る間中彼女のことが心配であれやこれやと思い煩うのでありました。体育祭の翌日に彼女の赤い水筒がすぐに見つかったのだから、それを機に彼女の体調や様々な事象は屹度好転するはずであったのですが。・・・
 吉岡佳世が学校を休んだ日は決まって、拙生は帰りに彼女の家に立ち寄るのでありました。学校の配布物などは拙生が彼女の家に届ける役であると、坂下先生以下誰もがそう思っている風で、勿論その役を務めることもありますが、当然そう云う用事がない日であっても拙生は彼女の家に必ず行くのでありました。
 拙生が行くと、時に彼女は自分の部屋で寝こんでいる場合がありました。なんとなく微熱があって体がだるくてなどと寝ていた理由を説明しながら、吉岡佳世は照れたように笑いながらベッドの上に起き上がるのであります。
「起きとこうと思えば、起きていられるとやけど」
 彼女はそう云いながらベッドから出ようとするのでありました。
「熱のあるとやろう、無理せんで寝とってよか」
 拙生は両手を前に出して彼女に掌を見せながら彼女の動きを制します。
「うん、でもほんの微熱やし、ぼちぼち寝てるのにも厭きてきたし」
 彼女は薄黄色の地に小さな赤い花が散りばめられた柄のパジャマを着ているのでありました。
「そんなら皆で居間でお茶にしようか」
 拙生を彼女の部屋まで案内してきた吉岡佳世のお母さんが、ベッドから出た彼女に云います。吉岡佳世はうんと云ってベッドの上に置いてあった赤いカーディガンを羽織ると、拙生と彼女のお母さんの後について居間へ移動するのでありました。
「ぼちぼち風邪の流行る時期けん、その予防もあって無理に学校には行かせんごとしとるとよ。風邪がもとで、ひょっとして肺炎にでもなったらいかんけんね」
 彼女のお母さんが茶を入れて、湯気の立ち昇る湯呑の一つを拙生の前に置きながら云うのでありました。お母さんはそれからすぐに立ち上がり、台所から茶うけの菓子を器に盛って持ってくるのであります。
「九十九島せんぺいなんか食べるかね、井渕君は?」
 お母さんが云います。「佳世は結構好きみたいやけど」
「ああ、オイいや僕も好いとるです」
 拙生は頷くのでありました。ピーナッツと甘いせんぺいの取りあわせが香ばしい、佐世保に昔からある菓子でありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅡ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「今日は学校で配られたプリントとか、伝達事項とかはなかです」
 拙生が彼女のお母さんに云います。
「いつも済まんねえ、色々届けものとかして貰うて」
「いやあ、別に届けもののなか時でも、こがんしてお邪魔させてもろうとるけん、オイいや僕の方が迷惑じゃなかて思いよるとばってんが」
 吉岡佳世がクスッと笑うのでありました。それが何に対しての笑いなのか判然としないものだから、拙生は彼女の顔を真顔のまま見るのでありました。
「井渕君は、あたしのお母さんに対していつも、オイ、て云うた後にすぐ、僕、て云い直すよねえ、前から思うとったけどさ」
 吉岡佳世が九十九島せんぺいを一つ手に取りながら云うのでありました。
「そりゃあ、目上の人に対して、オイ、て云うとも失礼かて思うけんがくさ」
「そんなら初めから、僕、て云えばよかとに。態々いつも云い直すから、なんとなく可笑しか」
「癖になっとるけんがね。そいけん、つい出てしまうっちゃん」
「別に、オイでもよかよ」
 彼女のお母さんが云います。
「いや、そうはいかんです。佳世さんには笑われるばってん」
「律儀かねえ。井渕君は二人の時は佳世のことはなんて呼びよると。佳世さん、ね?」
 彼女のお母さんが興味津々といった面持ちで拙生に聞くのでありました。
「吉岡、て呼ぶよね何時も」
 吉岡佳世が云うのでありました。
「下の名前で呼んだりせんと?」
「いやあ、そがん呼び方はせんです」
「佳世は井渕君のことばどがん呼ぶと?」
 彼女のお母さんは吉岡佳世の方に顔を向けて聞きます。
「井渕君て呼ぶ」
「なんか愛想のなかねえ、二人共」
「ずうっとそがん呼んできたから、今更別の呼び方するのは照れ臭いもん」
 吉岡佳世はそう云いながら、拙生に同意を求めるような目を向けるのでありました。拙生がその目に向かって何度か頷いて見せるのは、彼女のお母さんに同じ心境であることを伝えるための仕草であります。
「井渕君は家ではなんて呼ばれよると?」
「秀二て呼ばれます」
「愛称はなかと、秀ちゃんとか?」
「他の親類とかはそがん云い方ばするけど、親は呼び捨てします」
「佳世も家では、佳世、て呼び捨てか、そがん云えば」
 彼女のお母さんが云うのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅢ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「あたし今度から、井渕君のこと、秀ちゃんて呼ぼうか」
 吉岡佳世が嬉しそうな顔をしながら云います。
「やめろ、そがん呼ばれたらどがん顔して返事すればよかか迷う」
「井渕君も、あたしのことば、佳世ちゃんて呼んでいいよ」
「いやあ、そがん風には、なんとなく呼びにくか」
「そりゃ、秀ちゃんに佳世ちゃん、て呼びあう方が、親密な感じはするね」
 彼女のお母さんがそう云って笑うのでありました。
「秀ちゃん」
 吉岡佳世が拙生をからかうようにそう呼びかけるのでありました。
「やめろ、調子の狂う」
 拙生はなんとなく顔が火照るのが自分で判るのでありました。
 そんな他愛のないことを話しながらお茶を飲み終えて、拙生は腕時計に目を遣ります。
「さて、ぼちぼち帰ろうかね」
「もっとゆっくりしていけばよかとに」
 彼女のお母さんが云います。
「いや、もう入試までそがん時間のなかけん、帰って勉強ばせんばいかんけんが」
「ああ、そうね、そんなら引きとめても悪かねえ」
「お父さんに宜しく云うてください」
 拙生はそう云いながら立ち上がるのでありました。
「そんじゃあ、明日は多分学校に行けるて思うから、明日ね」
 玄関まで送りに来た吉岡佳世が、靴を履いて振り返った拙生に向かって云うのでありました。その日は彼女だけが玄関まで来て、彼女のお母さんは居間に残っていたのでありました。拙生は彼女の目を少し長く見つめます。
「うん、ほんじゃ明日。それからそのう・・・」
 そう口を開いた後、拙生の後に続く言葉が口許からなかなか出ていきません。「なんて云うか、その、やっぱい吉岡の居らん学校は、いっちょん面白うなか」
 拙生はそう云って彼女から目を離すのでありました。先程彼女に「秀ちゃん」と呼ばれた時以上に顔が火照ります。これは結構勇気の要る発言でありました。彼女を元気づけるための言葉だと自分に言い聞かせて、やっとその言葉を口から離したのでありましたが、しかしまったく以って拙生の本心そのものが映った言葉でありました。
「うん。あたしも井渕君と一日逢えんとは、悲しか」
 吉岡佳世のその言葉を聞いて拙生は一気に逆上せあがるのでありました。奥の方を見て彼女のお母さんが出てくる気配がないことを確認して、拙生は彼女の方に手を差し延べます。その拙生の手を吉岡佳世が握ります。拙生は彼女の握力が結構力強いことを確認して、なんとなく安心してその手を離すのでありました。手を離すことを嫌うように彼女の手が拙生の指に絡みつこうとしますが、玄関先でそういつまでも手を握りあっていることも憚られるので、拙生はにいと笑って無言で手を挙げて彼女に暇を告げるのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅣ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 吉岡佳世が学校に出て来た日は二人で同じ空間に居られることを慈しむかのように、拙生と彼女はなるべく寄り添って一緒に時を過ごすのでありました。勿論、学校と云う場から浮き出ないような配慮の上でのことではありましたが。それでもまあ、周囲には寸暇を惜しんでいちゃついているように見えていたでありましょうか。隅田や安田、それに島田も拙生と吉岡佳世の熱気に当てられたように、我々に近づくことを遠慮しているようでありました。しかし彼等やクラスの他の連中の視線など構ったことではないのでありました。拙生は元気な顔で吉岡佳世が学校に出て来たと云うそのことだけで、もう、矢鱈に嬉しくて仕方がなかったのでありました。
 そんな日は学校が引けた後も拙生が彼女の家に帰りがけに寄ったり、偶に二人で市民病院裏の公園に行って今度は二人だけの時間を過ごすのでありました。どうせ拙生は受験勉強の方は、あわよくば何処か入れてくれる大学があればそれで幸せと云う魂胆でいたものでありますから、然程に気にかからないのでありました。受験生としては名ばかりのいい加減な受験生であります。
 一度彼女が学校を休んだ日に、あまりに拙生一人だけで何時も彼女の家に行くことに気後れしたものだから、隅田と安田それに島田を誘って出かけたことがありました。当然ながら大和田を誘うことはしません。大和田はあの拙生に殴打された一件以来、もう我々を避けて決して傍には近づかないのでありました。大和田は学校に居る間中ほとんど一人で誰とも会話することもなく、ノートや参考書を開いて過ごすのでありました。勿論拙生はあれ以来彼とは何の交通もありません。隅田も安田も大和田と関わりあうことを避けている風でありました。
 吉岡佳世を見舞うのに多人数では迷惑かとも拙生は思ったのでありますが、偶には大勢でワイワイ押しがけるのも悪くはないかと企んだのでありました。そう云う訪問も彼女の気持ちを引き立てるのに有効ではあるはずであります。それにどうせ拙生は、この先何時でも彼女と二人きりの時間は持てるのでありますから。
「今日は大勢連れて来たぞ」
 拙生は玄関に迎えに出てきた吉岡佳世に云うのでありました。「大勢で伺うとは迷惑ぞて云うたとですけど、コイツ等がどうしても今日一緒に行くて利かんもんけんが、仕方なく連れて来たとです」
 と、これは一緒に出てきた彼女のお母さんに向かって云った言葉でありました。拙生が誘って連れて来たのが実際であったので、そう云われた他の連中はなんとなく拙生の調子のよさに面食らうような顔をするのでありました。しかし敢えて三人は特に何も言葉を発しないのでありました。
「ああ、よう来てくれたね。さあ、上がって上がって」
 吉岡佳世のお母さんは嬉しそうな顔をしてそう我々を促すのでありました。
 やはり四人での訪問は賑やかでありました。彼女のお母さんも交えて六色の声が笑いさざめきながら混じりあう会話は、拙生だけの訪問とはまた趣が違った楽しさがあります。吉岡佳世の家の居間が俄かに華やぐのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅤ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「なんか、あんまい具合の悪かごとは見えんなあ、吉岡は」
 安田が云うのでありました。
「うん、本当は大丈夫とやけど、ほら、今学校で風邪の流行ってるやろう、だから用心のために、朝ちょっとあたしの体温が高い時とかは、学校は休めて云われてるから」
「それは、お医者さんに云われてると?」
 島田が安田の後を引き取って吉岡佳世にそう聞きます。
「そう。手術も近いけん」
 吉岡佳世が一つ頷いて島田に云います。
「手術は冬休みやったぞね、確か」
 これは隅田の言葉であります。
「うん。て云うても年末じゃなくて、年明けの七日か八日の予定」
「もう三学期の始まる頃やん」
 安田が鼻翼を人差し指で掻きながら云います。
「そう。だから三学期の出席は絶望的な感じ。多分あたし皆と一緒に卒業出来んやろうね」
 吉岡佳世のその言葉の後、少しの間会話が途切れるのでありました。
「冬休みに入ったら、すぐ入院て云うことになるとか?」
 隅田が聞きます。
「ううん。年が明けて三日の日。市民病院が三日から始まるけん」
「ふうん。でもそんならクリスマスとか正月とかは、家で過ごせるやん」
 安田が務めて能天気な口調でそう云ったのは、きっと話題が深刻になるのを嫌ったためでありましょう。「そんなら初詣にこの五人で行くか、八幡神社か何処かに」
「手術前とに、そがん寒か外に佳世ば連れ出すとは、ダメとやなかと?」
 島田が水を差します。
「そんならクリスマスばするか、誰かの家に集まって」
「安田の馬鹿ちんの鈍感」
 島田が安田の頭を小突きながら云うのでありました。「クリスマスは井渕君と二人だけで過ごす方が、佳世はいいに決まっとるやろう」
「ああそうか」
「いや、別にそがんことはなかばってん」
 拙生は吉岡佳世の顔を横目で窺いながら云います。「島田、変に気ば回し過ぎとるぞ、それは」
「ふうん、そうね。佳世も井渕君も無理せんでよかとよ、別に」
 島田は拙生と吉岡佳世の顔を交互に見ながらニヤニヤと笑うのでありました。
「そんなら、クリスマスの日は皆でウチに集まらんね?」
 吉岡佳世のお母さんが提案します。「ちょっとした料理なら用意するけん、クリスマスパーティーば皆でしようか、好かったら。ねえ、佳世」
 彼女のお母さんはそう云った後に吉岡佳世の顔を見るのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅥ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「うん、それは楽しかよね、きっと」
 吉岡佳世が同意するのでありました。
「吉岡の手術に向けての激励会て云う意味もあるぞ、そうしたら」
 安田が云います。
「でも料理とかお願いするとは申しわけなかし、入院ば控えて忙しか時期でしょうし」
 島田が吉岡佳世のお母さんの顔を見ながら尻ごみするのでありました。
「大丈夫くさ。料理はオイ達で分担して持ってくればよかやっか」
「それもそうやけどさ」
「よし、決まり。と云うことでお母さん、料理とかはなあんもせんでよかですけんね。ただこのテーブルば貸して貰えればよかです」
 安田が市場で魚の競り値が決まった時のように手を一つ打つのでありました。「メンバーはこの五人と、あとお母さんと云うことになるかね。あ、もしお父さんとか他に家族の人が参加されるとは自由です」
「当たり前たい。佳世の家でさせて貰うとなら」
 島田が態々余計なことをと云うように、うんざりした顔を安田に向けながら云います。
「はいはい。ま、取り敢えずこれでクリスマスパーティーの件は決定。楽しみになってきたぞ」
 安田は大乗り気と云った顔をして喜ぶのでありました。
「パーティーはクリスマスの日にするとか、それともクリスマスイブの日にするとか?」
 隅田が安田に聞きます。
「大概クリスマスパーティーは、クリスマスイブの日にするやろうもん」
 安田が拙生に同意を求めるように顔を向けるのでありました。
「さあ知らん。ウチは浄土真宗けんが」
「なんや、それは」
 これは拙生と安田のボケとツッコミであります。
「あら、井渕君の家は浄土真宗ね。ウチと一緒たい」
 とこれは吉岡佳世のお母さんの言葉であります。「でもウチは別にクリスマスとかは、宗旨に関係なくケーキとか買うてきて食べるけど、井渕君の家ではそがんことせんと?」
「いや、ウチも別にケーキとか食うばってん・・・」
「お母さん、井渕君の冗談たい」
 吉岡佳世が彼女のお母さんの肩を平手でひとつ叩きながら説明してくれるのでありました。
「ああ、なあんね。あたしはまた井渕君の家では、浄土真宗の行事以外のことは一切しなさらんとかて思うたよ、真面目な信徒さんの家ならそうかも知れんて思うて」
「で、パーティーはクリスマスの日にするとか、それともクリスマスイブの日にするとか?」
 隅田がさっきと同じことをまた聞くのでありました。その言葉を受けて、吉岡佳世のお母さんが後ろの壁に掛ってあるカレンダーを見るために体を捩るのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅦ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「二十四日のクリスマスイブは月曜日になるね」
 吉岡佳世のお母さんが体を捩ったまま云うのでありました。
「月曜日ですか。あんまい都合のよか日じゃなかかなあ、そうなると」
 隅田が顎を擦りながら云います。
「そしたら、ちょっと早かばってん、二十二日の土曜日はどがんね? 学校の引けた後五時頃ウチに来て貰うて云うことで」
 吉岡佳世のお母さんが体をまだ捩った儘云うのでありました。
「土曜日なら、都合のよかですね」
 隅田が云います。
「そうね、補修授業のあっても三時半までけん、その後色々買い物しても大丈夫しね」
 島田が隅田の後を続けます。
「よし決まり。そしたら二十二日の五時にお邪魔します」
 安田がそう云って吉岡佳世のお母さんに頭を下げるのでありました。
「繰り返しますけど、なあんも用意とかせんでよかですよ。あたし達で色々買ってきますから、食べ物とか飲み物とか。それにケーキも」
 島田がお母さんに告げます。
「ケーキはウチで用意させて貰おうかね。ちょっとはおもてなしの真似ごとばしたかけん」
 吉岡佳世のお母さんはそう云ってようやく体を元の体勢に戻すのでありました。
「ま、まだ先けん、細かことはまたその内打ちあわせるとして、取りあえず、日にちだけは決定て云うことにしとこうで、今日は」
 隅田が云うのでありました。
「今から楽しみね、佳世」
 吉岡佳世のお母さんが彼女を見ながら云います。
「うん、楽しみ。今年のクリスマスは賑やかになるね」
 吉岡佳世が両手を胸の前であわせて肩を竦めて見せるのでありました。
「さて、あんまい長うお邪魔しとってもなんけんが、そろそろ帰ろうで」
 隅田が少し間を置いて云うのでありました。
「あらあ、もう帰ると?」
 吉岡佳世のお母さんが残念そうに云います。
「また時々寄らせて貰いますから」
 島田が吉岡佳世のお母さんに頭を下げます。
「どうせクリスマスの打ちあわせもせんばし、またすぐ寄りますよ」
 安田がそう云ったのを潮に我々は立ち上がるのでありました。
「今日は有難う、皆、来てくれて」
 吉岡佳世が一緒に立ち上がりながら三人に礼を云います。
「いやいや、井渕に邪魔者が三人ついて来ただけけんが。しかも無理にお願いして」
 隅田がそう云って拙生を見ながらニヤリと笑うのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅧ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 秋が深まると吉岡佳世は風邪を引かないための用心もあって、学校に出てくるのは週の内半分程になっているのでありました。別に体調が悪くなったためではなくて、本当に手術を間近に控えた配慮であると彼女は強調するのでありました。心臓及び肺や気管支への負担を極力抑えるようにとの病院からの指示は実際にあるのでしょう。しかし拙生には取り越し苦労であることを願うのみではありましたが、なんとなく彼女の元気が夏の頃に比べると、次第に委縮してきているように感じられるのでありました。
 吉岡佳世が学校へ出てこようと休もうと拙生は必ず彼女に毎日逢うのでありましたが、しかしやはり彼女が登校してきた日はどこか心躍るのでありました。彼女に風邪を引かせないようにと気を遣って、周囲に咳きこんだり鼻水をすすったりする音が聞こえると、拙生はそちらに敵意を含んだ目を向けたりするのでありましたが、自分が鼻詰まりなどに陥るとこれはもう非常に困惑するのでありました。拙生に近づいてこようとする吉岡佳世を手で制して、風邪の兆候が自分にあることを彼女に告げ一定の距離を保とうとするのでありましが、これは切ない所作でありました。それでも近づこうとする彼女から逃げるため、拙生は席を立って彼女の接近を回避しようとします。
「ダメて。オイは風邪ば引いとるごたるけん、うつるぞ」
 拙生はそう云いながら片手を横に懸命に振ります。
「大丈夫よ。そがん神経質にならんでも」
 吉岡佳世は笑ってそんな大胆なことを云うのであります。
「いやいや、ダメて。咳も出そうやし」
 それでも彼女はまるで拙生の必死さを面白がるように接近を試みます。拙生は彼女が進めた歩の同じ分後退します。その光景を見ていた隅田が拙生に声をかけるのでありました。
「井渕、うろたえるな。インフルエンザとかウイルス性の風邪じゃなかなら、うつりはせんて。どうせお前のは、寝像の悪かったための寝冷えかなんかやろうから心配なか。風邪に託けて、いちゃいちゃ見せつけてくれんでもよかて」
「オイは本気で吉岡ば心配しとるとぞ」
 拙生がどんなに真面目な顔でそう自分の行動を説明しようと、隅田はヘラヘラと笑って取りあわないのでありました。当の吉岡佳世も隅田と同じ笑いを顔に宿して、尚更近くに寄って来ようとして拙生を困らせるのでありました。
 比較的暖かい日で彼女が学校に出てきた日は、偶に市民病院裏の公園に学校帰りに二人で出かけたりしました。拙生は彼女の体調がとても心配ではありましたが、彼女から誘われるとなかなか断れないのでありました。
 十一月も下旬になると市民病院裏の公園の木々も、なんとなく冬に向かって身を縮こめ始めているように見えるのでありました。椿や樅などの常緑樹が殆どでありましたが、所々に落葉樹があってあのベンチ横の銀杏の木も繁った葉を黄色く変色させて、夏とはまるで違った乾いた葉擦れの音を立てているのでありました。ベンチの上にもその周辺の地面にも落ちた黄色い枯葉が散らばって、それは風に忙しなく吹き弄ばれながら一所へ身を寄せあうように集まろうとしているのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅨ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「クリスマスパーティーまで、あと一ヶ月くらいね」
 ベンチの上の落ち葉を掃って拙生と並んで腰かけた吉岡佳世は云うのでありました。
「今から楽しみのごたるね、お前」
「うん、楽しみ。家族以外の人とクリスマスするとは初めてやもん」
 すぐ横の銀杏の木が暫くの間がさごそと黄色い葉擦れの音を響かせます。
「寒うなかか?」
「ううん、大丈夫」
 またすぐに乾いた葉擦れの音がして、その音に拙生と彼女の言葉がベンチの上にあった落ち葉のように二人の空間から掃われてしまいます。
「あたしやっぱり、来年三月に、井渕君と一緒に高校卒業するのは、難しいかも知れんね」
 吉岡佳世は葉擦れの音が去った後に云うのでありました。
 いやそんなことはまだ判らないと拙生は否定しようとしたのでありますが、最近の彼女の学校への出席具合や手術のことなど諸々鑑みると、実際の所卒業は本当に無理かもしれないかなと考えてしまって、口に上せる言葉に窮するのでありました。
「ま、でも、いいの」
 彼女は拙生の言葉を待たずに続けます。「そうやろうて、前から思うてたし、予定通りて云えば予定通り。それにあと一年みっちり勉強して、体も大丈夫になって、それから大学受験する方が、きっと現実的かも知れんから」
 彼女は拙生の方を見ずに少し俯いて、地面を時々はらはら動く黄色い落ち葉を見ながら云うのでありました。「井渕君と一緒じゃないのは、寂しかけど」
 そう云った後で彼女は顔を拙生の方に向けて笑いかけるのでありました。
「オイが一足先に卒業するとしてもぞ、その後二度と逢えんようになるわけやなかし。もし東京の大学にオイが行っても、夏休みとか冬休みとかはこっちに帰って来るし、手紙とか電話でしょっちゅう連絡は取れるし」
「井渕君の顔ば、何時も見れんのは嫌やけど、そうね、一年の辛抱よね」
 少し強い風が吹いて葉擦れの音が一段と高くなるのでありました。
 不意に吉岡佳世はベンチから立ち上がるのでありました。それから数歩歩いて拙生から少し遠ざかりその後体ごと此方に向き直ります。その振り向き方がどこか決然としているように見えて、どう云うものか拙生は少したじろぐのでありました。
「井渕君、どうも有難う、今まで」
 吉岡佳世はそう云って拙生に深々と頭を下げるのでありました。
「なんや、急に、そがんこと」
 拙生はどぎまぎとして言葉の端を縺れさせます。
「あのね、夏にこの公園で偶然会ってから、ずっと、あたしにこんなによくしてくれて、本当に、なんて云ってお礼をしたらて、そうずっと思うとって・・・」
 吉岡佳世のその言葉の最後は、俄かに高くなった葉擦れの音にかき消されてしまって、拙生の耳に完全には収まらないのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「なあんか、そがんことは別に今云わんでよかやっか。そう改まって云われると、なんかまるで、別れの言葉のごと聞こえてしまうやっか」
「御免ね、そんなんじゃないとやけど」
 吉岡佳世が云います。「でも、どうしても一度お礼が云いたかったと。それで」
「オイが、好きでお前にこうしてつき纏っとるとけんが、お礼ば云われても困るばい」
「うん。でも、これが最後。井渕君、本当に有難う」
 吉岡佳世はもう一度、深く腰を折るのでありました。彼女がゆっくり顔を起こした時、丁度、黄色い銀杏の枯葉が一枚舞い降りてきて、それはまるで髪飾りのように、彼女の頭の上に少しの間止まったのでありました。一瞬の、吉岡佳世のとても美しい肖像画でありました。しかしそこに止まり続けることを躊躇うように、枯葉の髪飾りはすぐに、地面へと落下するのでありました。吉岡佳世が今不意に、拙生に自分の最も美しい姿を見せてくれたような気がして、拙生は感動のようなものを覚えて、思わず息を飲むのでありました。
 吉岡佳世が拙生の前まで近寄って来ます。彼女は徐に両手を差し出します。拙生はその手を取って立ち上がり、ごく自然と云った風に彼女の体を引き寄せるのでありました。
 拙生の両手の中にまるで巣籠るように収まる彼女の体はとても華奢で、拙生が少しでも力を入れると毀れてしまいそうでありました。彼女の髪の匂いが拙生の鼻の前に舞い、その柔らかでしっとりした髪の毛が拙生の頬を撫でるのであります。先程の、枯葉の髪飾りを頭に飾った彼女の可憐な像が拙生の目の中に蘇るのでありました。
 背中へ回した拙生の掌の中に彼女の体温が沁みこんでくるのでありました。拙生は自分の掌の冷たさにひどく恐縮するのでありました。もっと暖かい掌で彼女を包んでやりたかったと、そんな悔悟を感じながら彼女の体を支えているのでありました。
 暫くは甘美な感奮の中で二人じっと身を寄せていたのでありますが、なんとなく長い時間そうやっていることに照れて、拙生は彼女の両肩に掌を移し彼女の体を自分から少し遠ざけます。しかしそうはしたもののその後にどうすればいいのか、どう云う言葉を発すればいいのか全く判らなくなって途方に暮れるのでありました。吉岡佳世は胸の前に両手を引きつけて拳をあわせた姿で、拙生を上目で見ています。拙生は発すべき言葉を必死に探すのでありましたが、逆上せ上った頭には何も思い浮かんではきません。
「寒うなかか?」
 ようやく出た言葉がそれでありました。吉岡佳世は無言で顔を横に動かすのでありました。そうなるとまた拙生は言葉に窮するのであります。世の中には言葉など不要な局面もあるのだと云うことを、その当時の拙生は知らなかったのでありました。
 結局思考停止の末に拙生は仕方なく(!)また彼女の体を自分の懐の中に引き寄せます。逆らうこともなく、いや寧ろそうされることを待っていたように彼女は拙生に寄り添うのでありました。
 彼女の両手が拙生の背中に回されて、その手が拙生の学生服を掴むのでありました。それから意外な強さで、彼女は拙生の体を自分の体に引きつけるのであります。二人の体が、紙一枚も差し挟むことが出来ないくらいに密着します。
「誰かに見られるかも知れんぞ」
 朴念仁の坊やがまたもや言葉を発するのでありました。
「いいの」
 吉岡佳世の言葉はきっぱりとしていて、もう何の反駁も許さないと云う風でありました。彼女の腕の力と云うのか、そこに籠められた彼女の気持ちの強さに圧倒されながら、拙生はたじろぎつつも彼女の肩を同じくらいの強さで抱き続けるのでありました。横の銀杏の木がまるで拙生の不器用さを冷やかすように葉擦れの音を辺り中に響かせ、枯葉を幾枚か二人の足下に振り落とすのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅠ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 クリスマスパーティーを予定していた土曜日はとても寒い日でありました。そのためか、その日吉岡佳世は学校を休んでいたのでありました。
 もしも彼女の体の具合が思わしくないのなら、予定していたクリスマスパーティーを取り止めにした方がよかろうと、拙生は学校が終わった後に学校最寄りのバス停傍の公衆電話から、彼女の家に伺いの電話を入れてみたのでありました。電話に出たのは吉岡佳世本人でありました。彼女によれば矢張り単に用心のために学校を休んだのであり、体の調子は全く問題ないから是非予定通りパーティーを開催したいと云うことでありました。
「あたしが休んだから、皆が来なかったらどうしようて心配してたと。よかった、丁度電話があって。もうケーキもウチに届いてるし」
 彼女の声は弾んでいるのでありました。
「今日のパーティーは大丈夫のごたるぞ」
 拙生は電話を切ってから、拙生を囲むように心配顔をして立っている隅田と安田と島田に云うのでありました。
「おう、そうか。そりゃよかった」
 安田が手をひとつ叩きながら歓喜の声を上げます。
「そんなら予定通り、あたしと安田は戸尾市場まで行ってクリスマスの飾りとか、クラッカーとか、あと適当になんか買ってから佳世の家に向かうけん、井渕君と隅田君は佳世の家の近くのスーパーでチキンとか果物とか買って、先に行っとって」
 島田が云います。
「よし、判った。ええと、食いものはチキンの足ば焼いたのば人数分と、あとリンゴかなんかでよかかね。他になんか買うとくものはなかか?」
 隅田が島田に確認します。
「チキンは二つくらい余計に買うとく方がよかかも知れん。一応この四人と佳世とお母さんの六人分で大丈夫ては思うけど、まあ、余ったら佳世の家に置いて帰れえばよかし。それから、ポテトサラダかマカロニサラダ、それになんかあんた達の好きな、おかずになるような物ば適当に買うとって。任せる」
「ポテトサラダとマカロニサラダは、どっちば買えばよかとか?」
 隅田が島田に聞きます。
「どっちでんよか。好きな方ば買えば」
「そがん云われても、どっちも好いとるけんが迷うね」
 隅田は腕組みして、いったいどちらを購入すべきかと思案するのでありました。
「どっちにするかは、スーパーで見てから決めればよかたいね。今ここでそがんこと考えとらんで、ほら、早う行こうで」
 島田は行動開始を促すために隅田の腕を一つ叩くのでありました。
 四人は同じバスに乗りこんで、もっと先にある戸尾市場へ向う島田と安田をバスの中に残して、拙生と隅田は吉岡佳世の家の最寄りのバス停で先に下車するのでありました。バスを降りると冬の冷たい風が拙生の旋毛に吹きつけて来るのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅡ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 吉岡佳世の家には、大学が休みに入ったためか、彼女のお兄さんが居るのでありました。
「おう、いらっしゃい」
 吉岡佳世のお兄さんは上がりこんできた拙生と隅田に炬燵に入ったまま云うのでありました。彼女の家の居間は何時も置いてある座卓が片づけられて、同じくらいの大きさの長方形をした炬燵が出してあるのでありました。窓の所にはストーブが置いてあって、居間の中はとても温かでありました。
「何時、京都から帰ってこらしたとですか?」
 拙生はお兄さんに挨拶の積もりで頭を下げながら聞きます。
「うん、昨日。なんか話に聞いたら、今日はクリスマスパーティーばするて云うことけん、どうせオイも行く所もなかし、仲間に入れてもらおうておもうてくさ。よかやろうか?」
「ええ、それはもう。賑やかな方がよかけん」
 そう応えながら拙生は島田の、チキンは二つくらい余計に買っておいた方がよかろうと云う指示の、見事なまでに的確であったことに感心などするのでありました。
「こんなのば買うてきましたけん」
 台所から出てきた吉岡佳世のお母さんに隅田が手に持った紙袋を渡すのでありました。
「済まんねえ、食料の調達までして貰うて」
 吉岡佳世のお母さんはそう云いながらその紙袋を受け取るのでありました。
「何、買ってきたと?」
 吉岡佳世がそう云ってお母さんの持つ紙袋の中を覗きこみます。
「七面鳥、じゃなくて鶏の腿と、あとポテトサラダとリンゴと、鰯の天ぷらにスボ蒲鉾」
 拙生が説明します。
「マカロニサラダの方が、よかったやろうか?」
 隅田が心配そうに吉岡佳世にそう尋ねているのでありました。
「安田君と島田さんは?」
 吉岡佳世のお母さんがそう拙生に聞きます。
「はい、クリスマスの飾りつけとか後、ほら、紐ば引っ張ってパンて音ば出すやつ」
「クラッカー?」
 吉岡佳世が云います。
「そうそう、そのクラッカーとかば買いに戸尾市場まで行ったです」
「戸尾市場までね。態々申しわけなかごたるねえ」
「いや、どうせ本人達が好きでしとるとけんが、問題なかです」
 隅田がお母さんの恐縮を掃うためにそう云うのでありました。
「二人で、買い物しながら、喧嘩してないやろうか?」
 吉岡佳世が心配顔で云います。
「しとるやろう、屹度。ばってん島田が戸尾市場に買い物に行くて云うた時、安田がすぐに、そんならオイがついて行こうかねて云うたとやもんね」
 隅田がそんな事情説明をするのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅢ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「へえ、犬猿の仲じゃなかったと、あの二人?」
「実はそうでもなかとかも知れんぞ、前からオイは云いよったけど」
 隅田が自分の言葉に自分で頷きます。
「あの二人は大概喧嘩口調ではあるばってんが、結局考えてみたら何時も二人でつるんで喋ってばっかいおるわけやからねえ。顔ばあわせると罵りあいばしよるけど、傍目にはそう見えて、実はあの罵りあいはあの二人だけの、独特のお互いの存在ば確認する、交感手段て云うとかも知れん」
 拙生が解説を試みます。
「そいは、云えとる」
 隅田がニヤニヤと笑いながら同調します。
 その時玄関のチャイムが鳴って、件の二人が来たことを我々に教えるのでありました。
「態々戸尾市場まで行ってきたとてねえ、御苦労様やったねえ」
 二人を迎えた吉岡佳世のお母さんはそう云って島田と安田を労うのでありました。
「いえ、せっかくのパーティーやけん」
 島田はそう云いながら居間の隅に安田に抱えさせていた荷物を降ろさせ、その紙袋の一つから、キラキラ光る赤や黄色の飾りのついた小さなクリスマスツリーを取り出すのでありました。島田はそれを吉岡佳世に渡します。
「わあ、綺麗」
 吉岡佳世はそう云ってクリスマスツリーを受け取ると、炬燵の真ん中に置くのでありました。
「綺麗やろう、実は去年からあたしこれが欲しかったと。あたしの分としてもう一つ買ってきたとよ」
 島田はそう云って同じクリスマスツリーをもう一つ紙袋から取り出して、それを先のツリーと並べて炬燵の上に置きます。「一つは、佳世にあげるけんね」
「わあ、本当? 有難う」
「そいからこれは・・・」
 島田がまた紙袋の中から取り出すのは、樅の葉に似せた濃い緑色のビニールのヒラヒラで出来た輪飾りでありました。「壁かどこかに掛けるところ、ある?」
 吉岡佳世はその輪飾りを島田から受け取って、お兄さんが座っている横の壁の掛け釘に止めるのでありました。
「如何にもクリスマスのごとなってきたね」
 吉岡佳世のお母さんが云います。
「お前等の方では、食い物とかは買うてこんかったとか、なんか?」
 隅田が島田に聞きます。
「おう、ちゃんとお菓子ば買うてきたぞ」
 安田が隅田の質問を引き受けるのでありました。安田はもう一つの紙袋から小さな紙で出来た赤い長靴を八つ取りだします。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅣ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 その赤いサンタクロースの履物を意匠したのであろう紙の長靴には、ラムネ菓子やマーブルチョコレート、色取りどりのドロップス、ウイスキーボンボンなどが、袋に小分けされてぎっしり詰まっているのでありました。
「クリスマスの時期しかこのお菓子はないけん、つい買ってきたと」
 島田が云います。
「それからこれも」
 安田がそう云いながら取り出したのは一本の小城羊羹でありました。「表面の砂糖でカチカチになったとは、オイの大好物けんが買うてきた」
「態々、クリスマスに羊羹ば食べんでもよかやろうて云うたとやけど、安田のどうしても買うて云うて、駄々ば捏ねるけん」
 島田がうんざりしたように云うのでありました。その島田の顔に、拙生は島田と安田があれこれ云い争いながら買い物をしているその光景が見えるようでありました。尤も島田にうんざりされたのは安田ばかりではなくて、食事が始まって鰯の天ぷらとスボ蒲鉾が出てきた時に、これは拙生と隅田が調達した物であることが知れて、先程の安田同様クリスマスの食材としてあんまり穿ったものとは云えないのではないか、これではまるで普段の食事と変わらないではないかと島田をして舌打ちさせたのでありました。
「あんた達のセンスは所詮、その程度やろうとは思うとったけど」
「ウチは浄土真宗けん、バテレンの様式はよう知らんもんね」
 これは拙生の云い訳でありますが、二度目となると吉岡佳世のお母さんは拙生の軽口に思いもつかぬ食いつきをしてくることはなかったのでありました。
 飲み物や我々が買っていったもの以外のあらかたの料理は、吉岡佳世のお母さんが用意してくれたものでありました。どちらかと云うと其方の量のふんだんさによって、卓上の豪華さは形成されていたと云った方が当たっていたでありましょう。それに食事の後に出されたクリスマスケーキは大振りのもので、七人で均等に分けたら各自の割り当ては相当の満足いく大きさになるはずでありました。
 夫々の前に安田の買ってきた小城羊羹が二切れずつ配られ、卓の中心に二つのクリスマスツリーに挟まれてケーキが鎮座しているのでありました。ケーキには蝋燭が七本立ててあります。この七本はケーキを囲む者の数と対でありましょうか。
「そしたら蝋燭に点火しようか」
 吉岡佳世のお母さんがそう云って彼女のお兄さんの方を見ます。彼女のお兄さんがマッチを擦ってその火を蝋燭に移します。七本の蝋燭総てに火が灯ると吉岡佳世が立って天井の蛍光灯を消すのでありました。
「おう、如何にもクリスマスの雰囲気の出てきたね」
 安田が喜ぶのでありました。
「しかし、この蝋燭の火は誰が消すとか?」
 隅田が云います。「誕生日なら、消す人間は決まっとるけど、クリスマスの主役て云うとは、誰が務めることになっとるとやろうか」
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅤ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「そもそもクリスマスにケーキば食うとは、世界的な仕来たりやろうか?」
 隅田が続けて疑問を呈します。
「いや、日本だけじゃなかやろうか。そがんことば何処かで聞いたことのある気のする」
 吉岡佳世のお兄さんが云うのでありました。「日本の場合は誕生日と同じ扱いになっとるなあ、クリスマスもなんとなく。滅多に食えんケーキば食うための、口実に使われとるとやろうか、クリスマスも誕生日も。そいけんケーキば食うて云う本当の目的ために、蝋燭に火ばつけて消すて云う儀式ば、どっちもなんとなくするとやろうかね、日本では」
「そがんことどうでもよかたい」
 吉岡佳世のお母さんは云うのでありました。
「そうそう。早う火ば消さんば、蝋のケーキに垂れてくるよ」
 島田が消火を促します。
「そんなら取りあえず、佳世が火ば消せ」
 お兄さんが吉岡佳世に命じるのでありました。
「あたしが消していいと?」
「ま、吉岡の激励会と云う意味もあるけんね、今日のパーティーは」
 隅田が云います。
「そんなら佳世、あんたが消しなさい」
 吉岡佳世のお母さんが彼女に消火人の承諾を与えるのでありました。
「判った」
 吉岡佳世はそう云って、息を大きく吸い込むと身を乗り出してふうとその息を蝋燭の火に吹きかけるのでありました。しかし彼女の肺活量では全部の蝋燭の火を一度に消すことが出来ないのでありました。都合三回の吉岡佳世の深呼吸の末に七本の蝋燭の火は総て消え、部屋が暗闇の中に沈むのでありました。最初に拍手の手を鳴らしたのは多分島田でありましょう。それに釣られて全員がパラパラと不揃いな拍手の合奏を行います。それからクラッカーの爆裂音のカノンが鳴り響き、吉岡佳世が立ち上がって部屋の蛍光灯をつけると、吹き消された蝋燭から煙が蛍光灯へ向ってなよやかに立ち登っているのでありました。
「さて、そんならさっそく食べようかね」
 吉岡佳世のお母さんはそう云うと立って台所へ行って包丁を持って来るのでありました。
「あたしお腹いっぱいけん、少しでいいよ」
 吉岡佳世が量について希望を申告します。
「はいはい、佳世はちょっとね。他の人は別に大丈夫やろう?」
 彼女のお母さんはケーキを先ず少量吉岡佳世の割り前を切ってそれを小皿に移すと、残りを目見当で均等に切り分けて六人分の小皿に夫々移し、銘々の前にある小城羊羹の小皿の横に置くのでありました。
「羊羹とケーキて云うとも妙な取り合わせぞ、こがんして眺めるぎんた」
 安田が自分の前に置かれた二つの小皿を見下ろしながら云うのでありました。「自分で買うてきて、こう云うともなんばってんが」
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅥ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「そいけん、あたしが云うたやろうが」
 島田が安田に険しい目を向けるのでありました。
「せっかくけんが、安田は小城羊羹にも蝋燭ば立てて、自分で吹き消せ」
 隅田が云うのでありました。
「そがんことば云うたらだめ。安田の馬鹿ちんは本当にそう云うこと、しかねんけんね」
 島田が今度は隅田に鋭い視線を送るのでありました。島田が隅田を窘めている傍から、その横で安田がケーキから外された蝋燭を一本取り上げようとします。
「ほれ、止めんね」
 島田が安田の蝋燭に伸ばされた手を叩くのでありました。
「さっきから観察しとると、島田君と安田君は実によかコンビねえ」
 吉岡佳世のお兄さんが云うのでありました。「そのまま大阪にでも行って漫才コンビで売り出せば、そこそこ人気の出るとやなかろうか」
「夫婦漫才て云うことになるばいね、そうなると」
 拙生が云います。
「冗談じゃなか」
 島田がすぐに否定します。「なんで安田の馬鹿ちんと漫才ばせんばならんとね、このあたしが。第一『夫婦』て云うとが気に入らん」
「島田は五組の、ロック歌手の田代ば好いとるとけん、オイの出る幕なんかなかさ。ねえ」
 安田が島田の方を向いて云います。
「やぐらし! そこであたしに、ねえ、て云うな」
 島田が安田に歯を剝くのでありました。
「なんか、今のかけあいとかもピッタリの呼吸、て云う感じぞ」
 吉岡佳世のお兄さんが拍手をするのでありました。そのお兄さんの拍手に島田は不快そうな表情をし、安田は薄笑いながら一礼して見せるこの好対照は、これはもう長年鍛え抜かれた名コンビのものでありまして、既に絶妙の芸の域に達している風格であります。
 こうしてクリスマスパーティーはまだまだ続くのでありましたが、吉岡佳世の手術を控えた激励会の風あいがちゃんと演出出来たかどうかは拙生には少々疑問でありました。まあともかく、当の吉岡佳世がよく笑っていたし、途中疲れた様子も見せることなく過ごしていたのでありますから、彼女の肩を叩いて頑張れと云うような類の、律儀な激励会などよりは気楽でよかったのかも知れません。
 夜の九時頃まで拙生達は吉岡佳世の家で飲み食いしながら騒いで、それでようやくこの日のクリスマスパーティーはお開きとなったのでありました。帰りしな玄関まで送りに来た吉岡佳世に、明後日月曜日の二学期の終業式には登校するのかと島田が聞くのでありました。
「うん、その積もり。坂下先生にも手術前にちゃんと挨拶しときたいから。それに、月曜日は最後、の日やからね」
 吉岡佳世はそこで少し口籠るのでありました。「そう、二学期の、最後の日やから」
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅦ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 そう云う吉岡佳世と月曜日の再会を約して、我々は彼女の家の玄関を出るのでありました。
「おい、井渕、どうかしたとか?」
 バス停までの道を歩きながら、黙りこんでしまった拙生に隅田が聞くのでありました。
「あ、いや、別にどがんもせん」
 拙生は俯いていた顔を起こして隅田を見ながら云うのでありました。
「黙りこんで、下ばっかい向いてトボトボ歩きよるけん、どうかしたかて思うてくさ」
 隅田が拙生の顔を覗きこみながら云うのでありました。
 拙生は先程吉岡佳世が玄関で拙生を見ながら「最後の日やから」と云ったその顔を思い起こしていたのでありました。なんとなく彼女の表情に必死にそう訴えているような色がほの見えたような気がして、拙生はひどく引っかかっていたのでありました。彼女はすぐにその必死さを隠すように、二学期の最後の日やからと、単に日程上の意味で云っているのだと云う風に続けるのでありましたが、拙生には大きな手術を控えた彼女の強い不安と恐怖と、それに覚悟のようなものが、その言葉に宿っているように感じられたのでありました。彼女が「最後」と云ったそのことに拙生が過敏に反応してしまったのかも知れませんが、それでもその言葉は妙に強く拙生の頭の中に響き残って、なんとも遣る瀬なくなってしまったのでありました。しかしまさか、本当にその日が吉岡佳世の制服姿を見る最後の日になってしまうとは、その時の拙生は思ってもみなかったのでありますが。・・・
 逆方向へ向うバスに乗る隅田と安田と別れて、拙生と島田は道を渡った所にあるバス停へと向かいます。此方へ向ってくるバスのヘッドライトが見えたので、拙生と島田は横断歩道の途中から走るのでありました。どうにか間にあってそのバスに乗車して、後ろの方の座席に移動しながら、我々は窓から道向こうの隅田と安田に手を振るのでありました。
 拙生はバスに揺られながらもやはり始終黙ったままでありました。島田もそんな拙生に声をかけるのが憚られたのでありましょう、横の座席で黙って前を向いたまま座っているのでありました。きっと島田に重苦しい思いをさせたであろうことを、拙生は先にバスを降りた後に恐縮するのでありました。
 月曜日は吉岡佳世は元気に登校して来たのでありました。体育館で行われた二学期の終業式の後は教室に引きあげて成績表を貰って、午前中に下校と云うことになったのでありました。吉岡佳世が挨拶のため職員室に行くと云うので、拙生は教室で彼女を待つのでありました。勿論一緒に帰るためであります。
「坂下先生も、他の先生も皆、教頭先生も、坂下先生の机の所に態々来て、あたしに手術頑張れよって云ってくれたと」
 教室に戻って来た吉岡佳世は拙生にそう報告するのでありました。「なんかあたし、涙の出そうになった」
 吉岡佳世の眼は本当に潤んでいるのでありました。
「ちょっと公園に寄らんか、これから」
 拙生は市民病院裏の公園に彼女を誘うのでありました。それは拙生に小さな目論見があったからでありました。彼女に風邪を引かせてはいけないので、その目論見を果たしたらすぐに彼女を家まで送って行く積りでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅧ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「明日から冬休みね」
 吉岡佳世は公園のいつものベンチに並んで腰を下ろすとそう云うのでありました。
「そうね。今年ももうすぐ終わる」
 ベンチ横の銀杏の木はすかり葉を落としてしまって、冬の寒空の中に裸を曝しているのでありました。風が吹いてももう、葉擦れの音は聞こえてはこないのであります。
「入試まで、あと一月とちょっとになったね」
 吉岡佳世は拙生の入試のことを心配してくれるのでありましたが、それよりも目前に迫った彼女の手術の方が、彼女にとっては当面第一の懸案に違いないのでありました。
「絶対、上手くいくぞ、手術は」
 拙生はそう云いながら彼女に笑いかけるのでありました。
「そうね、態々福岡から、専門の先生が来てくれて手術さすとやけん、大丈夫てあたしも思うよ。だらかあんまり、心配しとらんもん」
 しかしそうは云っても、彼女の胸の中は恐怖と不安で塞がれているに違いないのであります。拙生に心配させまいと笑って見せる彼女の心情を斟酌すると、拙生は切なくなってくるのでありました。
 拙生はベンチの横に置いていたカバンを膝の上に取って、中からカメラを取り出して吉岡佳世の目の位置まで持ち上げて彼女に示すのでありました。
「あら、カメラ。どうしたと?」
「家から持って来た。お前の写真ば撮ろうて思うて」
「あたしの写真、撮ると?」
「そう。考えたらオイは、お前の写真ば一枚も持っとらんけんね。今日写真ば撮っておいて、お守り代わりに東京に持って行こうて思うてくさ」
「ふうん。でもそがんと、お守りになるやろうか?」
「なるなる」
 拙生は笑いながら受けあうのでありました。「もしならんてしても、お前ば東京に一緒に連れて行くような気のして、オイは気持の弾むもん」
 拙生がそう云うと吉岡佳世は肩を竦めて笑って見せます。
「それ、なんとなく嬉しい」
「そんならちょっと、其処の木の下に立ってみろ」
 拙生が銀杏の木の下を指差します。
「うん、判った」
 吉岡佳世は立って銀杏の木の横まで行き、幹に片手を添えて此方を向きます。拙生は立ち上がって少し傍へ寄りカメラを構えるのでありました。しかし拙生がなかなかシャッターを切らないのは、ほんの少し枝に残っていた銀杏の枯葉が、タイミングよく落ちてくるのを待っていたからであります。もし幸運が拙生の魂胆に加勢してくれたなら、その落ちてきた枯葉が彼女の髪の上に止まるかも知れません。枯葉の髪飾りを頭に飾ったあの時と同じ彼女の姿が、ひょっとして撮れるかも知れないのであります。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅨ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「どうしたと?」
 拙生がなかなかシャッターボタンを押さないものだから、吉岡佳世が不審に思ってそう聞くのでありました。
「いや、済まん。構図のよう決まらんけん」
 拙生はそんなことを云うのでありましたが、カメラのシャッターが切られるのは偏に枯葉が落ちてくるかどうかに懸かっていたのであります。しかしそう易々と思い通りになるはずもなく、拙生は諦めて一度シャッターを切るのでありました。
「今度は全身の写っとるとば、もう一枚」
「井渕君て、結構完璧主義者ね」
 またもや拙生のシャッターを切るまでの時間が長引いているのに痺れを切らして、吉岡佳世がそう云うのでありました。拙生が今度も構図に拘ってカメラを構えたまま指を動かさないものと判断したのでありましょう。結局彼女のスナップ写真を都合五枚程撮ったのでありますが、枯葉は遂に落ちてくれることはなかったのでありました。それでもまあ、吉岡佳世の写真を撮れたことに拙生は満足でありました。
「今度は、あたしが井渕君ば撮る」
 吉岡佳世が拙生からカメラを受け取ろうと手を伸ばします。
「いや、オイの写真はよか。それより今度は二人で並んで撮ろうで」
 拙生はそう云ってベンチに拙生と吉岡佳世の鞄を重ねて置いて、その上にカメラを乗せて横からファインダーを覗くのでありました。
「ちょっと低かねえ」
 拙生は鞄の上にその辺に転がっていた石を積み、その上にカメラを据え、横から他の石でカメラを固定します。今度は上手く全身が入るのでありました。
 拙生は自動シャッターに切り替えてそれを押して、急いで銀杏の木の下の吉岡佳世の横へと移動します。構図的には全く余裕があったのでありますが、拙生は吉岡佳世に肩を寄せて頬がつく程に接近するのでありました。彼女の髪の芳しい匂いが拙生の鼻孔を擽るのでありました。その後、カメラに近寄って二人でしゃがんで胸から上の二人寄り添う顔が大きく映った写真を矢張り自動シャッターで撮ってから、拙生はカメラをカバンに仕舞おうとするのでありました。
「待って。井渕君の写真も、一枚撮らして。そうしたらその写真をあたしに頂戴。あたし病院に持って行くからさ」
 吉岡佳世がそう云って手を差し出すのでありました。拙生はああそうやと云ってカメラを彼女に渡します。それから彼女の指示で銀杏の木の下に行って、彼女の構えたカメラに向かってにいと笑うのでありました。
「今度は少し真面目な顔ばして」
 吉岡佳世が一枚撮った後に注文を出します。しかし照れ臭くてついふざけた顔などするのでありました。風が吹いて先程あれだけ待った銀杏の枯葉が、今頃拙生の顔の前に落ちて来ます。拙生は枯葉が着地するまで、その落ちる軌跡を横目で追うのでありました。
(続)

枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 拙生はカメラを仕舞って、また二人並んでベンチに腰を下ろします。彼女に風邪を引かせないためにも拙生の目論見が済んだのでありますから、早々に彼女を家まで送って行くべきでありましたが、何となくこの公園から去りがたくてまたもやベンチに尻を据えたのでありました。
「寒かとじゃなかか?」
 拙生が云います。「体の調子が、変な感じになっとりはせんやろうね?」
「大丈夫」
 吉岡佳世が応えます。「あ、本当に大丈夫とよ。体育祭の時みたいじゃ、全然ないけん」
 拙生は彼女の手を取るのでありました。その手は温かではありましたが、体の異変によって熱が籠ったものではなくて、穏やかな彼女の体温を普通に宿したような温もりのように感じられるのでありました。その温もりが拙生の手を握り返します。
「あたしの手術ね」
 吉岡佳世が云います。「結構大変な手術らしかと。胸の真ん中を切って、胸骨て云う胸の真ん中の骨も切って、それから心臓を完全に止めて、そいで心臓を開いて・・・」
 彼女はそう云った後に少し顎を上げて銀杏の木を見上げるのでありました。拙生はその彼女の横顔をじっと見るだけでありました。
「あたしの体は、そんな大変な手術に、本当に耐えられるとやろうか」
「医者に任せるしかなかやろうね、信頼して。そがん心配せんでも、屹度大丈夫くさ」
 拙生は心配するなと云ってもそうはいかないであろう彼女の気持ちを斟酌して、もっと彼女を強く励ます言葉はないものかと必死に考えるのでありました。
「もし手術には耐えられたとしても、その後ちゃんと、あたしの体は恢復するとやろうか。ちゃんとそれ、保障されてるとやろうか」
 吉岡佳世はそう云って俯くのでありました。急に彼女の目から涙が零れるのを拙生は見るのでありました。その涙に拙生は極度にうろたえてしまって、どう言葉をかければいいのか判らなくなって、ただ彼女の手を強く握るだけでありました。
 しばらく彼女は押し殺したような嗚咽の声を上げているのでありました。拙生は片手で引き攣るように上下する彼女の肩を抱き寄せ、もう片方の手で彼女の手を力を籠めて握っているのでありました。そうする以外に拙生には何も出来ないのでありました。
「御免ね、泣いたりして。もしかして、手術の後、井渕君と逢えんようになるかも知れんて思うたら、急に悲しくなって・・・」
 程なく彼女がそう云って、涙を拭いながら拙生の方を向いて笑いかけようとします。「もう大丈夫。ちょっと泣いたら、落ち着いた。あたし、結構単純けん」
 彼女はそう云って顔を拙生の肩に埋めます。拙生と彼女の太腿が触れあっているのでありました。彼女の太腿からズボンを介してその体温が拙生に沁みこんできます。拙生は彼女の体温を決して忘れないために、その温度を自分の足に刻みこむように意識を接触した一点に集中するのでありました。吉岡佳世の嗚咽の小さな余波も、まるで彼女の心臓の鼓動のように彼女を抱いた拙生の掌に伝わってくるのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩⅠ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 吉岡佳世に公園で撮った写真を渡したのは大晦日でありました。彼女はその日午前中に病院へ行くと云うことだったので、診察が終わった頃を見計らって拙生は病院へと向かったのでありました。実は前日も彼女の家に行って拙生は彼女と逢ってはいたのでありますが、もう毎日でも彼女の顔を見ないと気が済まないようになっていたのでありました。
 病院一階の受付辺りの長椅子に座って彼女は拙生を待っていました。大晦日だと云うのに、いや大晦日だからこそなのか、病院は多くの人でごったがえしているのでありました。比較的暖かな日和だったので、拙生と彼女は病院を出て裏の公園に向います。風邪の予防のためか吉岡佳世は首に赤いマフラーを巻いているのでありました。
「ほら、この前の写真」
 何時ものベンチに並んで座ってすぐに、拙生はポケットから数枚の写真を取り出して彼女に見せるのでありました。
「へえ、もう出来上がったと」
 吉岡佳世が嬉しそうな顔をしてそれを受け取るのでありました。
「写真屋に超特急で、て頼んだとくさ。今年の内に渡したかったけんがね」
 吉岡佳世は一枚一枚熱心にその写真を見るのでありました。
「井渕君、どの写真も変な顔して映ってるね」
「まあ、写真は苦手けんがね。つい顔に緊張の走るとくさ」
 成程拙生の顔はどれも、妙に口の端を引き結んで必要以上に真面目な顔をして映っているものか、ふざけた笑い顔を故意に作っているものばかりでありました。「もうちょっと、ちゃんとした顔して、恰好良う映っとる方が、本当はよかったかね」
「ううん、この方が、井渕君らしかて云えば井渕君らしかし」
 吉岡佳世は写真に写った拙生を見つめながら笑うのでありました。拙生はもっと普通に、と云うか自然な様子で、彼女に渡す写真に納まらなかった自分を申しわけなく思うのでありました。
「その写真は全部やるけんね。オイの分は後で焼き回しするけん」
「うん、有難う」
 吉岡佳世は写真を一枚々々飽かず見続けながら云うのでありました。
 乾いた風が横の銀杏の木に吹きつけるのでありましたが、もうすっかり葉を落としてしまった銀杏の木はその風になんの答礼の音も上げることはありませんでした。地面に散ったまま残る茶色く変色した落ち葉は、時々風に翻弄されながらもうすぐ土に還るのを待っているのでありました。
「もう、入院の準備は済んだとか?」
 拙生は自分の手に息を吹きかけながら云うのでありました。
「ううん、まだ全然」
「確か一月三日に入院やったぞね?」
「そう。あと四日後。今日を入れんなら後三日後」
 吉岡佳世はようやく写真から目を離して、遠くに視線を投げながら云うのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩⅡ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「どの位入院することになるとやったかね?」
「一応、三週間て云われてるけど」
「そうしたら・・・、二十三日頃退院て云うことか」
 拙生は指を折りながら計算するのでありました。
「そうね、その頃」
 吉岡佳世は一つ頷いてみせます。
「お見舞いとかは、何時から大丈夫とやろうか?」
「手術の後、二日で普通の病室に戻れるらしいけど、まあ、術後の経過次第やろうけどね」
「本当は手術の時、オイも病院に行きかとやけど、まあ、家族以外のヤツが行っとっても、多分邪魔になるだけやろうけん」
「うん、大丈夫よ、病院まで来んでも。それより受験勉強の方が大事」
 吉岡佳世はそう云って拙生に笑いかけるのでありました。
「手術の後、普通の病室に戻った頃、顔ば出そうかね、オイは」
「うん。でもあたしきっと、手術の後すぐは、なんか、酷い顔ばしとるかも知れんけん、なんとなく恥ずかしか気がする」
 拙生としては手術が終わったらなるべく早く彼女の元気な様子を、この目で確認したいと云う思いでいたのでありましたが、それはひょっとしたら彼女にとっては内心迷惑なことなのかも知れないと思うのでありました。まあ、きっとそんな積もりではないのでしょうが、吉岡佳世にそう云われた後拙生は少々寂しい心持になるのでありました。
「あたしの顔が、なんか、変だったてしても、嫌いになったりしたら駄目よ」
「当たり前くさ、そがんと」
「包帯で体をぐるぐる巻きにされて、弱っていて、顔を顰めて、ちっとも笑ったり、喋ったりせんかったとしても、本当は井渕君の顔を見たら、あたしはものすごく嬉しかとやけんがね、今から一応断わっとくけどさ」
 吉岡佳世はもう、早手回しな弁解などをしているのでありました。
「退院した後はすぐ、学校に行けるようになるとやろうか?」
「うん。一応お医者さんには、そう云われてるけど」
 吉岡佳世はそう云った後少し俯きます。「でも、すぐ学校に行けたとしても、出席日数とかの関係で結局、落第て云うことになるなら、三学期の残りの授業を受けることもなかしねえ。まあ、後のことは、坂下先生と相談してみることになってると」
「ふうん。まあ、オイも二月になったら十日間くらい入試で東京に行くし、それに三月になったら結果発表と、どこか大学に受かっとったら、入学手続きにまた東京に行くことになるし」
「来年になったら、井渕君も忙しかねえ。入試で東京に行く日は、いつにしとると?」
「二月五日の予定でおる。最初の入試が二月八日にあるけん」
「そしたら、もうあたし退院した後けん、見送りに駅まで行くね」
 吉岡佳世はそう云って拙生の顔を見るのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩⅢ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 拙生はその吉岡佳世の言葉に、手術後そんなに日が経っていないのだから無理して態々駅まで出て来ることはないと返すべきか、それとも手術に向けて彼女を元気づける意味を忍ばせて、屹度見送りに来いよと云った方がよいのか少し迷うのでありました。
「体の調子の良かったなら、まあ、来いよ」
 結局拙生の口から出たのは優しさの方も力強さの方も中途半端でしかない言葉でありました。
「絶対行く。あたし絶対駅で、井渕君ば最後に激励して、見送る」
 吉岡佳世はやけに強調するのでありました。
「いやあ、そがん切羽詰まった緊張感とか、実はほとんどなかとけんが、激励されてもなんか困るような気のするばい。なんとなく半分観光気分でおるとやけんがねえ、激励されるはずの当の本人が」
「そがんこと云わんで、頑張ってよ。ひょっとして再来年、今度はあたしが入試で東京に行くとしたら、大学生の井渕君が東京に居てくれるて云うのが、なにより頼りになる気がするとけんがさ」
「ああそうか。そんなら、ちょっと頑張ろうかね」
 吉岡佳世からそんな言葉を聞けたことが拙生は嬉しかったのでありました。目前に迫った大変な手術への恐怖やその後の経過とか、卒業のことなど、彼女は今重過ぎる程の不安を抱えているのであります。それだけで手一杯で、とてもその先を考える余裕などないだろうと思うのでありますが、しかしそんな彼女からその先の、前に視線を向けた言葉を聞けたのが拙生には何よりの激励なのでありました。
「さて、ぼちぼち帰ろうか」
 拙生は彼女の体を労わってそう云うのでありました。
「お正月はどうすると?」
 吉岡佳世が聞きます。
「別になあんもせんけど」
「あたしの入院前に、逢えると?」
「一月一日は、家族水入らずで正月ば祝うやろうし、お客さんとかあるやろうけん遠慮するとして、二日にちょっとお邪魔してよかやろうか?」
「別に一日でもよかよ、来るなら。勉強があるかも知れんけど」
「一日は勉強なんかするもんか。しかし二日も忙しかやろうね、入院の前の日けんが」
「ううん」
 吉岡佳世は頭を横に振るのでありました。「一日も二日も全然忙しくはないと。お父さんのお客さんがあるかも知れんけど、あたしには関係ないもん。それに入院の用意て云うても、別に洗面用具と箸とパジャマくらいしか、用意するものはなかし。それにお母さんは、一日に井渕君がお年始に来てくれるて決めとらすよ、勝手に」
「ああそうや」
 拙生は彼女のお母さんの顔を思い浮かべて思わず口元を緩めるのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩⅣ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 正月は結局、拙生は一日も二日も吉岡佳世の家に行ったのでありました。両日共に彼女と逢えるのなら、その機会を逃すはずもありません。
 一日は午前中親類の家を二軒回ってお年玉をせしめて、昼から吉岡佳世の家に向かったのでありました。昼頃行ったのは彼女のお母さんによる時間指定で、お節料理を振舞ってくれることになっていたのでありました。
 彼女の家では家族全員が揃っているのでありました。拙生は居間に通されると先ず彼女のお父さんに年賀の挨拶をして、順次お母さんお兄さんと頭を下げて、最後に吉岡佳世に、これは改まるのは照れ臭いものだからおめでとうの言葉もなく、ひょいと手を挙げて見せるのでありました。吉岡佳世も笑って同じように手を挙げて見せます。
「よう来てくれたね。まあまあ」
 そう云いながら吉岡佳世のお父さんがお屠蘇の杯を拙生に勧めます。「正月だから、ま、高校生でもお屠蘇一杯くらいはいいか」
 拙生は朱塗りの盃に屠蘇を受け、それを口元に運ぶのでありました。
「お父さんあんまい勧めたらだめよ。井渕君は勉強があるとやから」
 彼女のお母さんがお節料理の詰まった重箱の蓋を開けながら云うのでありました。
「いやあ、今日は勉強する積もりはまったくなかですけん、オイ、いや僕は」
「そいでも未成年者に飲酒を勧めるとは、感心出来んばい」
 彼女のお兄さんがそう云いながら自分の前にあるビール瓶を取りあげて、コップを拙生の顔の前に差し上げるのでありました。
「お兄ちゃん、ビールはだめよ、井渕君の酔っぱらうけん」
 吉岡佳世が彼女のお兄さんが差し上げたコップを横から奪います。「井渕君とあたしは、ファンタグレープけんね」
 彼女はそう云うと自ら立って、キッチンから冷えたファンタグレープを持って来るのでありました。拙生の前には彼女のお母さんがよそってくれた様々な色あいのお節料理が載った取り皿と、吉岡佳世の注いでくれた紫色のファンタグレープのコップ、それに先程お父さんが注いでくれたお屠蘇の朱塗りの盃が横に並ふのでありました。
「井渕君とはこうしてゆっくり話すとは、初めてと云うことになるねえ」
 彼女のお父さんが云うのでありました。
「そうですね、前に玄関先でちょっと挨拶させてもろうただけですけん」
「色々話は佳世とかお母さんから聞いてはいたけど、佳世が大変お世話になってるようで、改めてお礼を云わせてもらうね」
「いやあ、そがん云われると恐縮するです」
 拙生は頭を掻くのでありました。
「ここの所ずっと佳世が元気で居たのは井渕君のお陰だろうし、手術に対してもちゃんと覚悟が決まったのは、これも多分井渕君の存在があったからだと思うし」
「いやあ、そがんこともなかでしょうけど」
 拙生はなんとなく身を縮めるのでありました。
(続)

枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩⅤ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「これからも佳世のことは宜しく頼むね、井渕君」
 彼女のお父さんはそう云って拙生に頭を下げるのでありました。拙生は困惑してしまってお父さんよりももっと深く頭を垂れるのでありました。
「そがん改まると井渕君が返って困るやろう。その位にせんと」
 彼女のお兄さんが助け舟を出してくれます。
「ほら、挨拶はその位にして、井渕君、料理ば摘まんね」
 彼女のお母さんがそう勧めてくれます。
「はい、頂きます」
 拙生は箸を取りあげて自分の前の取り皿にのっている蒲鉾を口に入れるのでありました。
 お節料理を頬張りながら聞いたところによると、彼女のお父さんは船舶のスクリュウの専門家で、SSKの設計部門の次長であると云うことでありました。東京の大学を出てSSKに就職して、ずっとその部門で仕事をしてきたと云うことであります。しかし将来は岡山に帰って家業を手伝って老後を過ごすのが望みであるとのこと。岡山の実家は色んな物を取り扱う結構大きな商家であると云う話でありました。定年後か、彼女のお兄さんが大学を出て就職を果たし、吉岡佳世の身の振り方も決まったら岡山に帰ると云う積りだそうであります。
「佳世は、もしなんなら岡山に連れて行こうかとも思うけど」
 彼女のお父さんはそんなことを云うのでありました。
「あたし東京に行くとよ。大学生になって」
 吉岡佳世がお父さんにそう云うのでありました。
「ああそうか、そうだったな。まあしかし、岡山に引っこむのもまだ先の話で、来年再来年の話と云うことではないし」
「ま、早くとも後三年以上後になるか、オイが卒業して就職するのば睨んどるとなら」
 彼女のお兄さんが云います。
「定年後と云うことなら、もっと先の話になるなあ。佳世が大学を出て就職とかも決まった後になるか。ま、いずれにしても母さんと二人で老後は岡山暮らしかな」
 彼女のお父さんはそう云って彼女のお母さんの顔を見るのでありました。
「あたしは何時でもよかとよ、岡山行きは。佐世保ば離れるとはちょっと心細かけど、岡山は好きやから。それに岡山の桃は特別美味しかけんね」
 彼女のお母さんが云うのでありました。
「母さんの岡山行きの目的は、桃ばたらふく食うことばいね」
 彼女のお兄さんがそう云ってお母さんをからかうのでありました。
 お節料理を食べ終わった後拙生は吉岡佳世の部屋に行ってそこで彼女と二人で少し話をして、夕方彼女の家を後にするのでありました。寒いからと断ったのでありますが吉岡佳世はバス停まで拙生を送って行くと云って、二人で彼女の家の玄関を出たのでありました。
「入院したら暫く、外に出れんようになるから、今のうちに外の空気、吸っておくと」
 吉岡佳世は拙生の手を握り、そう云って拙生の横を歩くのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩⅥ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 開けて二日の日、拙生は午前中に吉岡佳世の家を訪ったのでありました。あんまり遅く行くと彼女の入院準備に支障をきたすかもしれないと、これは至当な気遣いかどうかはあまり自信がないのでありましたが、しかしそう慮って早めの訪問にしたのでありました。
 彼女のお母さんと彼女は居間でテレビを見ているのでありました。彼女のお兄さんは昨日飲み過ぎてまだ部屋から起きてこないと云うことでありました。彼女のお父さんは年始回りに出掛けたと云うことで不在でありました。
「明日はあたしの入院の日やから、お父さんは今日の内に、会社関係の挨拶回りば済ませとくとて。井渕君に宜しくて云いよらしたよ。ゆっくりあたしと話していってくれって」
 吉岡佳世は居間に拙生を招じ入れた後、お父さんからの伝言を拙生に云い渡すのでありました。
「明日入院て云うとに、なんか、のんびりしとるねえ」
 拙生はまるで修学旅行前のように衣類やら洗面用具やらが部屋に散らばって、それを片っ端からバッグに忙しなく詰めているお母さんと彼女の姿を想像していたものだから、何時もと変わらない居間の様子や悠長にテレビを見ている二人に、なんとなく自分勝手に拍子抜けするのでありました。
「入院の用意て云うても、別に大したことはなあんもなかし。井渕君、ゆっくりしていってね。お昼はウチで食べていけばよかし」
 彼女のお母さんが悠長な口調でそう云うのでありました。
「いや、昼食前にお暇しますけん、オイ、いや僕は。佳世さんに渡す物ば渡したら、それで今日の目的は完了ですけんが」
 拙生はそう云った後ズボンのポケットからお守りを取り出すのでありました。「これは来がけに八幡神社に寄って買うてきたと。八幡さまのお守りが利くかどうかは、よう判らんばってん、一応病気平癒て云うことで買うてきた」
 拙生はお守りを吉岡佳世に手渡します。
「わあ、有難う」
「そいから、これは」
 拙生はもう一方のズボンのポケットから小さく折り畳んだ紙片を取り出します。「一応お神籤も引いてきた。一応本人の生年月日で引いたとけど、代理のお神籤引きで効果のあるかどうかは、これもよう判らんやったばってん、取り敢えず、大吉」
「有難う。なんかすごく嬉しか」
 吉岡佳世は拙生の顔をその円らな瞳で見ながら礼を云うのでありました。彼女にそうやって見られると何時も拙生はどぎまぎとしてしまいます。もう大分慣れたつもりでありましたが、まだまだ拙生の心臓は彼女の瞳が苦手のようであります。
「お神籤は引いた後、神社の木に結んでこんでよかと?」
 吉岡佳世がそう聞きます。
「凶なら結んでその悪運ばお祓いしてもらわんばけど、吉なら持って帰ってよからしか」
 拙生はそんな説明をするのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩⅦ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 吉岡佳世の家の居間で彼女とお母さんと他愛もない話などしながらお茶をよばれていると、来客を知らせる玄関のチャイムが鳴るのでありました。彼女のお母さんがそそくさと居間から出ていきます。玄関の方から新年の挨拶をする聞き慣れた声が聞こえてきたと思っていたら、彼女のお母さんに伴われて居間に入ってきたのは島田でありました。
「あら、やっぱり井渕君も来とったばいね」
 島田はそう云いながら吉岡佳世の横に座るのでありました。
「おう、今日はなんしに来たとか?」
 拙生は島田に問います。
「クラスの女子で佳世に激励の寄せ書きば作ったけん、持って来たとさ」
 島田はそう云って抱えてきた紙袋から色紙を二枚取り出すのでありました。
「へえ、激励の寄せ書きか。成程ねえ」
 拙生は感心するのでありました。そういったことは男連中ときたらまるで気が回らないのでありますが、女子は結構小まめに色々な企画を立てるもののようであります。
「女子全員て云うわけじゃなかとけど、回れるところは回って書いて貰ってきたと」
 島田は炬燵の上に二枚の色紙を並べて吉岡佳世の方へそっと押し遣るのでありました。
「嬉しい。有難う」
 吉岡佳世は自分の前の色紙に目を落とすのでありました。色紙には色取りどりのペンで、縦横斜めに賑やかに文字やら絵やらが散りばめられているのでありました。
 吉岡佳世はクラスの女子の中ではさして目立つ存在ではなく、親しい女友達も居なかったようでありました。それは多分彼女が学校を休みがちであったためでありましょう。島田にしても体育祭の時から急に親しく口をきく間柄となったのであり、それ以前はそんなに頻繁に言葉を交わしあうような存在でもなかったと思われます。
 しかしここに来て一緒に吉岡佳世の家でクリスマスを楽しむ程の間柄となった島田は、そんな目立つ存在でもない吉岡佳世のために色紙の贈呈を画策し、その色紙を埋める多くの言葉集めに奔走して、彼女をなんとか激励しようと努めているのでありました。大体が面倒見の良い性格ではあるのでしょうが、そんな島田と親しくなれて吉岡佳世は幸運であったと拙生は思うのでありました。島田に拙生の方からも礼を云いたい心境でありましたが、しかしそれは僭越と云うものであり、弁えのない行為は拙生の品位を傷つけることにしかならないであろうと考えて控えるのでありました。まあ尤も拙生如きが、そんな大それた品位は端から持ちあわせてなどいなかったのではありましたが。
「この寄せ書きと、井渕くんに貰ったお守りとお神籤は、絶対病院に持って行って、枕元に置いとく。どうも有難う、こんなにしてくれて」
 吉岡佳世は涙ぐむのでありました。拙生までグッときてしまいます。島田も吉岡佳世の涙声につられて、引き結んだ唇の端を小刻みに動かしているのでありました。
「皆さんにこがんようして貰うて、あたしからもお礼ば云います」
 吉岡佳世のお母さんが、やはり彼女と同様に目尻に涙を溜めて、その涙を人差し指の腹で拭って拙生と島田に頭を下げるのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩⅧ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「さあ、あたしはこれで帰ろうっと」
 島田が云うのでありました。「井渕君はもう少し居るとやろう?」
「いや、オイもぼちぼち帰る」
「二人とも、もっとゆっくりしていけばよかとに」
 吉岡佳世のお母さんが引き留めます。
「いやあ、入院の前日やし、色々忙しかでしょうから」
 島田がそう云いながら立ち上がったのを機に一緒に立ち上がろうとした拙生に、島田は片手を前に差し出して拙生の動きを制します。「井渕君は、もう少しお邪魔しとったらよかたい。お言葉に甘えて」
「いや、そうもいかんくさ。それにオイの用事も、もう済んだけんが」
 まあ実際の所拙生がもう少し長くお邪魔していたとしても、吉岡佳世の入院準備に差し障ることはなかったのでありましょうが、潮時が肝心と思って拙生は立ち上がるのでありました。
「佳世、手術、頑張ってね」
 島田がそう云って吉岡佳世の腕を握るのでありました。
「うん、頑張る。クラスの皆にも宜しくね」
 吉岡佳世が返します。
「ほら、井渕君もなんか励ましの言葉ば云わんね」
 島田はそうお節介を焼くのでありましたが、改まってそう督促されても拙生としては困惑するのでありました。
「もう充分云うたけんが、オイは」
 別に激励の出し惜しみをするわけではないのですが、なんとなく島田に子供扱いにされているような気がして拙生は急にムッとして依怙地になるのでありました。島田と吉岡佳世の間柄よりも拙生と吉岡佳世の仲の方がより親密なはずであるのだから、立場を弁えてそんな差し出がましいことをお前が拙生に催促するのではないと、そんな思いが拙生の気持ちの中にふと立ち上がってしまったのであります。まあしかしそれをあからさまに、不快な顔をして表明することもないのでありますが。安田もこんな島田のお節介口調が鼻につくものだから、あの二人はつい喧嘩になってしまうのかも知れません。拙生はなんとなく安田の島田に対する感情の一端が判ったような気になるのでありました。
 しかしところで、よくよく考えてみたら拙生は本当に、ちゃんと吉岡佳世に充分な激励の言葉をかけたのでありましょうか。まあこれまで、すでにことあるにつけかけたような気もしますし、ちゃんとした言葉で激励したことは一度もなかったような気もします。明日に入院を控えたここで、彼女に対して明瞭な激励の言葉を吐くのが節目としては綺麗なのでありましょうが、しかしそれもなんとなく他人行儀のような照れ臭いような。
「井渕君、なに考えこんどると?」
 島田が拙生に声をかけるのでありました。「あたしと一緒に帰ると、それとも、まだ佳世の傍に残っとると?」
(続)
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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩⅨ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「ああ、一緒に帰る」
 拙生は云うのでありました。「そんなら、オイもこいで帰るけんね。手術の前に一度病院に、顔ば見に行くとは大丈夫やろうか?」
 と、これは吉岡佳世に聞くのでありました。
「うん、面会時間は午後三時からになるけど、明後日の四日以降は大丈夫て思う。検査とかも午前中には終わってるやろうし」
「判った。そしたら四日に顔ば見に行こうかね」
「うん、待ってる」
「島田、一緒に行くか?」
 拙生は島田の方を向いて云うのでありました。
「ううん、あたしは遠慮しとく。手術の終わってからお見舞いに行くけん」
「そうしたら、手術が七日の予定けん、十日には普通の病室に戻っとるて思うよ」
 吉岡佳世のお母さんが島田に日程の説明するのでありました。
「そんならあたしは、その週の土曜日にお見舞いに行こうかね。ええと、十二日の土曜日」
「十二日なら佳世はもう確実に、普通の病室に戻ってるやろうね」
「いずれにしても行く前に電話で確認させてもらって、それから伺いますから」
 島田はそんなそつのないことを云うのでありました。
「ほんじゃ、明後日病院に行くけん」
 拙生は吉岡佳世にそう告げて片手を挙げるのでありました。
 吉岡佳世と彼女のお母さんに見送られて玄関を出た拙生と島田は、数メートル歩いて一度家の方を振り返り、まだ吉岡佳世と彼女のお母さんが玄関を出た所で此方を見送っている姿に、再度のお辞儀と挙手で別れを告げてバス停に向かうのでありました。
「井渕君、まだ佳世と一緒に居たかったとやなかと?」
 島田が聞くのでありました。
「長居して無神経て思われるとも嫌けん、帰るにはちょうど良かタイミングやった」
「なんかさ・・・」
 島田が云います。「なんか、今日の佳世ば見とったら、可哀相になってきた」
「可哀相?」
「うん。大変な病気ば抱えて、大変な手術ば数日後に控えていて、それでもあたしとか井渕君に気ば遣わせまいてして、健気にしとってさ。今までもそうやったけど」
「ばってん色紙ば渡された時は、吉岡もつい涙ば見せてしもうたな」
「そうね、佳世の涙ば見たら急に、あたしまで涙のこみ上げてきたもん」
 島田はその時の感情が蘇ったためか涙声になっているのでありました。
「ま、手術は間違いなくうまくいくし、元気になって帰ってきて、今年のクリスマスはまた吉岡の家でオイと島田と隅田と安田で、クリスマスパーティーばすることになるくさ」
「そうね、四月からは皆バラバラになるばってん、でもそうなるよね、屹度」
 島田は涙を手の甲で拭って、拙生に笑いかけるのでありました。
(続)
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枯葉の髪飾りⅩC [枯葉の髪飾り 3 創作]

 吉岡佳世の入院の日は拙生の勝手な配慮と云うのか、つまり彼女の家族に遠慮したこともあって拙生は彼女には逢えなかったのでありました。彼女は午前中にお父さんの車で病院へ向い、そのまま予定通り入院と相成ったようでありました。その日はまだ松の内であったから大がかりな検査等はなく、血液の採取とかその程度の検査をして、本格的な手術へ向けた検査や準備は四日からと云うことのようでありました。
 明けて四日の午後に拙生は早速病院へ見舞いに行ったのでありますが、吉岡佳世は寝てはいなかったもののパジャマを着て、その上に厚手のカーデガンを羽織って如何にも入院患者らしい風情で、四人部屋の病室の窓際のベッドに座って本を読んでいるのでありました。彼女のお母さんが付き添っていて、お父さんとお兄さんは早々に帰ったとのことでありました。その日に予定されていた検査は午前中に終わってしまって、明日の朝まではなにもすることがないと云うことでありました。
 市民病院へ入院した直後の吉岡佳世はどう云うものか、公園や学校、それに彼女の家で接していた時とは少し違ってしまったように拙生には見えるのでありました。どこがどう違ってしまったのか明確に云うのは難しいのでありますが、なんとなく彼女の湛える雰囲気が急に如何にも病人然としてしまったように拙生には思えたのであります。それに思い過ごしでありましょうが、拙生に対してもどこか微妙に余所よそしくなったようも感じるのでありました。それはほんの微細な急変で、拙生も微細な戸惑いを感じたのであります。
 その余所よそしさは屹度、明白に病人として拙生に対することになったための、彼女の戸惑いと照れと、それにもっと云えばある種の後ろめたさからきているのかも知れません。彼女にはそんな積もりはなかったのでありましょうが、入院したことによって自分が病人であることを意識せざるを得なくなり、そして意識し過ぎて、拙生に対してぎごちなくなってしまっているようでありました。言葉の遣り取りのリズムがほんのちょっとずれて、今一つスムーズに噛みあわないと云う焦れったさを抱えながら、拙生と彼女は努めて何時もと変わらない風を装って、何時もと変わらない風の会話をするのでありました。
 勿論拙生にもパジャマを着て病院のベッドに座る彼女を、今まで通りには見られないと云う戸惑いがあったのであります。これではいかんと努めてこれまで通りの言葉つきで話し、努めてこれまで通りに振舞おうと拙生は力むのでありましたが、そうすること自体が拙生の緊張感を知らず知らずに彼女に伝えていたのかも知れません。まあ、手術が無事に終わって、一刻も早く彼女が退院し普通の生活に戻ることを祈るのみであります。
 手術は七日の予定通りと云うことで、それまでは午後はなにもやることもなく過ごすしかないので、勉強で忙しいかも知れないけど、もし出来たら明日も明後日もちょっとの時間でいいから病院に来てと、吉岡佳世は申しわけなさそうに拙生に乞うのでありました。勿論それが許されるとなれば拙生は連日病院へ足を運ぶ気満々であります。お互いの今の立場に慣れれば、彼女との間に感じた小さな齟齬もすぐに霧消するでありましょうし。第一彼女が拙生にそう云った要望を述べたのが拙生には嬉しかったのでありました。拙生は手術前も後も可能な限り、もし疎まれたとしても来るぞと告げるのでありました。それを聞く吉岡佳世はこれまで通りの屈託のない笑顔を取り戻しているのでありました。
(続)
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