SSブログ
あなたのとりこ 15 創作 ブログトップ

あなたのとりこ 421 [あなたのとりこ 15 創作]

「この前帰ったのは、ええと、二年前の正月だったかな」
 頑治さんは徐に右前方斜め上に視線を馳せるのでありました。
「そう云えば頑ちゃんの家族は、頑ちゃんに時々帰ってこいなんて仰らないの?」
「云わないなあ。ウチは兄弟が多くて、親父も疾うに他界しているからねえ」
 頑治さんは男ばかりの四人兄弟でありました。「一番上の兄貴がもう結婚していてお袋や他の兄弟と同居しているし、まあ、その嫁さんの手前、俺がそこに気儘に帰って当然のような顔してのほほんと滞在するのも、何となく気が引けるからなあ。別にその嫁さんと折り合いが悪いと云う訳じゃないんだけど、でもまあ、何となく遠慮があってさ」
「お兄さんのお嫁さんだから、頑ちゃんやあたしと同年齢くらい?」
 夕美さんは頑治さんの兄嫁に対して多少の関心があるみたいでありました。
 考えて見れば頑治さんの家庭の事を夕美さんに話したのはこれ迄に殆ど無かったのでありました。別に隠そうと云う気は無かったのでありましたが、かと云って積極的に話す気も無いのでありました。会話の流れから断片的に少しくらい話した事もあるし、夕美さんも頑治さんの家族構成くらいは、中学校の同級生で、秘かに好意を寄せていた対象の事でもありましょうからぼんやりとは知っているようでありました。頑治さんにあんまり話す素振りが無いものだから、気を遣ってあれこれ訊くのを控えていたのかも知れません。
「いや、兄貴の嫁さんは兄貴より二つ歳上で、俺なんかより四つも上だな」
「ああそうなんだ。ひょっとして同い年なら、頑ちゃんもそんなに気兼ねしなくても済むかなって、そう思ったものだから」
「でも、同い年なら、返って余計気兼ねするかも知れない」
 頑治さんはそう応えて、四つ年の離れた兄嫁と、自分と同い年の兄嫁ではどちらが気兼ねの度合いが大きいか、ちょっと考えてみるのでありました。
「その結婚しているお兄さんが頑ちゃんの二つ歳上で、その次が頑ちゃんで、その下に弟さんが二人居るんだったわよね、確か?」
「そう。俺と下の弟達は一つ違いで三人並んでいる」
 この辺りは前に話したような記憶があるのでありました。
「下の弟さん達は未だ学生?」
「俺のすぐ下の弟は高校を出たらすぐに繊維関係の会社に就職して、今は大阪で一人暮らしをしているよ。一番下のヤツは地元で理学療法士の専門学校に通っている」
「お母さんはもう悠々自適?」
「いやいや、俺が学校を卒業してようやく学費はからなくなったけど、一番下が未だ専門学校生だからなかなかそうはいかない。ウチはそんなに金持ちじゃなしから」
「ふうん、そう」
 夕美さんはここでちょっと会話に間を入れるのでありました。「で、さっきの話しに戻るけど、頑ちゃんとしては、今年の夏は帰って来る気はあるのよね?」
「夕美にばかりに交通費とか使わせるのは何となく申し訳無いからなあ」
「と云う事は、帰りたいって云う強い意志がある訳じゃないって事?」
(続)
nice!(15)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 422 [あなたのとりこ 15 創作]

「強い意志、ねえ。・・・」
 頑治さんはまた右前方斜め上に視線を向けるのでありました。「意志の具合に関して云えばそんなに強くはないかな。あくまでも夕美への配慮が一番だよ」
「ふうん、そう」
 夕美さんはこれもまたさっきと同じ返答をして、頑治さんから目を逸らして、もう大分柔らかくなって仕舞ったレモンシャーベットにスプーンを刺すのでありました。
 頑治さんの今夏の帰省の話しではあるけれど、夕美さんとしては頑治さんの言葉の中から、故郷に帰る、と云う営為の一時的か永続的に限らない、指向そのものの強弱を読み解こうとしているのかなと思うのでありました。夕美さんは心の底では、頑治さんに今夏に限らず、ずうっと故郷に帰って来て貰いたいのでありましょう。何となくそこいら辺を、頑治さんの今夏の帰郷の件に言寄せて探っているような気がするのであります。
 そうなれば頑治さんとしては、今夏は成り行きから帰るけれど、それとは別に東京での生活を引き払って故郷に引っこむと云う指向は、今のところ持ち合わせてはいないのでありました。しかし敢えてその事をきっぱりここで宣明するのは憚るのでありました。何より久し振りに逢った夕美さんをがっかりさせるかもしれないと思ったが故に。
「頑ちゃん、レモンシャーベットはあんまり好きじゃない?」
 スプーンの動きが止まった頑治さんを見て夕美さんが小首を傾げるのでありました。
「ああいや、そんな事もないけど」
 頑治さんはスプーンの動きを再開させるのでありました。
「若し好きじゃないのなら、あたしが貰おうと思ってさ」
「ああ、そう云う事なら、あげるよ」
 頑治さんはスプーンを置いて、食い掛けではあるけれど自分のレモンシャーベットの器を夕美さんの方にそろりと押し遣るのでありました。

 明くる日早々に均目さんから電話が入るのでありました。
 休日の朝でありますから頑治さんは朝寝を決め込んでいたのでありましたが、電話の呼び出し音に夢と現の境目で朦朧とした意識が、一気に現の側に手繰り寄せられるのでありました。頑治さんは億劫ながら仕方なく横に寝ている夕美さんを起こさないように気遣いながら上体を起こすと、腕を伸ばしてそそくさと受話器を握るのでありました。
 何となく嫌な予感が頭の隅に兆して、少しの警戒心から受話器を握る手に妙な力が籠るのでありました。しかしうっかり架台から受話器をもう既に外して仕舞った限りは、嫌でもそれを耳に押し当てるしかないのでありました。
「未だ寝ていたのなら申し訳ないなあ?」
 受話器を耳に運んでいる時に何故かちらと予想した通り均目さんの声でありました。
「ああいや、別に大丈夫だけど」
 頑治さんはそう応えるのでありましたが、口と咽喉が渇いているものだから言葉が掠れるのでありました。これは如何にも寝起き然とした発声でありますか。
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 423 [あなたのとりこ 15 創作]

「昨日の夜遅くに袁満さんから電話を貰って、何でも出雲君が会社を辞めると云い出したそうじゃないか。昨日袁満さんと唐目君の二人で、池袋の喫茶店で出雲君と逢って話しをしたと云う事だけど、どんな具合だったのかちょっと訊こうと思って電話したんだよ」
「ああ、袁満さんから電話があったんだ。確かに出雲君とちょっと話したけど、まあ、仕事が変わって今後の目途も無く、始めて遣る特注営業で土師尾常務や日比課長からのこれと云った援助も無いし、出雲さんとしては途方に暮れていたところに、土師尾常務と仕事で水戸に同行して一日中、手際が悪いだの何だのと遣る事為す事難癖を付けられて、果ては給料泥棒みたいな事まで云われて、ほとほと愛想が尽きたと云うところなのかな」
「成程ね。その辺は想像が付くな。出雲君も云ってみれば元々それ程ウチの会社に思い入れがある訳でもないし、そうまで無責任に土師尾常務に詰られるくらいなら、いっそこんなストレスの多い会社なんか辞めて仕舞おうと億劫序に決心したと云う事かな」
「億劫序、と云う事もないだろうけど、水戸の一件が明快な契機ではあるようだね」
 頑治さんはそう云いながら空で頷くのでありました。その仕草を、寝そべった儘片目を開けた夕美さんが下から見ているのでありました。まあ、気を遣ってもこんなに近いところで電話していれば、自ずと夕美さんも起きて仕舞うと云うものでありますか。
「出雲君の決心は固そうだったかい?」
「そうだな。熟慮に熟慮を重ねたと云う訳じゃなくて、ふと思い付いて辞めようとしたのかも知れないけど、そう決心してみると急に気持ちが楽になって視界も開けたんじゃないかな。だからおいそれとはその了見は翻らないと思うよ」
「ふうん、成程ね。唐目君がそう見立てるのならそうなんだろうなあ」
 均目さんは電話の向こうで納得の頷きをしているのでありましょう。
「袁満さんも、出雲君を敢えて強く引き留めるような様子を見せなかったしね」
「ああそう。・・・朝早くに電話して申し訳無かったね。それじゃあまあ、出雲君が辞表を出した後の事はまた連休明けに皆で話し合うとして」
 均目さんからの電話はそう云う言葉で終わるのでありました。
「会社の人からの電話?」
 頑治さんが受話器を置くのを待って夕美さんが寝そべった儘で訊くのでありました。
「そう。昨日の人とはまた別の人」
「それは聞いていて判ったけど、また今日も、今度はその人と逢う事になったの?」
 夕美さんは首を傾げるのでありました。
「いやそう云う訳じゃない」
 頑治さんが首を横に振るのを見て夕美さんは上体を起こすのでありました。
「なんだかここにきて色々慌ただしくなってきたわね」
「それはそうだけど、まあ、何事も連休明けに、と云う事になるだろう」
 折角の夕美さんとの久し振りの逢瀬をこれ以上邪魔されたくなかったから、頑治さんは願望も込めて、そう断言調に云うのでありました。
「そうだと良いけどね」
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 424 [あなたのとりこ 15 創作]

「やれやれ、折角のんびりと朝寝を決め込もうと思っていたのに、早朝から妙な電話で意に反して早起きさせられて仕舞ったなあ」
 頑治さんは欠伸をするのでありました。
「そんなに早起きでも無いわよ」
 夕美さんが枕元の目覚まし時計を手に取って、先ず自分が文字盤を凝視してから頑治さんの顔の前に近付けるのでありました。時計の針は九時を少し過ぎたあたりを指しているのでありました。これは成程、全く早朝と云うのではない訳であります。
「まだ起きないの?」
 頑治さが再びごろんと布団の上に寝そべるのを見て、今度は夕美さんが片肘をついて上体を少し起こしてから云うのでありました。
「寝ようと思えば幾らでも寝る事も出来そうだけど、この儘惰眠を貪ると云うのも勿体無いと云えば勿体無いか。折角夕美と一緒に居ると云うのに」
「あたしは別にこの儘惰眠の方でも構わないけど」
 夕美さんはそう云いながら、少しだけ起こした上体を頑治さんの上にかぶせるようにしながら抱きついてくるのでありました。
「じゃあ、もう少し布団の中でのほほんと時間を潰しているかな」
 頑治さんはその夕美さんを抱き竦めながら返すのでありました。

 暫く二人抱き合ってうつらうつらしていると、そこにまた電話が無粋な呼び出し音を無遠慮に響かせるのでありました。頑治さんは舌打ちしてまた受話器を竟、無造作に架台から外して仕舞うのでありました。その後で、ああそうか、無視して電話に出ないと云う手もあったかとも考えるのでありましたが、しかしもう手遅れと云うものであります。
「ああ唐目君、出雲君の事だけど、・・・」
 今度は那間裕子女史の声が聞こえて来るのでありました。「昨日池袋の喫茶店で逢ったと云う事だけど、どんな感じだったかちょっと訊こうと思って電話したのよ」
「那間さんには矢張り、袁満さんから電話があったんですか?」
「ええと、まあそう云うところだけど。・・・」
 頑治さんが訊くと那間裕子女史は何故か少し云い淀むでありました。「結局出雲君の、会社を辞めると云う決心は覆らないような感じだったのかしら?」
「そうですね。決心は固そうでしたね」
 頑治さんはそう応えながら、那間裕子女史は何で今云い淀んだのだろうと考えるのでありました。ひょっとしたら袁満さんの電話でその事を知ったのではなく、今し方均目さんから聞いたのではないでありましょうか。それも電話ではなく直接に。
 まあそれは当面どうでも良い事でありますが、しかしあの朝寝坊にかけては人後に落ちない那間裕子女史が、こんな時間に均目さんの電話に続いてすぐに頑治さんに電話をかけてくると云うのは、まあ、腑に落ちないと云えば腑に落ちない仕業でありますか。電話をかけるにしても、もう一眠りした後でならば未だ納得も出来ると云うものであります。
(続)
nice!(16)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 425 [あなたのとりこ 15 創作]

 均目さんと頑治さんの電話をすぐ横で聞いていてもいたし、その後の均目さんが話す内容の要領の掴めなさに苛々してか、それとも単に自分の耳で頑治さんの証言を確認のため再度聞こうとしてか、均目さんが置いた受話器を今度は自分が取って、こうして頑治さんに手ずから電話をしてきたと云う事かも知れません。となると二人は朝っぱらから一緒に居ると云う事になりますが、朝寝坊の那間裕子女史がこんな早くに均目さんの家を訪う事はないと見做すのが自然と云うもので、となると昨夜からそこに居たのでありましょう。まあこれはあくまで頑治さんの勘と云う域を今のところは出ないのではありますけが。
「池袋のその喫茶店で、三人で一体どんな話しをしたの?」
「まあ要するに、出雲君が会社を辞めるその意が固いと云う辺りに尽きますよ。俺もその後でちょっと用事があったものだから、一時間も話しは出来ませんでしたし、じっくり出雲さんの意中を質すとか、出雲さんの決心を覆させる目があるとすればどの辺りか、なんて事は微に入って話す事は出来ませんでした。でも、固そうは固そうでしたね」
「何だか組合にとってあんまり好い方向に事が推移していないって感じよね。でもそれはあたし達に決定的な非があるとか、事態の巡り合せとかよりは、土師尾さんの愚かさや無神経とか、先見性の無さとかの盆暗役員加減のせいと云う事になるけどね」
「それはまあ、概ね同意します」
 頑治さんは頷くのでありました。
「連休明け迄、何もしないで手を拱いていて良いのかしら、あたし達。この儘すんなり出雲君に辞表を提出させて、それで良いのかしら。その前に皆で集まって、この前の全体会議を踏まえて、何らかの話しをしなくて良いのかしら。・・・」
「いやあ、それはどうでしょうか」
 頑治さんは、今度は頷かないのでありました。と云うのも、それは出雲さんのためを思ってではなく、夕美さんと自分のためを思って、でありました。この上に尚も夕美さんとの久々の逢瀬を誰にも邪魔されたくはないという秘かな自分都合のためであります。
「出雲君に翻意させないと、組合の存続に関わるんじゃないかしら」
「つまり出雲さんが抜けると組合員は五人になって、三人の経営側に対して五対三では六対三の時より存在感が減じる、と云う意味で、ですかね?」
 これは、そんな危惧はあんまり意味が無いだろうと云う頑治さんの否定的考えを言外に滲ませての言葉でありましたが、そのような語調だったと云うよりは、素直な質問口調の体裁に過ぎていて、否定的な辺りは那間裕子女史に伝わらないかも知れないと云う反省と少しの後悔を、科白を全部云い切った後に頑治さんは抱くのでありました。何より、今日にでも緊急集合の提案がなされないかと云う警戒心は慎に以って大でありますから。
「まあそう云われると五対三と云うのは、そんなに危機的な感じじゃなさそうだけど」
「そうですよ。甲斐さんが未だ居なくて四対三なら、ちょっと微妙な数字ですけど」
「でもそう云うところだけじゃなくて、出雲君には、まあ、会社を辞めないと云う方向に立って、色々話しを聞いてみたい気もあるんだけどね」
 那間裕子女史は当然ながら頑治さんの意をちっとも介してくれないのでありました。
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 426 [あなたのとりこ 15 創作]

「まあ筋として、連休明けに土師尾常務に辞表を出す前に、組合に対して一応の説明、と云うのか話し合いを出雲さんに求める、と云う事で良いんじゃないですかね」
「出雲君の会社を辞める意志が固いと云うのなら、それでも構わないけど。・・・」
「何だったらそのように、俺から出雲さんに電話をしておきますよ」
「判ったわ。でも出雲君の声も聴きたいから、あたしの方から電話をしてみるわ」
「ああそうですか。誰が電話しようとそれは別にどうでも良いと思いますから、若しお手数でなかったら那間さんから電話をして貰っても構いませんよ」
「出雲君に電話をして、その結果も皆にあたしから電話するわ」
「ああそうですか。それならそう云う事でお願いします。まあ、その結果お知らせの電話を頂くのは、連休最終日でも構わないですけれどね」
 頑治さんは言外に、今日はもう、折角の自分のプライベートな時間を電話で潰してくれるなと云う意を込めてそう云うのでありましたが、その気持ちがどこ迄伝わったかは全く以って不確定でありましたか。那間裕子女史は結構度胸もあって人に対して押しと気は強い方ではありながら、なかなか人の機嫌や醸し出す気配に対する感受性も鋭い方で、相手の微妙な言葉の云い回しの裏にある機微みたいなものを見抜くのに敏い方ではありますから、ま、ちゃんと気分は伝わっている可能性もない事もないか、でありましょうか。
 それにまあ、那間裕子女史としては一応組合のナンバーツーと云う立場から、出雲さんとその他の皆への連絡の労を自ら買って出たのでありましょう。あれでなかなか、一面律義で義理堅いところも有している人でありますから。
 こんな具合で頑治さんは那間裕子女史の電話をようやく切るのでありました。やれやれやっと、一連の電話攻勢はこれで片付いたかと頑治さんは電話機を眺めながら思うのでありました。これでもう、誰からも電話が掛からない事を祈るばかりであります。

 頑治さんが寝転んだ儘如何にも億劫そうに受話器を架台に戻すのを、この間終始無言でしおらしくしていた夕美さんが間近でじっと見ているのでありました。
「誰からの電話だったの?」
 頑治さんの電話の相手がその漏れ聞こえてくる声から察して女性だったからか、夕美さんの声音には少し警戒の色が浮いているように感じられるのでありました。
「会社の人だよ。組合の書記長をやっている人。組合員が会社を辞めると云うんで心配して、俺が昨日池袋で逢ったからその首尾を聞こうと思って電話をしてきたんだろうよ」
「ふうん。で、経緯を説明するために今日その人と逢う、と云う事になったの?」
「いや、逢わないよ。総ては連休が明けてからだな。でもまあひょっとして、今日じゃないにしても、この連休中にもう一度連絡電話は掛かってくるかも知れないけどね」
 夕美さんは横で電話を聞いていたのでありますから、どんな方向で話しが決着したかは自然に察する事が出来たでありましょう。しかし敢えて態々逢う事になったのかそうでないのかを頑治さんに聞き質すその了見は、相手が女性だったためでありましょうか。
「さあて、もう朝寝と云う気分じゃないから起きようかな」
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 427 [あなたのとりこ 15 創作]

 頑治さんは場の雰囲気を変えるために伸びをして見せてから、勢いを付けて上体を起こすのでありました。釣られて夕美さんも、こちらは少し大儀そうに布団の上に横座りに座るのでありました。昨夜寝酒で飲んだワインが未だ少し頭に残っているせいか、夕美さんは人差し指で蟀谷を押しながら眉根を寄せるのでありましたが、久しぶりの逢瀬であるからか、こういう仕草も頑治さんには如何にも可憐に見えて仕舞うのでありました。
 先ず頑治さんが顔を洗って着替えをして、その後に夕美さんが続くのでありました。何かと色々洗顔一つにも手間をかける女性であるためか、それとも蟀谷の痛みがやや強いのが主因であるのか、夕美さんは頑治さんの約二倍の時間を使って洗顔と着替えを済ませるのでありました。顔を洗った夕美さんは少しサッパリしたようでありました。
「もうこの時間になると朝食のタイミングは逸して仕舞ったし、昼食には未だ随分早いから、早まらないでもう少し布団の中でグダグダして、それからのんびり起き出して、そろそろあちこちの店が開く頃に街中に朝飯兼昼飯を食いに出ても良かったかな」
 頑治さんが枕元に置いていた目覚まし時計を取ってテーブル代わりの炬燵の上にそれを置きながら云うのでありました。
「何だったら冷蔵庫の中にある物で、チョロチョロってあたしが朝食を作ろうか?」
 夕美さんはそう云ってからキッチンの冷蔵庫迄行って中を覗くのでありました。
「使えそうな物は何にも無いだろう?」
「そうね、料理の材料にする程の物は殆ど無いようね」
「買い置きのパンももう無いと思うし、米も確か切らしていたんじゃないかな」
「ああそう。じゃあ作るにしても買い物に行かないといけないわね」
「買い物で外に出るのなら、その儘外食で済ませた方が手間は無い」
「それじゃあ、十時を過ぎた頃に外に出でようか。その頃には食事する店も買い物する店もぼちぼち開いているんじゃないかしら」
 夕美さんは置き時計を覗くのでありました。
「まあ買い物も良いけど、何処かで食事した後は新宿にでも出て映画を観るとか、上野か浅草で寄席見物をするとか、まあそう云った、お出かけ、はしないのかな、今日は?」
「お出かけ、も良いけど、それよりこの部屋に閉じ籠って、まったり二人だけで一日中無為に過ごすのも良いんじゃない? その方が何となく気楽だしウキウキもするし」
「勿論俺に異存は無いけど、夕美が退屈しないかなと思ってさ」
 頑治さんは夕美さんの退屈の心配も然りながら、また会社の誰かから電話がかかってきそうな予感がして、それを大いに懸念してもいるのでもありました。だから留守にして置く方が安全かと考えたのであります。しかし夕美さんが、まったり二人だけでこの部屋に閉じ籠って過ごす方が良いのであって、敢えて外出するには及ばないのではないかと云うのなら、そっちの方が断然優先と云うものであります。若しひょっとして電話の呼び出し音が無粋に鳴り響いても、先程の失敗を省みて無視すれば良いのであります。
「退屈はしないわ。じゃあ、十時過ぎに取り敢えず近所で何か食べて、それからゆっくり今日の夕食と、明日の朝食だか昼食だかの買い物をすると云う事で良いんじゃない」
(続)
nice!(15)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 428 [あなたのとりこ 15 創作]

「じゃあ、そう云う事で決まり」
 頑治さんは人差し指を顔の前に立てて断定調に云うのでありましたが、人差し指を立てる動きに関しては別に何か特段の意味がある訳ではないのでありました。
 出かけるまでの時間、夕美さんはこの部屋に監視のため残していたネコのぬいぐるみを弄びながら過ごすのでありました。役目ご苦労、この先も頼む、と云う慰撫と激励でありましょうか。であるならこの後、伊東静雄の詩集と野呂邦暢の小説を手に取ったなら、間違いなく頑治さんに対する監視連中への秘かな慰撫と激励と云う事になるのでありましょうが、しかしこの二冊の本には別に手を伸ばす気はないようでありました。

 もう今にも出掛けようとしている時に、再び電話の呼び差し音が鳴り出すのでありました。頑治さんは瞬間嫌な顔をするのでありました。ひょっとしたら出掛ける迄の間に無粋な電話機がまたもや騒ぎ出すのではないかと云うのは、頑治さんが秘かに恐れていた事でありました。悪い予感に限って屹度的中するものであります。
「電話に出ないの?」
 夕美さんが敢えて無視しようとしている頑治さんに訊くのでありました。
「何だか出たくない心持ちがするんだよ。どうせまた会社の人からだろうから」
「でも頑ちゃんの会社、何だかごちゃごちゃしている最中みたいだから、何か大事な要件で急にかかってきたんだとしたら拙いんじゃないの?」
「確かに今会社はごちゃごちゃしているけど、でもそんなに急な用でこの電話が鳴っているんじゃないと思うけどねえ。それより無視して早く出掛けようよ」
 頑治さんは玄関に歩き出すのでありましたが、すぐに後を追って来ない夕美さんを訝って振り返ると、夕美さんの、もしもし、と云う声が振り返った顔にぶつかって来るのでありました。夕美さんは電話がなかなか鳴りやまないので、見兼ねて受話器を取ったのでありましょう。やれやれ余計な事を、と頑治さんは小さく舌打ちするのでありました。
「頑ちゃん、那間さんて、女の人からよ」
 そう云われてそこでようやく頑治さんは、慎に不本意ながら夕美さんの方にゆっくり戻るのでありました。受話器を渡そうとする夕美さんに眉を顰めて見せてから、如何にも不承々々そうな手付きでぞんざいにそれを受け取るのでありました。
「あれ、今の人は誰よ?」
 那間裕子女史が電話を代わった頑治さんの耳に向かって早速、意外な展開に大いに戸惑ったような、且つ興味津々と云った風の口調で訊くのでありました。
「ああ、いや、まあ、ちょっと、・・・」
「ははあ、唐目君の彼女なのね」
 那間裕子女史はからかうように云うのでありました。
「いやまあ、別に、ええと、・・・で、用事は、何でしょうかね?」
 頑治さんは誤魔化すように、しかもこれ以上その事は訊かないように、聞かれても応える気は無いから、と云う意を語句にきっぱりと込めつつ返すのでありました。
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 429 [あなたのとりこ 15 創作]

「何よ、誤魔化す心算?」
「そう云う訳じゃないですが、兎に角、先ず要件の方をお願い出来ますかね」
 頑治さんは那間裕子女史の機嫌を損ねない程度を計量しながら、やや無愛想な調子で先の話しを要求するのでありました。
「出雲君と連絡が付いて、これから逢う事になったのよ」
 那間裕子女史は電話の先の、頑治さんの上擦っているに違いない表情辺りに大いなる興味は引かれるけれども、そうまで触れられたくないと云うのなら一先ずそれに関しては無関心を装ってやる、と云った風の何だかちょっと恩着せがましい語調で云うのでありました。まあ、頑治さんにはそうに聞こえたと云う事でありましたけれど。
「出雲さんと逢って決意の程を確かめる、と云うことですかね?」
「均目君も一緒にね。それに袁満君も来ると云うの」
 と云う事はお前も来いと云う事かと頑治さんは眉根を寄せるのでありました。
「袁満さんは昨日もう出雲君と池袋で俺と一緒に面会して、その辺は充分出雲さんと言葉を交わしたと云うのに、また今日も逢うのですかね」
 これは頑治さんの遠回しながら、自分は行かなくても構わないのではないかと云う一種の願望でありました。しかし一方で、それでも袁満さんの方は行くと表明しているのならば、袁満さんに倣って頑治さんも出て来て然るべきだと云う状況を、目論見とは逆に自ら作り出しているのかも知れない、とも云えるのではないでありましょうか。
「袁満君は出雲君に会社を辞めて貰いたくないから、チャンスがあれば何度でも逢って、出来れば説得を試みたいと云う気持ちなんじゃないの」
 頑治さんは出雲さんに対するそんな袁満さんのような真摯さやら愛情やらしおらしさは無いのかと、この言に依って暗に仄めかされているような気がするのでありました。頑治さんとしては正直な話し、それよりは夕美さんと過ごす時間の方を優先させたいのでありましたが、それは諸事情に依り欠席理由としてなかなか云い出し辛いのでありました。
「甲斐さんも少し遅れるけど来る、と云っているわ。まあ、急な話しだから唐目君にも都合もあるだろうし、是非来いとはこちらとしても云い辛いけどね」
「甲斐さんも来るんですか。・・・」
 頑治さんは窮するのでありました。「ええと、何時に、何処で逢うんですかね?」
 すこし沈黙してから、心中の苦渋を隠すような、その隠しているところをちょい出しして見せるような慎に潔くない口調で頑治さんは訊くのでありました。
「一時に、新宿の靖国通り沿いにあるDUGって云う大きなジャス喫茶の地下で、と云う事にしているのよ。そこは唐目君も確か知っていたわよね」
 那間裕子女史はこうして時間と場所を訊いてくるところを見ると、頑治さんがつまり来る了見になったのだと勝手に臆断したようでありました。
「行くとしても、ちょっと遅れるかも知れませんよ」
 嗚呼、慎に不本意ながら竟にこう云って仕舞った、と頑治さんは言葉を口から放り出した端から自責するのでありました。
(続)
nice!(9)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 430 [あなたのとりこ 15 創作]

 要するに、まんまと那間裕子女史に押し出し強く、自分の気の弱さに付け込まれて仕舞ったような図でありますか。やれやれ。・・・
「遅れるのは構わないわ。兎に角こちらの人数が多い方が、出雲君に対して辞めないで欲しいと云う説得力が増すし、それが一番の狙いだからね」
「ああ成程。それはそうかな」
 またもや頑治さんは迂闊な科白をここで重ねて仕舞うのでありました。これで目出たく頑治さんが新宿の指定の喫茶店に行く事が決定されたと云う訳であります。
 頑治さんは那間裕子女史からの電話を切った後、面目無さそうな目をして横で成り行きを窺っていた夕美さんを上目遣いに見るのでありました。
「何だか話しの様子から、臨時の集まりがあって、そこに行く事になったみたいね」
 頑治さんは眉根を寄せて本意ではない事を表しながらも頷くのでありました。
「折角こうして久し振りに夕美と二渡で過ごしている最中だと云うのに、こう云う時に限って何だかんだと面倒臭いゴタゴタが起こって仕舞う」
「まあそれは巡り合わせみたいなもので、仕方が無いと云うしかないかしらね」
 夕美さんは、意ならずと云えども頑治さんが他の用事を作って仕舞った事に、残念さは見せるものの然程に怒ったり、臍を曲げて駄々を捏ねたりしないのでありました。
「何だか申し訳無いような心持ちがする」
 だから余計に夕美さんにそう云うしおらしいところを見せられると、頑治さんとしては済まなさに身の縮む思いがするのでありました。
「何時に出掛けるの?」
「一時に新宿の喫茶店で、と云う事らしい」
「ふうん。夕方には終わるのかしら」
「どんなに長くても、二時間は過ぎないんじゃないかな」
「だったらその後、新宿で待ち合わせして、映画でも観て、それから食事をすると云う事にしようか。何だか昨日と同じようなパターンだけど」
「申し訳無いけど結局そうなるなあ。二日連続で、こういう事で夕美との時間を邪魔されるとは夢にも考えなかったけど」
 頑治さんは悔しそうに舌打ちするのでありました。
「ああそうだ、これと云って観たい映画も無いから、末廣亭で落語でも聴く?」
「俺は何方でも構わない。夕美のお望み通りで」
「考えたら向うに帰ったら、演芸とか落語なんか滅多に観たり聞いたりしないからね」
「寄席見物なら池袋演芸場もあったし、昨日でも良かったかな」
「池袋なら水族館の方が興味としては寄席より優っていたのよ」
「ああ成程ね。夕美の中では、ウミガメは噺家に優る、と云う訳か」
「そうね。でももう少し正確に云うと、ウミガメとか水族館一般が噺家に勝ったと云う事じゃなくて、東京に居た頃に一度も行くチャンスがなかった、サンシャイン水族館、と云うトポスが噺家に優る、と云う事だけど、ま、それはこの際どうでも良いか」
(続)
nice!(14)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 431 [あなたのとりこ 15 創作]

「じゃあ、そう云う事にしようか。何だか夕美に悪いような気がして仕方がないけど」
「ううん、そんなに気にしないで。大体あたしは頑ちゃんと何処かに出掛けるよりも、二人きりでお家でウダウダしている方が好きなんだもの」
 夕美さんがニコニコと笑って頑治さんの腕に取り縋って、その腕にしなだれかかって顔を寄せるのでありました。そう云う夕美さんの望みにしても申し訳無いながら叶えてやれない模様でありますが、夕美さんの方はあくまでしおらしいのでありました。

 新宿駅東口を出て歌舞伎町のだらだら坂を抜け、靖国通り沿いに暫く歩くと目指す喫茶店が見えるのでありました。同じ名前の店が紀伊国屋書店の裏の辺にも在るのでありましたが、頑治さんはそちらの方は入った事がないのでありました。
 頑治さんは一時に十分程遅れてその喫茶店に到着したのでありました。なかなか広い地下フロアながら、すぐに那間裕子女史と均目さんが並んで座って、対面の席に袁満さんと出雲さんが座っている六人掛けの奥まった所にあるボックス席を見付ける事が出来るのでありました。未だ甲斐計子女史の姿は見えないようでありました。
「遅れてすみません」
 頑治さんはそう云いながら那間裕子女史の隣に腰掛けるのでありました。
「何だか、彼女さんとよろしくやっている最中に急に呼び出して悪かったわね」
 那間裕子女史が別に頭も下げずにそう云った後、頑治さんを見つめながら、謝罪三分にからかい七分の笑みを口の端に笑いを浮かべるのでありました。
「いや別にそう云うのではありませんから」
 頑治さんは努めて無表情を装って、言葉の抑揚を抑えて返すのでありました。しかし、そう云うのではない、とは云ったものの、実はそういうのであった訳でありますから、何とはなしに那間裕子女史に対して嘘をついているようで、ほんの少々ながら心苦しさを覚えるのは一体どういう頑治さんの心根の内でありましょうか。
 そこへ丁度ウェイトレスが注文を訊きに来たものだから、頑治さんはフレンチローストのコーヒーを注文してから座の話しに加わるのでありました。
「ええと、どういう話しになっているんでしょうかね」
 頑治さんは対面に座っている袁満さんに訊くのでありました。
「まあ、昨日と同じで、出雲君の辞める意志の固さを確認したと云ったところかな」
「ところで片久那制作部長に紹介して貰った静岡の広告代理店の方の話しは、どうなっているんだろう? そっちに関してはあんまり進展具合なんかも聴かないけど」
 均目さんが出雲さんに訊ねるのでありました。
「ああ、それは片久那制作部長の紹介と云う事もあって、なかなか親身に話を聞いてくれたし、こちらから地図帖とかカレンダー類とか、それに販促品に使えそうな商品を何点か渡しているんですけど、未だ具体的に何か注文を貰ったと云う事はないですかね」
「今のところ先方の注文待ち、と云う事かな?」
「まあそうですね、引き合いの電話は時々掛かって来ますけど」
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 432 [あなたのとりこ 15 創作]

「と云う事は、先方もあれこれ気には掛けてくれているって事か」
「そんな感触っス。まあ、片久那制作部長への気遣いもあるでしょうから」
「そっちの方の仕事もうっちゃって会社を辞めるのか、出雲君は?」
 均目さんは出雲さんに対する糾弾としてその話しを収めるのでありました。そう云う風に話しが導かれた事が出雲さんは少々不本意のようでありましたが、それに間違いはないと考えるのか不愉快そうな表情をするものの抗議の言は返さないのでありました。
「それはちょっと酷な云い方じゃないの」
 那間裕子女史が頑治さんに後頭部を見せて、自分を挟んで頑治さんの向う側に座っている均目さんの方に顔を向けるのでありました。
「そっちの仕事は日比さんにでも引き継げばいいんだから、別に無責任に放ったらかしにして辞める、と云うんじゃないんじゃないかなあ」
 袁満さんが出雲さんの代わりに抗弁するのでありました。
「でもその仕事は片久那制作部長が、会社のためと云うよりは出雲君のために、と云う思いで紹介したものに違いないのだから、日比課長や、況や土師尾常務に引き継ぐと云うのは、片久那制作部長の真意からは逸れる事になるんじゃないかなあ」
「要するに、出雲君は片久那制作部長の厚意を足蹴にしている、と云いたいの?」
 那間裕子女史が少し険しい口調で均目さんに訊くのでありました。
「足蹴にしている、と云うのは少し大袈裟で強すぎる云い草だけど、でもまあ、片久那制作部長への申し訳無さは、あっても良いかなと思うんだけどね」
「それは確かに折角助力して貰ったんスから、俺も申し訳無いと思っています」
 出雲さんは悄気て俯くのでありました。
「それならそっちの方面から何か注文が入って、実績を一つ上げて、それ迄待ってからから会社を辞めても良いんじゃないかなあ」
 ここで均目さんの話しは出雲さんの慰留と云う本来方向に収束するのでありました。
「それ迄待っていられないくらい、出雲君はすぐに会社を辞めたいんだと思うよ」
 何も云わない出雲さんの代わりに袁満さんがその心の内を代弁するのでありました。
「そんなに、もう一時でも居たくはない程会社を忌み嫌っているのかな?」
 均目さんは背凭れから身を起こして蹲って、出雲さんの顔をテーブルに置いてあるコーヒーカップの上縁すれすれから覗き込むように、上目遣いに訊ねるのでありました。
「いやまあ、忌み嫌っている訳じゃないんスけど、仕事に意欲的でもないと云うのにダラダラ会社に残っていても、それは給料泥棒と云う事になっちゃいますし」
 これは会社を早々に辞めなければ、土師尾常務から屹度そう云われるに違いないと出雲さんが思い做していると云う事でありましょうが、その実現性は大ではありますか。
「仕事の意欲がすっかりなくなったと云う訳だね?」
 均目さんが確認するように問うのでありました。
 出雲さんは何も云わすにお辞儀するようにゆっくり一つ頷くのでありましたが、それはなかなか決然とした頷き様のように頑治さんには見えるのでありました。
(続)
nice!(11)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 433 [あなたのとりこ 15 創作]

「要するに土師尾さんの顔を、一刻でも早く見納めたいと云う事でもあるのね?」
 那間裕子女史が確認するのでありました。
「勿論それもあります。でも第一番には、もう本当に、今の会社で働く意欲がすっかり失せたんですよ。会社に未だ残っている皆さんの前でこういう云い方をするのは、ちょっと申し訳無いような感じは何となくするっスけど」
 出雲さんは額がテーブルの上のコーヒーカップに付くくらいの一礼をして見せるのでありましたが、これは心からの恐縮の表明なのでありましょう。
「別にあたし達に対して殊更申し訳無く思う必要は無いけど。・・・」
 那間裕子女史は出雲さんの後頭部に向かって声を掛けるのでありました。恐懼する出雲さんの姿が気の毒に見えてきたようであります。
「折角組合が出来たのに、春闘を終えたところで途中で抜けるのも、何だか裏切りを働いているようで、皆さんに対して済まない気持ちになります」
「まあ、それは仕方が無いけど、でも出雲君は正月の初出社以来色々気苦労があったし、それを親身になって聞いてくれる上司にも仲間にも恵まれなかったし、そういう経緯から相当思いつめたんだろうし、慰留するのは、何だか無理のようね」
 那間裕子女史は理解を示すような事を云いながら、この科白の中の、親身に聞いてくれる上司にも仲間にも、と云う辺りで袁満さんの方に視線を這わすのでありました。
「いや袁満さんにも、それにここには居ないけど日比課長にも、新しい地方特注営業の仕事をするに当たって、何くれとなく心配していただきましたっス」
 那間裕子女史が袁満さんに批判の矛先を向けようとしていると思って、それは不本意のようで出雲さんは袁満さんを庇う心算かそんな事をものすのでありました。
 その辺りで、頑治さんは地下フロアへの階段を下りて来る甲斐計子女史の姿を認めるのでありました。甲斐計子女史は近眼のせいかそれとも歩行に於ける足運びが不器用なためか、俯いて直下の足先に目線を落として、片手で手すりに掴まりながら恐る々々、慎にぎごちなさそうな足取りで階段を下りているのでありました。

 甲斐計子女史は階段を下り切った後立ち止まって辺りをキョロキョロと眺めるのは、頑治さん達の居る席を探しているのでありましょうが、なかなか見付けられないようでありました。頑治さんが座った儘テーブルの脇にやや身を乗り出して手を振ると、それでようやく見つけたようで趨歩しながらこちらの方に遣って来るのでありました。
「新宿なんか滅多に来ないから、駅からこの喫茶店が見つかるかどうか心配だったけど、案外簡単に来れたわ。でも店内か広いから、入ってからまごまごしたわよ」
 甲斐計子女史はそう云いながら、空いていた出雲さんの隣に座るのでありました。それから、すぐに遣って来たウェイトレスにブレンドコーヒーを注文するのでありました。
「まあ兎に角、俺の我儘で皆さんに大変な迷惑をおかけするのが非常に心苦しいです。そこはいくら謝っても謝り足りないと思っているっス」
 出雲さんはやおら立ち上がって、居住まいを正して深くお辞儀するのでありました。
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 434 [あなたのとりこ 15 創作]

「そんな事をされると困るわよ。早く座って」
 那間裕子女史が慌てて差し出した両手の、掌を下に向けて上下に何度も動かして出雲さんに着席するように促すのでありました。出雲さんはそれに従って素直に腰を下ろすのでありましたが、座った後でまた恐縮のお辞儀をして見せるのでありました。
 那間裕子女史と均目さんは、当初は出雲さんの退職を何とか思い止まらせようと云う意気込みでこの会合を持ったのでありましょうが、逢った端から出雲さんの決意の固さに気圧されて諦めたと云った風でありましたか。であるのなら自分が、同席せよとたって頼まれて夕美さんと久し振りに一緒に居られる時間を犠牲にして迄この会合に出て来たのは、一体何の意味があったのだろうかと頑治さんは胸中で溜息を吐くのでありました。まあしかし無表情を決め込んでそう云う憤慨は露骨に顔には表さないのでありましたけれど。
「出雲君、矢張り辞めるんだ、会社を」
 甲斐計子女史が顔を近付けて隣に座っている出雲さんに訊ねるのでありました。その事は均目さんか那間裕子女史からの今朝の電話で知らされてはいたのでありましょうが、ここでようやく事の現実味を実感したのでありましょう。
「はい。申し訳ありませんけど」
出雲さんは身を縮めるように一礼しながら詫びるのでありました。
「でもそれは、要するに土師尾さんの思う壺じゃないの?」
 甲斐計子女史は出雲さんの顔を覗き込むのでありました。その覗き込む様が、少し顔を接近させ過ぎてはいないかと、頑治さんは全く余計な事を考えるのでありました。
「まあ、そうかも知れませんが。・・・」
 出雲さんは項垂れるのでありましたが、その時判らないくらい僅かに自分の顔を甲斐計子女史の顔から遠ざけるのでありました。幾ら歳が十以上も離れているとは云え、女性とそのように顔を接近させた状態が、ちょっと照れ臭かったのでありましょう。
「確かに土師尾常務の目論見通りに事が進行するのは、かなり癪だよなあ」
 均目さんが腕組みしながら吐き捨てるのでありました。
「あんな奴にして遣られた感を持って仕舞うのは、腸が煮えくり返るようだ」
 袁満さんも憤怒を表明するのでありました。「何時か屹度、仕返しして遣るから」
「本当に済みません。・・・」
 出雲さんは袁満さんのその様子を見ながら余計に恐懼するのでありました。
「それが判っていても、それでも出雲君は会社を辞める方を選んだと云う事ね。ま、それも判るような気がするけどね」
 甲斐計子女史がここで出雲さんの決意に理解を示すのでありました。これで出雲さんの決意に対してここに集う全員が納得したと云う事になりますか。
「辞表は連休が明けたら早速出す心算なの?」
 那間裕子女史が冷めたコーヒーを一口啜ってから訊くのでありました。
「ええ、その心算でいます」
 出雲さんはここでも未だ申し訳無さそうな口振りなのでありました。
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 435 [あなたのとりこ 15 創作]

「出雲君の辞意に対して、皆それを尊重すると云う事で良いのかな」
 均目さんが話しの筋道をやや戻すのでありました。
「辞めるか辞めないかは、あくまでも出雲君の自由意志だもの」
 那間裕子女史がここで原則論をものすのでありましたが、その言葉に、結局ここに集う意味は特に無かったと云う事じゃないかとの、無力感と云うのか徒労感と云うのか、そう云った遣る瀬無さを更に頑治さんは心の底で強めるのでありました。であるのなら、久し振りに実現した夕美さんとの一時を犠牲にした甲斐が無いと云うものであります。ここに集ったのは、出雲さんの辞意を覆させるためではなかったのではありませんか。
 まあ、何れにしてもこう云う話しの結論を見たのなら、この辺で会合を打ち切っても良いでありましょう。そう考えて頑治さんは内心ソワソワし出すのでありました。
「じゃあまあ、出雲君に関する話しはこれで済んだと云う事にして良いのかな」
 袁満さんが皆の顔を見渡すのでありました。
「まあ、仕方無いですかねえ」
 均目さんが何度か曖昧な頷きをするのでありました。
「どうも済みません」
 出雲さんが今日何度目かのお辞儀をするのでありました。
「じゃあこれにて散会としますかね」
 頑治さんが内心のソワソワをそれと判らないように言葉にするのでありました。
「でも折角甲斐さんも来て貰って組合員が全員揃ったんだから、皆で少し早めの夕食と、その後飲み会と云うのはどうかな。組合としての出雲君の送別会兼激励会として」
 均目さんが腕時計を見ながら、語調を先程迄とガラっと変えて朗らかに提案するのでありました。「未だ夕食には時間が早すぎるから、もう少しここで駄弁っているとして」
「ええと、・・・俺はちょっとこの後、野暮用があるんで、これで失礼したいんだけど。だからその食事会と酒宴に出席するのも、申し訳無いけど遠慮させて貰おうかな」
 頑治さんは均目さんの顔を済まなさそうな面持ちで眺めながら、辞退の言を弱々しい声でものすのでありました。これ以上は付き合っていられないと云うものであります。
「何、この後、朝の電話に出た彼女とデートでもあるの?」
 那間裕子女史がからかうような笑みを浮かべるのでありました。
「まあ、そのような、そのようでないような。・・・」
 頑治さんは意味不明な事を云って有耶無耶に応えるのでありました。
「ああ、デートなら引き留められないなあ」
 均目さんが肩を持つような那間裕子女史と同じにからかうような、どちらとも付かない事を云って頑治さんに笑いかけるのでありました。若しからかいの方だとしたらそのからかいに乗って色々云い訳めいた事やら、もっと思わせぶりな事を云って挑発的に対抗するのは得策ではないと判断して、頑治さんは無言で笑うだけにするのでありました。
「時間潰しに俺達はもう少しここで粘って、それから夕食に行く心算でいるけど、若し帰りたいのなら、唐目君はもうこれで帰っても構わないよ」
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 436 [あなたのとりこ 15 創作]

 均目さんが頑治さんの付き合いの悪さを当て擦って冷ややかな云い草をするのでありました。何だか頑治さんが自分の都合を何より優先させて、出雲さんの事をちっとも親身に考えていないところを皮肉っぽく責められているような具合であります。
 しかし実際、別に出雲さんの辞意を何が何でも翻させる気も無かったのなら、態々自分を今日ここに誘う必要は無かったのではないかと頑治さんは思うのでありました。頑治さんはもう既に昨日、池袋の喫茶店に出向いて出雲さんの辞意を直接確認したのでありましたし、結局今日も同じ事の繰り返しに過ぎなかったのでありますし。
「じゃあ、お言葉に甘えて俺はこれで帰るよ」
 頑治さんは均目さんに無愛想に云うのでありました。
「あたしも帰ろうかな」
 甲斐計子女史が頑治さんに倣うのでありました。
「甲斐さんはこれから何か用でもあるの?」
 袁満さんが訊くのでありました。
「別に用はないけど、飲み会なら遠慮したいと思って」
「甲斐さんは俺達より遅れて来て、こんな短い時間で帰ったら、何のために態々この新宿迄出て来たのは判らないじゃないの」
 袁満さんが引き留めにかかるのでありました。
「でも飲み会なら、飲めないあたしが参加するのもつまらないし」
「じゃあ、せめて食事の方だけでも一緒にどうかな?」
「そうねえ、・・・」
 甲斐計子女史は少し考える風に小首を傾げるのでありました。「じゃあ、食事だけ付き合おうかな。帰って夕食を拵えるのも面倒臭いし」
「唐目君も食事だけでも付き合わないの?」
 那間裕子女史が頑治さんに向かって聞くのでありました。
「ああ、俺は食事の方も遠慮しますよ」
「何だかさっさと帰りたいみたいね」
 那間裕子女史も頑治さんの付き合いの悪さをやんわり責めるのでありました。
「どうも済みません」
 頑治さんが素直に頭を下げるのはまごまごしていないで、こう云う言葉の遣り取りを早々に切り上げて、夕美さんの処へ早く行きたかったためでありました。
 頑治さんは自分の分のコーヒー代を均目さんに渡して、そそくさと店を出るために一階に向かう階段の方へこの場から歩み去るのでありました。何となくすげない風ではありますが、夕美さんと一緒に過ごす方がこの際優先であります。

 頑治さんは喫茶店を出ると寄席の末廣亭の前に急ぐのでありました。夕美さんとそこで待ち合わせを約していたのでありました。未だ夜席には時間がありましたけれど、予め決めていた夕美さんとの約束時間にはギリギリのところでありました。
(続)
nice!(14)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 437 [あなたのとりこ 15 創作]

 夕美さんは落語家の名を記した幟のはためく末廣亭の出入口辺りに立って、何をそんなにと云うくらいせっかちに行き交う往来の人通りを眺めるともなく眺めながら、つんと澄ましたような無表情で頑治さんを待っているのでありました。
「随分待たせたかな?」
 目の前に立つ迄頑治さんに気付かなかった夕美さんは、そう声を掛けられて一瞬驚きの表情をするのでありましたが、すぐに頑治さんと認めて相好を崩すのでありました。
「ううん、そうでもないけど」
 夕美さんは首を小さく何度か横に振るのでありました。
「未だ昼席が終わらないか」
 頑治さんは腕時計に目を落とすのでありました。
「そうね。でも入場券は買って置いたわよ、二枚」
 夕美さんは左肩から右腰に袈裟に掛けていた黄色のポシェットから、入場券を二枚取り出して頑治さんの目の前に示すのでありました。
「夜席まで何処かで間を潰すにはちょっと時間が少ないし、かと云って行列も出来ていないここで待っていると云うのも何となく間抜けだしなあ」
 頑治さんは苦った顔をして見せるのでありました。
「そうね、中途半端な待ち時間の長さよね。でもまあ、時節柄寒くも暑くもないし、ここで人通りを眺めながら手持無沙汰に二人で待っているのも悪くないんじゃない」
 夕美さんは頑治さんの手を握るのでありました。手を握られた途端、頑治さんはそれもそうかと心持ちの結び目みたいなものが緩むような気がするのでありました。夕美さんが生来持っているところの大らかさが掌から浸みてきたのでありましょう。
「でものんびり田舎暮らしを始めた夕美には、こんなに気忙しそうに人の行き交う街の光景なんかは、気疲れして仕舞うんじゃないの?」
 頑治さんは冗談七分に訊くのでありました。
「そうでもないわよ。東京を引き払ったのは一月ちょっと前なんだから、未だそれ程田舎者にはなっていないわ。でもまあ、こういう光景が懐かしいような気分に今なっていると云う事は、つまりもう充分田舎者になったと云う事かしらね」
「俺なんか東京に住んでいても、向こうから出て来て以来、ずっと田舎者でい続けているような気がする。こういう人混みは何年見ていようと未だ何となく苦手かなあ」
「田舎者云々より、その人の持っている気質に依るって事でしょう」
「俺は人間観察はどちらかと云うと好きな方だけど、こういう処に立っているとそれは矢張り疲れるかな。観察するにしてもやけにせわしないからね」
「じゃあ喫茶店にでも入って時間を潰す?」
 夕美さんは、要するに頑治さんがここで立って待っているのが苦痛であると訴えているのだろうと思ったようでありました。「もうチケットは買ってあるから、少しくらい開演時間に遅れても大丈夫だし、多分そんなに混まないような気もするから」
「それも何となく無駄なような気がするなあ」
(続)
nice!(8)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 438 [あなたのとりこ 15 創作]

 と云う訳で結局二人は喫茶店に行く事もせず、末廣亭の前で何となく夜席の開演時間を待っているのでありました。一人ぽつねんと待っているのではなく二人で何やら四方山話ししながら寄り添って待っているのは、頑治さんも夕美さんもそんなに苦痛ではないのでありました。気候も寒くも暑くもないのでありましたし。
 ただ全くの計算違いであったのは、恐らく都営地下鉄の新宿三丁目駅に向かうのであろう先程別れた甲斐計子女史と出くわした事でありました。もうとっくに新宿を立ち去ったものと思っていたのでありましたが、どこかで寄り道をしていたようで、どうしたものか末廣亭の前を今時分に通るとは頑治さんは思いもしなかった事でありました。
 甲斐計子女史も頑治さんに気付いたようで、頑治さんの方に笑みかけようとするのでありましたが、傍に恐らく頑治さんの連れであろう見知らぬ女性が居る事に気付いて、笑みを作り始めた頬の表情筋の動きをやおら止めて、訝しそうな表情を送って寄越すのでありました。女史は色々慮ってか声を掛ける事も憚って頑治さんを無視するような態で前を通り過ぎるのでありました。頑治さんとしては別に声を掛けてくれても良かったのでありましたけれど、しかし頑治さんの方もどういう按配か声を掛けそびれるのでありました。
 頑治さんがあの喫茶店を出た後、食事も飲み会も断ってそそくさと皆と別行動に走ったのは、その後見知らぬ女の人と待ち合わせするためだと、連休明けに屹度甲斐計子女史の口から他の社員に告げられるのでありましょう。別に殊更隠し立てする心算は無いのだけれど、かと云って訊かれもしないのに態々こちらから進んで云う気も無い頑治さんの気分としては、会社の皆に夕美さんの存在を知られるのは何となく大儀でありました。
 均目さんと那間裕子女史は頑治さんに特定の彼女が居ると云うのはほんのりと判られているようでありましたが、社員の殆どがそれを認知すると云うのは実に億劫な事態でありますか。特に日比課長辺りに知られると、下卑た憶測等を露骨にされそうで何となく嫌な気がするのであります。しかしながらまあ、実は頑治さんがそうやって危惧する程に会社の皆は興味を示さないのかも知れません。であれば、まあ、幸いであります。
「何、どうしたの?」
 頑治さんが急に黙り込んで何やら考える風の表情をしているのを訝って、夕美さんが覗き込むように下から顔を近付けてくるのでありました。
「ああいや、別に何でもないよ」
「何か急に考え事?」
「そんな訳でもないけど、何となくぼんやりして仕舞ったんだよ」
「ふうん、ぼんやり、ねえ」
 夕美さんは頑治さんの返答に満足していないようでありました。
「そろそろ昼席が終わって人が出てくる頃かな」
 頑治さんは先ず下を向いて自分の腕時計を見て、その後に後ろを振り返って末廣亭の出入り口の方に視線を投げるのでありました。未だそこには昼席を観終えて外に出てこようとする人々のさざめく気配は全く無いのでありました。しかしだからと云ってこれから喫茶店に行って時間を潰す程の余裕は既になさそうでありましたけれど。
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 439 [あなたのとりこ 15 創作]

「そうね、ぼちぼち昼席と夜席の入れ替え時間になるわよね」
 夕美さんも自分の腕時計に目を落とすのでありました。
 所在なく夕美さんと二人で寄り添って末廣亭の前で入場時間を待っているのも、それ程つまらない時間でもないと思っていたのでありましたが、どうしたものか甲斐計子女史の姿を見付けて目が合ってから、頑治さんはこうして往来で夕美さんと二人で無防備に身を曝しているのがちょっと苦痛になるのでありました。それは甲斐計子女史に見つかったのだから、食事とその後の出雲さんの送別会がてらの飲み会をやらかそうと云う他の会社の連中にも、ひょっとしたらここで出くわすかも知れないからでありました。まあ可能性は低いのでありましょうけれど、しかし絶対無い事とは云い切れないでありましょうか。
 だからと云っておどおどする必要は無いとは思うのであります。見つかったとしても、大いに照れて見せればそれで済む話しであります。しかし要は、折角の夕美さんとの二人だけの時間に、他の会社の連中に無遠慮に割り込まれるような気がする訳であります。
 頑治さんとしては、この連休では夕美さんとの逢瀬をじっくり堪能すると云う訳にはなかなかいかなかったような気がしていて、夕美さんに対しては実に以って相済まない気がしているし、自分としても折角の夕美さんとの久々の逢瀬を台無しにしているようで実に以って歯痒いのでありました。別に会社の連中に無根拠に悪態をつく意は無いけれど、しかし心の底で沸々と泡を立てる無念さをどうしてくれようと云う憤慨は、一方に濃厚にあるのであります。まあ、何の正統性も無い憤怒であるのは判っていながら。・・・
 とか何とか頑治さんが考えている内に、末廣亭の出入り口に人々のさざめく気配が起こるのでありました。ようやく昼席が跳ねたのでありましょう。会社の他の連中に見つかる事もなくどうやら中に入る事が出来そうであります。しかしまあ、だからと云って別にホッと安堵の溜息を吐く程の事でも実際は無いのではありましたけれど。

    もっと激震が

 ゴールデンウィークを地方で過ごして帰郷した旅行客が東京駅の構内に溢れているのでありました。到着した上りの新幹線の出入口からは多くの旅客が吐き出されるけれど、逆に地方へ向かう下りの新幹線のホームには然程の混雑は見られないのでありました。とは云ってもまあ、普段よりは混雑はしていましたけれど。
「何だかちっとも落ち着かないゴールデンウィークだったなあ」
 頑治さんが列車の到着を待つ列に並ぶ夕美さんの横で云うのでありました。
「まあ確かに慌ただしい感じだったし、ゆっくり頑ちゃんとの時間を過ごせたと云う風でもなかったけど、でも頑ちゃんの変わらない様子を見られただけでも良かったわ」
「当初は夕美と一緒に色んな事をやろうと考えていたんだけど、変な用事が色々入って残念ながら何だか消化不良と云った心持ちだな。夕美に済まない気持ちもあるし」
「仕方が無いわよ。別に済まないとか思う事ないわ」
 夕美さんは顔を横に何度か振って見せるのでありました。
(続)
nice!(13)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 440 [あなたのとりこ 15 創作]

「そう云ってくれると少し気が楽になる」
「今度会えるのは何時になるかな」
「そうね、夏休みと云う事になるけど、頑ちゃんは夏休みはどうなるの?」
「会社で一斉に休むと云う感じじゃなくて、七月か八月の適当なところで仕事との兼ね合いで夫々取ることになる、と云う風に聞いているよ」
「日取りなんかは未だはっきりしないわよね?」
「まあ早い目に申し出ておけば社内で色々都合が付けられると思うけど」
 倉庫の仕事や定期不定期を含めて配達や梱包配送なんかは、出雲さんが居なくなるので、業務を代行して貰えるのは袁満さんか手の空いた時の日比さん辺りでありましょうか。編集の方に関しては均目さんと那間裕子女史、それに片久那制作部長も含めて四人で日取りを擦り合わせして交代で休む事になるでありましょうか。
「期間はどのくらい取れるの?」
「何でも夏休み自体は三日間なんだけど、今迄の慣習だとその後二日間有給休暇を取って、前後の土日で最長九日間取れるらしいよ」
「丸々一週間と土日の組み合わせね。意外にのんびり夏休みが取れるのね」
「原則はそうだと聞いているけど、でも今年は辞める人が居たり各自の仕事内容が変更になったりで、従来通り呑気に九日間の夏休みが取れるかどうかは判らないかな」
「これは一応あたしの腹案なんだけどさ」
 夕美さんはそう云って自分の鼻を人差し指で差して見せるのでありました。「頑ちゃんが七月の最終週に取って田舎に帰って来て、あたしが八月の第一週目に取って一緒に東京に出て来れば、二週間続けて二人で一緒に居られる事になるわ」
「ああ成程。夕美も丸々一週間夏休みが取れる訳だな」
「七月八月九月のどこかで、あたしも多分頑ちゃんと同じ要領で休めるわ」
「でも博物館は、夏だからと云って特別の休館日はないだろう? 寧ろ小中学校とか高校生の夏休み期間は何時もより忙しくなるんじゃないの?」
「それはそうだけど、学芸員は結構纏まった夏休みが取れるらしいの」
「ふうん、そうなんだ」
 頑治さんはここで莞爾として顎を撫でるのでありました。「二週間夕美と一緒に夏休みを過ごせると云うのは、これは実に魅力的だなあ」
「そうでしょう」
 夕美さんは嬉しそうに笑うのでありました。「
「でも果たしてそう云う時期に上手く休みが取れるかなあ」
 頑治さんは顎を撫でる手の動きを止めるのでありました。
「七月の最終週と八月の第一週にならないとしても、何とか二週間二人一緒に過ごせるように都合すれば良いじゃない」
「それはそうだな。未だ時間があるから、何とかそう云う方向でお互い夏休みが取れるように努力しよう。それが叶うなら今からワクワクと云うところだな」
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 441 [あなたのとりこ 15 創作]

「未だ夏休み迄は時間があるから、色々じっくりお互いに摺り合わせして、何とか目論見通り二週間一緒に夏を過ごしましょうよ」
 夕美さんはそう云いながら頑治さんの手を握るのでありました。頑治さんとしてもこの先の夕美さんとの逢瀬の算段が付いたような気になって嬉しくなるのでありました。
 列車が入線するぞと云うアナウンスが頭上に響くのでありました。夕美さんと頑治さんは下に置いていた夕美さんの旅行カバン二つを夫々取るのでありました。愈々これでゴールデンウィークの夕美さんとの逢瀬は終わるのであります。
 夕美さんの頑治さんと繋いでいる手に力が籠るのでありました。頑治さんもそれに応えて強く握り返すのでありました。上手くゆけばまた三か月もしない内に逢えるのではありますが、頑治さんとしては矢張り夕美さんとの別れが寂しいのでありました。夕美さんも名残り惜しそうに頑治さんの顔を見上げているのでありました。

 出雲さんは出社してすぐに土師尾常務の机の傍らに赴いて退職願いを机の上に置くのでありました。頑治さんはその少し前に土師尾常務の机上の伝票入れから、その日の発送指示書を取ってその場で暫し眺めていたのでありましたが、出雲さんが傍に遣って来たのでそれと察して立っている位置を出雲さんに譲ったのでありました。
 土師尾常務は机上に置かれた退職願いと万年筆で表書きしてある封筒に暫しの間目を落としてから、ゆっくりと無表情に出雲さんを見上げるのでありました。
「どう云う事かな?」
 どう云う事も何も、出雲さんの手で退職願いが机上に置かれたのでありますから、事態としては慎に明快な筈で、頑治さんにはこの土師尾常務の問いは如何にも間抜けに聞こえるのでありました。事態が把握出来ないくらい土師尾常務が取り乱したと云う訳ではないでありましょう。まあ要するに、この人なりに勿体を付けているのかも知れません。
「会社を辞めたいと思います」
 出雲さんは生真面目な表情でそう云って一礼するのでありました。
「もう少し詳しく話を聞こうか」
 土師尾常務は立ち上がってから事務所の出入り口の方に向かって顎をしゃくって見せるのでありました。ここではなく外で話そうと云う事でありますか。まあ恐らく、社長室に出雲さんを連れて行こうと云う心算なのでありましょう。
 会社の実務は一応体裁の上だけでも土師尾常務が司っているのでありますから、殊更大袈裟に社長同席の上で一緒に出雲さんの辞めたいと云う気持ちを聞き質す必要は無いと云うものであります。社長へは事後報告で済む話しでありましょう。
 それを敢えて社長同席で話しを聞こうとするのは、これは会社を辞めていく出雲さんに一種のプレッシャーを感じさせようと云う魂胆で、出雲さんの気持ちを弄んで面白がってやろうと云う悪心からでありますか。人が窮地に、或いは緊張状態にあると見たらそれに対して嬲って喜ぼうとするのはこの人の得意芸の一つであります。出雲さんも社長室に連れていかれるとすぐに踏んで、少しの狼狽を見せるのでありました。
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 442 [あなたのとりこ 15 創作]

 頑治さんは出雲さんと土師尾常務を見送った後、倉庫に下りる前に編集部の方にある自分のデスクに発送指示書を持って一端行くのでありました。
「出雲君が会社を辞めるのか?」
 片久那制作部長が、自分のデスクに発送指示書を置いて座ろうとする頑治さんに訊くのでありました。と云う事は、出社して早々と云う事もあって、均目さんから出雲さんが会社を辞める決断を下したと云う件を未だ聞いてはいないのでありましょう。因みに那間裕子女史は例に依って多分朝寝坊で、未だその顔はこの場にはないのでありました。
「今、退職願いを出したようです。それで少しその件について話そうと云う事になって、土師尾常務と二人連れ立って外に出て行ったのです。行先は告げられていませんが、多分出雲さんは社長室に連れて行かれんじゃないですかね」
 頑治さんの説明を聞いて片久那制作部長は、ふうん、と云うように少し下唇を突きだして微かに頭を上下させて見せるのでありました。出雲さんに紹介した、自分の大学時代の友人で、静岡で広告代理店をやっていると云う人と出雲さんとの仕事の推移がどのようになっているのか、出雲さんの突然の仕事中段で、紹介した自分の顔が或いは潰されるような事がないのかどうか、その辺が気掛かりなのでもありましょう。
「出雲君が今朝辞表を出す事を、唐目君はもう知っていたのか?」
 片久那制作部長に聴かれて頑治さんは顔を向けるのでありました。
「知っていました。連休中に直接池袋で逢ってその件を聞きましたから」
「均目君も知っていたのか?」
 片久那制作部長は、今度は均目さんの方に目線を向けるのでありました。
「ええ。俺も別の日に逢いましたから」
「組合員は全員既知っていたんだな?」
「そうですね。先ず袁満さんと唐目君が聞いて、次の日に他の組合員も新宿に全員集合して、そこで出雲君から辞表を出すまでの経緯も含めてあれこれ直接聞きました」
 均目さんが連休中の出来事を説明するのでありました。
「ああそうか」
 片久那制作部長は頷くのでありました。それから少し考える風の面持ちをしていて、何やらやれやれと云った感じで億劫そうに立ち上がるのでありました。頑治さんも均目さんも片久那制作部長のそう云う動作を黙って見ているのでありました。
「ちょっと社長室に行ってくる」
 片久那制作部長は自席を離れようとするのでありました。
「社長室に行ったようだと云うのはあくまで自分の推察で、ひょっとしたらそうじゃなくて近くの喫茶店か何処かに行ったのかも知れませんよ」
 頑治さんが云い添えるのでありました。しかし片久那制作部長も出雲さんを伴った土師尾常務の行き先は社長室に違いないであろうと踏んでいるようでありました。
 片久那制作部長の姿がマップケースの向こうに消えると、頑治さんと均目さんは目を見交わして、互いに何となく困惑の表情を浮かべて見せるのでありました。
(続)
nice!(13)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 443 [あなたのとりこ 15 創作]

 片久那制作部長が事務所を出て、ドアが完全に閉まる音を聞いてから均目さんが頑治さんの方に顔を向けて話し掛けるのでありました。
「社長室の中で土師尾常務と、それに社長と片久那制作部長も含めて、三人で出雲君を取り囲んで一体何を話し合うんだろうな?」
「三人で出雲さんを取り囲んで、と云うのは、場の雰囲気を表現する言葉としてちょっと違うかも知れない。後から加わる片久那制作部長の立ち位置が、土師尾常務や社長と同じ側にあるのか、それとも出雲さんの側にあるのかちょっと判断出来ないからなあ」
「しかし出雲君を引き留めに掛かるとは思われないだろう。元々出雲君を辞めさせる魂胆が土師尾常務にあって、それに積極的に賛成している訳じゃないけど、かと云って反対もしていないと云うのが、片久那制作部長のスタンスと云う事じゃなかったっけ?」
「まあ腹積りとしてはそんな辺りだとしても、それなら出雲さんの件は営業の責任者たる土師尾常務に総て一任で良い訳で、土壇場の今に及んで、態々その重苦しいげんなりするような現場に、自ら乗り込む必要なんかないだろう」
「それはそうだな。そこに態々行く片久那制作部長の目論見は何だろうな」
 均目さんは考える風に腕組みして小首を傾げるのでありました。
 袁満さんと日比課長がマップケースのこちら側に遣って来るのでありました。
「この期に及んで土師尾常務と片久那制作部長、それに社長の三人は出雲君と社長室で今更何を話し合う必要があるんだろう?」
 袁満さんも出雲さんは社長室に連れて行かれたと踏んでいるようでありました。
「まあ、会社を辞める理由とか経緯を少し詳しく訊いているんでしょうけどね」
 均目さんは土師尾常務と片久那制作部長、それに社長が一緒くたになって出雲さんの話しを聞いているような袁満さんの想像図に、片久那制作部長は立ち位置が二人とは少し違うんじゃないかと云う、今の今頑治さんと話していたところをまわりくどくて面倒臭いからかスッポリ端折って特に想像図中に再設定しようとしないのでありました。
「ところで日比課長は、出雲さんが辞めると云うのを既に知っていたんですよね?」
 均目さんが日比課長を座った儘見上げながら訊くのでありました。
「うん。電話を貰っていたから」
「別に引き留めはしなかったんですか?」
 均目さんは別に詰る心算は更々ないと云う気を遣った語調で訊くのでありました。
「まあ、このところずっと元気が無かったから、ひょっとしたら会社を辞める心算なのかなとは、ちょっと思っていたよ。それも無理も無いかとも考えていたし、敢えて引き留めるのも、別の意味で出雲君が可哀想かなとか云う気持ちもあったし」
「いざとなったら、日比さんは薄情だからねえ」
 袁満さんがぼやき口調で云うのでありました。
「別に薄情とかじゃなくて、この儘土師尾常務に露骨に意地悪をされながら、ネコに追い詰められた鼠みたいに居竦んでいるよりは、将来を考えると今の内に別天地を求めた方が幸せかも知れないと思うからだよ。出雲君は未だ若いから幾らでも潰しが利くし」
(続)
nice!(11)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 444 [あなたのとりこ 15 創作]

 この日比課長の話しの中の、ネコに追い詰められた鼠、と云う件で頑治さんは全く無関係な事ではありましたが、自分のアパートの部屋に夕美さんが置いて行ったネコのぬいぐるみを頭の中に思い浮かべるのでありました。夕美さんの命令に依りあのネコのぬいぐるみは頑治さんの監視役として部屋に残されたのでありますから、まあ、追い詰められてこそいないけれど、頑治さんはさしずめ鼠の役回りと云う事になりますか。

 そこに那間裕子女史がようやく出社して来るのでありました。那間裕子女史は全くあっけらかん、という風でなないけれど、妙にいじけたり不貞腐れたりとかするところもなく、云ってみれば遅刻の熟達者のような、陰湿にはならない、或る意味で堂々たる忌憚としおらしさとを体現しながら編集部スペースに入って来るのでありました。
「あら、片久那さんは今日はお休み?」
 片久那制作部長の机から遅刻した自分に向けられる毎度の険しい無言の視線がその日射して来ないのを訝って、那間裕子女史は頑治さんの顔を見ながら訊くのでありました。
「出雲さんがさっき退職願いを提出したので、その件で詳しく話しを聞くために出雲さんと土師尾常務と一緒に社長室に行っていますよ」
「ああそうか。出雲君はちゃんと退職願いを出したのね」
「新宿で逢って話した時にそう云っていたでしょう」
 袁満さんが那間裕子女史の、ちゃんと、と云う言葉にちょっと引っ掛かって、女史を不審そうな横目で見遣りながら云うのでありました。
「それは確かにそうだったけど、でもひょっとしたら今日になって急に、考え直す場合もあるかなって思っていたからさあ」
「あの新宿の喫茶店で、皆の慰留にもめげずにあんだけ確然とした決意を表明したんだから、今朝になって突然、止めた、なんていう筈がないでしょう」
 袁満さんは那間裕子女史の言に、出雲さんへの見縊りをふと感じたためか、険を宿した目で女史を睨みながら少し不機嫌に云うのでありました。
「でも態々社長室で三人雁首を揃えて何を訊こうと云うのかしら?」
 那間裕子女史は袁満さんの不機嫌に頓着することなく小首を傾げるのでありました。
「訊く事なんか何もないよ。事を必要以上に大袈裟に持って行って、出雲君をビビらせて負担に思わせてやろうと云う、土師尾常務の何時もの、チャンスと見たら人をいたぶって喜ぼうと云う悪趣味からだろう。あの人のやる事は何時もそんな程度だから」
 均目さんが皮肉な笑いを口の端に浮かべるのでありました。
「仕事にしても、土師尾常務が出雲君から引き継ぐ程のものはないしなあ」
 日比課長が無意識にではありましょうが薄笑いを湛えた顔でそう云うと、袁満さんは那間裕子女史の時と同じに険しい目をそちらに向けるのでありました。
「どうせ今まで、出雲君は大した仕事はしていないと云う意味かな?」
「いやそんな事を云っている訳じゃないけど、・・・」
 日比課長はまごまごするのでありました。「何だか妙に突っかってくるなあ」
(続)
nice!(13)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 445 [あなたのとりこ 15 創作]

 要するに袁満さんとしては、自分の部下のような存在だった出雲さんが愈々会社を辞める事を公然化した事に、矢張り平静ではいられないのでありましょう。だから那間裕子女史や日比課長の言葉が如何にも無神経で不謹慎で苛立たしく聞こえて、竟々過敏な反応をして仕舞うのでありましょう。まあ、判るような気が頑治さんはするのでありますが。
「別に突っかかってなんかいないよ」
 袁満さんは日比課長を見ないで、しかしこれも不機嫌な口調で云うのでありました。
「片久那制作部長は一体どういう役回りを今、下で演じているんだろう」
 均目さんが顎を撫でるのでありました。
「例に依って、これ以上ないと云うような仏頂面で一言も喋らないで、兎に角立ち会う、と云ったスタンスでその場に座っているんじゃないのかしらね」
 那間裕子女史が社長室の様子を想像するのでありました。
「そうやって腕組みとかされて片久那制作部長に不機嫌に座っていられると、その場の人間は何となく妙な威圧感を感じて居竦んで仕舞うだろうけど、それはつまり出雲君への威圧の心算なんだろうか。それとも土師尾常務と社長に対するものだろうか?」
「それは多分、土師尾常務と社長への威圧感を醸し出しているんだろう。別に辞めていく出雲君をおどおどさせる必要なんかな無いし」
 日比課長が均目さんと同じように顎を撫でるのでありました。
「まあ、それはそうかな」
 均目さんは顎を撫でる指の動きを止めて、一つ頷くのでありました。

 そうこうしている内に、案外早く出雲さんが一人だけで上の事務所に戻って来るのでありました。そのドアが開け閉めされる気配を察して、制作部スペースに居た全員は、今度は営業部スペースの方にゾロゾロと移動するのでありました。
 皆は自席に座った出雲さんを取り囲むのでありました。これまで動かないでいた甲斐計子女史も、今度はその馬蹄形の囲みの中に遠慮がちに加わるのでありました。
「下で何の話しをしていたの?」
 那間裕子女史が訊くのでありました。
「まあ、これまでお世話になりましたとか、そう云ったありきたりの話しですよ」
「どうして辞めるのかとか、妙に根掘り葉掘り、場合に依っては詰るような調子で何やかやと文句を付けられたり露骨に愚痴を零されたりしなかったの?」
「まあ、土師尾常務からは冒頭そんな事もチョロっと云われそうになりましたけど、片久那制作部長がすぐに現れて、それを制止てくれて、まあ、後は比較的和やかに、これ迄ご苦労さんとか、そんな感じの対応になりましたかね」
「社長も何も云わなかったの?」
「そうですね。今君が辞めるのは残念だとか、まあ別に引き留めようと云う口調でも無かったですけど、一応の愛想でしょうけど穏やかにそんな事も云って貰えました」
「ふうん。じゃあ、穏便に辞意は受け入れられたと云う事ね?」
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 446 [あなたのとりこ 15 創作]

「まあ、そういう事になると思います」
 出雲さんは那間裕子女史の顔を見上げて頷くのでありました。「で、一応社長にも挨拶したから、許しを得て深々と一礼してから引き上げて来たんですよ」
「経営陣三人は社長室に居残って、一体何を話し合っているんだろう?」
 均目さんが腕組みして小首を傾げるのでありました。
「出雲君が居なくなった後の地方特注営業をどうするのか、その辺を話し合っているんじゃないかな。それに関連して新しい人を雇うかどうかとか、そんな事も」
 袁満さんが公式的でありきたりな推測を述べるのでありました。
「それはどうですかねえ」
 均目さんが傾げた小首を元に戻して即座に疑問を呈するのでありました。どだい地方特注営業と云うのは出雲さんを辞めさせるために考え出した方便みたいな仕事でありましょうから、出雲さんが辞めた後にまたそれに付いてどうこうする心算は土師尾常務にも社長にも、それから勿論片久那制作部長にも綺麗さっぱり無いと云う読みでありましょう。
「出雲君の退職金について話し合っているんじゃないかしらね」
 甲斐計子女史が袁満さんの肩越しに云うのでありました。
「それは多分社長も土師尾常務もチンプンカンプンか、或いは全く以って無頓着と云ったところだろうから、例に依って片久那制作部長が今迄の既定のルールに照らして、それにその他諸々妥当と思われる色んな査定とかも勘案して決めるんだろうなあ」
 均目さんが袁満さんの顔の向こうの那間裕子女史に向かって応えるのでありました。
「春闘では賃金や、妥当で公平な賃金式の確立とか、それに一時金とその他処遇に関する諸々の要求はしたけど、退職金に関しては別に失念していた訳じゃないんだけど、しかし実感として現実味が薄いので何も要求を出さなかったから、特に新たな取り決めもしなかったし、まあ、山尾主任の時と同じで、片久那制作部長の肚に一任と云う状態かな」
 袁満さんも均目さんの推察に頷いて見せるのでありました。
「そうなると、額はあんまり期待しない方が良いかな」
 日比課長が出雲さんを見下ろして片頬に皮肉な笑みを浮かべて云うのでありました。
「退職金の話じゃないならあの三人は、三人だけで社長室で何を長々と話し合っているのかしら。下らない戯れ言に現を抜かしている訳でもないだろうし」
 那間裕子女史がここで、最初の均目さんの疑問に立ち返るのでありました。
「社長室を出る時に、出雲君は何かしらの気配でも感じなかったかな?」
 日比課長が座っている出雲さんの肩を指で軽く叩きながら訊くのでありました。
「いやあ、別に何も感じませんでしたねえ」
 出雲さんが日比課長を見上げて申し訳無さそうな顔をするのでありました。
「製品引き取りとその後に配送があるので、倉庫の方に行っても良いですかね?」
 頑治さんが何となく申し出にくそうな様子で誰にともなく云うのでありました。
「ああ勿論。ここでこうしていないで俺達もそろそろ仕事復帰しなくちゃ」
 袁満さんが、今気が付いたと、云った表情をしながら頷くのでありました。
(続)
nice!(11)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 447 [あなたのとりこ 15 創作]

 袁満さんの言葉の後に夫々は自席に戻るのでありました。どう云うものかそれを待っていたかのように営業部の方でも制作部の方でも電話の呼び出し音が鳴り出すのでありました。頑治さんは均目さんが素早く受話器を取って、はい贈答社です、と応答の言葉を電話の向こうに投げているのを聞きながら、甲斐計子女史の席の横辺りにある制作部用の扉から急に何時も同様に慌ただしくなってきた事務所をそろりと出るのでありました。

 昼休みになっても、社長と土師尾常務、それに片久那制作部長の三人の話し合いは続いている気配でありました。これ迄になかった、嫌に長々しい談合であります。
「来客があったから、片久那制作部長はあの後、一端事務所に戻って来たけど、接客が済んだらまたすぐそそくさと社長室に戻って行ったよ」
 昼休みに頑治さんと均目さんと那間裕子女史の三人で、錦華公園近くの日貿ビルの地下にある四川飯店で昼食を摂っている時に均目さんが云うのでありました。「その後にも来客があったからまた戻って来たけど、矢張りこれも用が済むと社長室にすぐに戻った」
「長々と何の話しをしているんですか、とか二回目に戻って来てまた社長室に戻ろうとする時にちょっと、それとなく訊いてみたんだけど、・・・」
 那間裕子女史が海老のチリソースを自皿に取りながら続けるのでありました。「うん、とか、まあ、とかつれない返事をして、またすぐ事務所から出て行ったわ」
「午前中ずっと話していて、それに未だその話し合いは続いているようですから、何だか小難しい込み入った話しを三人で頭を寄せ合ってしているんですかねえ」
 頑治さんは後輩の心掛けとして那間裕子女史が取り終えるのを少しの間待ってから、徐に自分も海老のチリソースに箸を伸ばすのでありました。
「何だか急に、降って湧いたような長話しだよなあ」
 均目さんは蟹玉が目当てのようであります。「出雲君の退職に絡んで、何かあの三人にとって重大な問題が持ち上がったと思われるけど、それが何なのかさっぱり判らない」
「春闘の時にもそんな事は無かったから、大いに気になるわね」
 那間裕子女史が海老を口に運び入れるのでありました。「何の話しか聞いた時の、片久那さんのあの面白くなさそうな顔と曖昧な返答からすると、妙に気になるわね」
「何の話しをしているのか皆目判らないところが不気味だよなあ」
 均目さんが蟹玉の後にすぐ飯を口の中に入れるのでありました。
「均目君が今、出雲さんの退職に絡んで重大な問題が持ち上がって、とか云ったけど、出雲さんの退職に絡んでなら、経営の三人でこんなに長く話し合いをする事なんかないんじゃないかな。話すとしてもせいぜい退職金に関してか、その後の出雲さんの跡目の事だろうから、それならこんなに長く話し合うような事項じゃないと云うみたい事だしね」
 頑治さんは箸の動きを止めて考え込むような表情をするのでありました。
「それはそうだな。と云う事は出雲君の事とは無関係な、何やらあの三人にとって深刻な問題が誰かから提起されたと云う事になるかな」
 均目さんも箸の動きを止めるのでありました。
(続)
nice!(10)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 448 [あなたのとりこ 15 創作]

「それはつまり土師尾さんと片久那さん二人の、自分達の待遇に関する何事かが急に、出雲君が出て行った後に社長から提示されたと云う事かしらね。そうじゃないと仕事そっち退けでこんなに長く社長と談判なんか、あの二人はしないんじゃないかしらね。逆にそう云う事なら、あの二人なら平気で仕事をそっち退けするって事だけど」
 那間裕子女史が別に皮肉を云う風でもなく至ってクールに云うのでありました。
「まあ、いざこざの種は何時も社長が蒔くとは限らないし、寧ろそれは土師尾常務のお家芸で、出雲君を予定通り退職に追い込んだんだから、何かご褒美を寄越せとか捩じ込んでいるのかも知れない。片久那制作部長も多分それに同調しているんだろう」
「恥知らずの土師尾さんならそんな事も遣らかしかねないけど、片久那さんがそこ迄如何にも浅ましい要求を社長にするかしら。かなり偏屈な人だけど、筋は通すし結構義理人情を重んじるみたいだし、外見をひどく気にする一面も濃厚にあるから」
「でも片久那制作部長にしても積極的に加担する訳ではないにしろ、出雲君を辞めさせるのは疾うに承知していた筈だし、土師尾常務の浅ましさに、一見消極的な装いはしながらも、ちゃっかり便乗するくらいのワルの一面もちゃんとあるし」
「自分が表立ってと云うのは都合が悪いけど、仕方なく浮世の義理から便乗する、と云う体裁なら、全く考えられない事でもないかしらね」
 那間裕子女史も均目さんも、片久那制作部長と云う人の人格的陰影の深さに対する畏怖から、一方に絶大なる心服の情を持ちながらも、もう一方で心底からは信頼出来ないと云う警戒心も一緒くたにして持ち合わせているのでありましょう。まあその割合は、頑治さんが見るところ信頼感七分に警戒心三分、と云った辺りでありましょうか。
「唐目君の読みに依ると、出雲君の次は日比課長と云う事になる」
 均目さんが箸を置いてウーロン茶を啜ってから云うのでありました。
「今度は土師尾さんの二番手たる日比さんを切る番だと云う訳ね」
 那間裕子女史も小振りの白いウーロン茶の茶碗に手を伸ばすのでありました。
「それは前にも云ったけど、何の根拠もない俺の推察以上ではないですけどね」
 頑治さんは如何にも自信無さそうに、且つそれに付いて責任も負い兼ねると云うような意気地無しの口調で云って、自分もウーロン茶の茶碗を手にするのでありました。
「でもその読みは多分当たっていると思うわ」
 那間裕子女史が一つ頷いてから茶碗に口を付けるのでありました。
「未だ当分、一悶着も二悶着もこれからあるって事かな」
 均目さんがやれやれと云った顔をするのでありました。それを潮に、と云う事にして立ち上がった三人は、割り勘で会計を済ませて足取り重く帰社するのでありました。

 未だ土師尾常務と片久那制作部長は社長室から帰って来てはいないのでありました。ここまで長い談合をしているとなると一体何をそんなに話し合っているのかと、何やら更に不安になって来るのは社員全員の心情と云うもので、頑治さん達が事務所に戻るとすぐ、袁満さんがそわそわしながら近付いて来て話しかけるのでありました。
(続)
nice!(11)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 449 [あなたのとりこ 15 創作]

「未だ土師尾常務も片久那制作部長も帰って来ないぜ」
 袁満さんは昼食から返って来た三人を見回して呆れたように云うのでありましたが、その目は明らかに大袈裟なくらいの動揺を宿しているのでありました。
「お昼になったから、三人で一緒にご飯を食べに行ったんじゃないの?」
 那間裕子女史が袁満さんの小心を鬱陶しがってか、すげなく返すのでありました。
「いや、俺も昼飯を食いに出て行く時と帰って来た時に、ちょっと社長室の前迄行ってみたけど、ずうっと中に居て三人で話し込んでいる気配だったよ」
「出雲君が社長室から一人出て来る時は、別に変った様子はなかったんだよねえ」
 均目さんが袁満さんのそわそわ顔から目を逸らして、その肩越しに自席に座ってスポーツ新聞を眺めている出雲さんの方に視線を遣って訊くのでありました。
「そうですね。特に変わった様子はなかったですねえ」
 出雲さんは顔を上げて愛想笑いながら返すのでありました。
「ま、ここであれこれ憶測して不安がっていても意味が無いし、まさかこの儘ずっと終業時間まで社長室に居続ける事はないだろうから、帰ってきたら訊き質せば良いわよ」
 那間裕子女史が袁満さんを窘めるように見てから、すぐにその後に出雲さんの方を見遣るのでありました。「それより出雲君は、この後何時まで出社するの?」
「規定では今日から一か月後迄、と云う事のようですが、給料計算の区切りが良いからと云うので、この二十日の締め日迄で良いと云う事になりました」
「ふうん。山尾さんの時と同じね、その辺は」
「そうですね。別に新しい人を雇って引継ぎする事も無いし、元々、新しい人なんか雇う予定はないと云う事のようっスから」
 それはそうでありましょう。出雲さんを担当にして始めた地方特注営業なんと云う仕事は、出雲さんの退社を秘かに狙って企まれた仕事で、本気の新しい営業方策なんぞでは端からなかったのでありましょうから、今後の継続も先ずないと云う事であります。
「じゃあ、それまでにちゃんとした送別会を企画しないとね」
「いやあ、一昨日新宿で、皆さんと飲んだあれが送別会と云う事で良いですよ」
 出雲さんは那間裕子女史に向かって掌を横に振って見せるのでありました。
「でもあれは会社としての送別会でも組合としての送別会でもなかったし、あの時唐目君も甲斐さんも出席しなかったから、強いて云えば有志の送別会って感じでしょう」
「それでも俺は充分ですよ」
「いやいや、唐目君と甲斐さんと日比課長も、それに土師尾常務も片久那制作部長も、出来れば社長も含めて、会社全体で送別会をしないと何となくけじめが付かないかな」
 均目さんが那間裕子女史の発案なる、ちゃんとした送別会、の開催提案に賛同の意を表するのでありました。「唐目君もそう思うだろう?」
「俺も一応、ちゃんとした送別会、と云う形で出雲さんを見送りたいかな」
 頑治さんも頷くのでありました。
「土師尾常務と片久那制作部長、それに社長も一緒に、か。・・・」
(続)
nice!(11)  コメント(0) 
共通テーマ:

あなたのとりこ 450 [あなたのとりこ 15 創作]

 袁満さんが日比課長は良いとしても、社長や片久那制作部長、それに何より土師尾常務が参加する送別会の企画に対して、少し体を斜にして見せるのでありました。その三者が参加すれば和気藹々の雰囲気が削がれると危惧するのでありましょう。
「何より出雲さんが、社長や片久那制作部長、特に土師尾常務も交えての送別会にはちょっと尻込みすると云うのなら、その辺は考慮するべきだとは思いますが」
 出雲さんが土師尾常務と同道した営業仕事の一件で会社を辞す最終決断をしたと云うのなら、それは当然自分の送別会に土師尾常務が同席するのはまっぴらご免と云った心持ちであろうかと考えて、頑治さんは敢えてそんな事をものしてみるのでありました。
「それもそうかなあ」
 均目さんが頑治さんの発言に理解を示すのでありました。
「確かに出雲君としては、土師尾さんの顔を見ながら楽しいお酒は飲めないわね」
 那間裕子女史も同調するのでありました。
「土師尾常務が参加するなら、何時もそうだけど、宴会自体が嫌に白々した雰囲気になりそうだな。それに土師尾常務本人も自分が元々、辞めさせようと秘かに画策してそれを実行したって云う一種の後ろめたさから、出雲君の送別会には出席し辛いだろうし」
 均目さんも会社全体での送別会、と云う理想をトーンダウンさせるのでありました。
「そんなデリカシーなんか、あの人にあるかしら」
 那間裕子女史はその意見には不同意のようであります。「完全な無関心と冷淡から、誘われても誘われなくても、あの人は送別会には出席しないかも知れないわ」
「そうだな。あの人には部下の気持ちを慮ると云う芸当は、逆立ちしても出来ないか」
 袁満さんが皮肉っぽく云って鼻を鳴らすのでありました。「じゃあ、日比さんだけは誘うとして、社員だけで組合主催と云う事で送別会をやるとするか」
「でも、片久那制作部長は誘えば来るんじゃないですかね」
 均目さんがどう云う思いからか、社員だけでと云う線に少しの異論を差し挟むのでありました。確かに片久那制作部長なら誘えば来そうだと頑治さんも思うのでありました。
「まあ、片久那さんなら参加してくれても構わないかな」
 那間裕子女史も承認の意を表すのでありました。「それなら、社長は?」
「社長も誘えば来るだろう。無邪気に酒に釣られて、と云うところだろうけど。まあそれに結構な狸だから、しれっと出雲君にそれっぽい餞の言葉なんか宣いそうだな」
 均目さんが社長のしれっとしたその顔を想像するような目をするのでありました。
「若し片久那制作部長も社長も来るとなったら、自分だけ無視されたと云うんで、土師尾常務が臍を曲げないかな。勝手に臍を曲げるのは良いけど、必ず俺達に露骨に報復をしようとするところがあるから、その辺が後々実に鬱陶しい気がする」
 袁満さんが顔を顰めるのでありました。
「まあ、出雲さんの送別会の内容はその後の諸般の事情やら推移に鑑みて、組合主催でやるかそれとも全社的にやるか決めるとして、この儘片久那制作部長と土師尾常務が夕方迄社長室から出てこないなら、今日の午後の仕事に何か差し障りがあるかな?」
(続)
nice!(13)  コメント(0) 
共通テーマ:
あなたのとりこ 15 創作 ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。