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あなたのとりこ 746 [あなたのとりこ 25 創作]

「新しく興す会社に専念する、と云う事ではないのですか?」
「贈答社にいた時から僧侶は続けていたから、問題なく両方遣っていけるよ」
「これまでは遣っていけたのではなく、社長や片久那制作部長と云うしっかり会社を見てくれる人が別にいたから、無頓着でいられたんじゃないのですか?」
 頑治さんにそう訊かれて土師尾常務は電話の向こうから、明らかにムッとしたような気配を伝えて来るのでありました。
「社長なんか贈答社の具体的な仕事なんか何も判っていなかったよ」
「しかし経営面ではちゃんと、社長と云う職責を果たしていたんじゃないですか?」
「どうだかね」
 土師尾常務はあくまでも懐疑的なのでありましたが、寧ろ土師尾常務自身が取締役としての職責を果たしていたのかどうかも疑わしいのであります。殆どを片久那制作部長に任せきり状態だったくせに、それを、問題なく両方遣っていた、と抜け々々と云い切る辺り、この人の神経は一体どうなっているのかと頑治さんは呆れるのでありました。
「しかし自分の目には、経営とか取締役としての働きは片久那制作部長が一人で引き受けていたし、常務はすっかりノータッチだったように見えていましたけどね」
「そんな事はないよ」
 土師尾常務は少し熱り立つのでありました。「僕が営業をしっかりやらないと、他に頼りになる人間が居なかったからそう見えていただけで、僕だってちゃんと取締役としての働きは熟していた心算だ。日比君が全く頼りにならなかったから仕方ないじゃないか」
 この意見にも頑治さんは呆れるのでありました。この人の自己肯定の強さなんてえものは慎に以って筋金入りで、自己省察と云う思考は頭の片隅にも持ち合わせていない人のようであります。これでは何を云っても話しにならない訳であります。
「それなら何故今、日比課長の後塵を拝するような体たらくになっているんですか?」
 頑治さんにそう云われて、明らかに土師尾常務は電話の向こうでたじろぐのでありました。どうしてそんな情報を頑治さんが知っているのかと驚いたのでありましょう。
「別に後塵を拝するような事にはなっていないよ!」
 土師尾常務はあたふたしながらそう抗弁するのでありました。「どうしてそんな難癖を付けるんだ! 社長から電話でもあったのか?」
 これは間抜けにも頑治さんの指摘をうっかり認めたようなものであります。
「社長が自分にそんな電話をしてきたと、どうして咄嗟に考えたんですか? そんな事を云うのは社長に違いないと思ったんでしょうが、別に社長から電話なんかありませんよ。どこをどう考えても、社長が自分に電話をしてくる訳がないじゃないですか。まあ、社長に対する不信感とか負い目から、竟そう考えて仕舞ったんでしょうけど」
 頑治さんは落ち着き払って返すのでありました。
「じゃあどうして僕が日比君の後塵を拝しているとか無礼な出鱈目を云うんだ?」
「出鱈目ではなく図星だと今の常務の慌てぶりが証明しているんじゃありませんか?」
「僕に日比君如きより劣るところなんか全くないよ!」
(続)
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