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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅩⅧ [枯葉の髪飾り 3 創作]

「さあ、あたしはこれで帰ろうっと」
 島田が云うのでありました。「井渕君はもう少し居るとやろう?」
「いや、オイもぼちぼち帰る」
「二人とも、もっとゆっくりしていけばよかとに」
 吉岡佳世のお母さんが引き留めます。
「いやあ、入院の前日やし、色々忙しかでしょうから」
 島田がそう云いながら立ち上がったのを機に一緒に立ち上がろうとした拙生に、島田は片手を前に差し出して拙生の動きを制します。「井渕君は、もう少しお邪魔しとったらよかたい。お言葉に甘えて」
「いや、そうもいかんくさ。それにオイの用事も、もう済んだけんが」
 まあ実際の所拙生がもう少し長くお邪魔していたとしても、吉岡佳世の入院準備に差し障ることはなかったのでありましょうが、潮時が肝心と思って拙生は立ち上がるのでありました。
「佳世、手術、頑張ってね」
 島田がそう云って吉岡佳世の腕を握るのでありました。
「うん、頑張る。クラスの皆にも宜しくね」
 吉岡佳世が返します。
「ほら、井渕君もなんか励ましの言葉ば云わんね」
 島田はそうお節介を焼くのでありましたが、改まってそう督促されても拙生としては困惑するのでありました。
「もう充分云うたけんが、オイは」
 別に激励の出し惜しみをするわけではないのですが、なんとなく島田に子供扱いにされているような気がして拙生は急にムッとして依怙地になるのでありました。島田と吉岡佳世の間柄よりも拙生と吉岡佳世の仲の方がより親密なはずであるのだから、立場を弁えてそんな差し出がましいことをお前が拙生に催促するのではないと、そんな思いが拙生の気持ちの中にふと立ち上がってしまったのであります。まあしかしそれをあからさまに、不快な顔をして表明することもないのでありますが。安田もこんな島田のお節介口調が鼻につくものだから、あの二人はつい喧嘩になってしまうのかも知れません。拙生はなんとなく安田の島田に対する感情の一端が判ったような気になるのでありました。
 しかしところで、よくよく考えてみたら拙生は本当に、ちゃんと吉岡佳世に充分な激励の言葉をかけたのでありましょうか。まあこれまで、すでにことあるにつけかけたような気もしますし、ちゃんとした言葉で激励したことは一度もなかったような気もします。明日に入院を控えたここで、彼女に対して明瞭な激励の言葉を吐くのが節目としては綺麗なのでありましょうが、しかしそれもなんとなく他人行儀のような照れ臭いような。
「井渕君、なに考えこんどると?」
 島田が拙生に声をかけるのでありました。「あたしと一緒に帰ると、それとも、まだ佳世の傍に残っとると?」
(続)
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