SSブログ

あなたのとりこ 742 [あなたのとりこ 25 創作]

「ああ、そんな気を遣わなくて大丈夫ですよ」
「それから、お土産を持って行く時には、予めちゃんと電話してから行くわよ。お酒に酔った勢いで突然訪ねると云う事はしないから、安心して構わないわよ」
 那間裕子女史はそう云ってケラケラと笑うのでありました。
「そう云う事なら、まあ、楽しみにしています」
 頑治さんが応えると女史は尚一層の哄笑を返すのでありました。

 袁満さんのその後の話しに依ると、日比課長は自分の生活費くらいはそこそこ稼いでいるようでありました。紙商事にも取引先を通じて紙販売の仕事を持ち込む事もあって、贈答社時代よりも社長の覚えも目出度くなって、将来は紙商事の新しいギフト関係の仕事の責任者として、正社員として雇用して貰える希望も出てきたようでありました。
 それに比べて土師尾常務の方は新しい仕事では全く鳴かず飛ばずと云う按配らしく、華々しく前宣伝していた割りに取ってくる仕事の量は実に大した事がなく、社長の信頼もすっかり地に堕ちて、殆ど見縊られて仕舞っているようでありました。それはそうでありましょう。贈答社時代から社長に対してご大層な自己喧伝ばかりに現を抜かして、実際の面倒な仕事は横着を決め込んでのうのうと威張り散らしていただけでありましたから。
 そんな欺瞞が長く通用する程に世間は甘くはないと云う事であります。ここにきて竟に化けの皮が剥がれて、日比課長の意外な働きぶりとの対比もあって、社長の失望と軽蔑を一手に引き受ける羽目になったのでありましょう。
 まあしかし土師尾常務にも家族があって、家のローンとか、お子さんの教育費とか、これから先益々お金がかかるのでありましょうから、何処かの寺の副住職と云う、肩書きだけで実は大した実入りのない稼業と、殆ど稼ぎの出せない紙商事の嘱託社員と云う身分等では、この先どうにも生活が立ち行かなくなるでありましょう。土師尾常務に対して恨み骨髄の袁満さんなんぞは、身から出た錆と鼻で憫笑するだけでありますが、頑治さんとしては、彼の人もなかなか大変だろうと、多少の同情心もない事もないのでありました。
 それでも土師尾常務は欺瞞まみれながらも、贈答社の中で常務取締役を社長から拝命していた訳で、これはつまり、あれでなかなか生活力旺盛な一面もあったと云う事でもありましょうか。であるなら、これから先も贈答社時代のようには上手くは立ち回れないとしても、なんとかかんとか世過ぎの道は切り開いていく事でありましょう。
 それも出来ないで破滅一直線と云う事であっても、頑治さんとしては多少の哀情は催すとしても、顔を顰める程気の毒とは感じないのでありました。まあ、袁満さんの云う通り、身から出た錆、と云う語の中に納める事が出来るところでありますか。
 結局、贈答社で知り合った夫々は、本意不本意は別として、自ずと夫々の適所に落ち着くのでありましょうし、新しい居場所に落ち着けば、もう消息も知れなくなるのでありましょう。それで頑治さんも一区切りと云う事でありますか。まあ、暫くは時々、袁満さんからはその後の就職とか甲斐計子女史との仲の進展とかの報告はあるのかも知れません。しかしこれも、結局のところ次第にフェードアウトしていくのでありましょう。
(続)
nice!(11)  コメント(0) 
共通テーマ:

nice! 11

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:[必須]
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。