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あなたのとりこ 743 [あなたのとりこ 25 創作]

 さてそうなると今度は頑治さんの身の振り方であります。頑治さんとしてはまた贈答社での仕事を得た時のように、職安に出向いて新たな仕事を紹介して貰うと云うのが順当な方策と云うものであります。しかし何だか、未だ腰が重いのでありました。
 これは頑治さんのだらしなさが第一の理由でありますか。未だ多少の金銭的余裕(!)があるものだから、なかなか焦らないのでありますし、生来ののほほんとした性格が災いしているとも云えるのであります。焦らなくとも、仕事が見つかる時にはちゃんと見つかるものだと、慎に以って楽観的な考えから抜け出せないのであります。
 頑治さんは己がそんな性格を以前から持て余すところもあるのでありましたが、まあ、焦らないものは、これはどうにも仕方がないではありませんか。と云う訳で、頑治さんは散歩とか、寄席通いなんかで無為な時間を過ごしているのでありました。まあ、泊りの旅に出る程の金銭的余裕なんぞはないのでありましたが。
 そんな折しも、どうした事か土師尾常務から電話がかかってくるのでありました。まさかこの人からは贈答社を辞めた後に連絡等はこないだろうと、思う迄もなく思っていたのでありましたが、そのまさかが現実に起こってみると、変なものでこれも成り行きと云う点で、当然あり得る事ではあると妙に納得するところもあるのでありました。
 他の元贈答社社員の動向は何となく知れたのでありましたが、この人だけは袁満さんと日比課長からの間接情報だけで、ちゃんとは知れていなかったのであります。しかしまあ別に、頑治さんに総ての元社員の情報が集まる謂れは特にないのでありましたけれど。
「どう、元気にしているかい?」
 土師尾常務は贈答社でのこれ迄の経緯をすっかり忘れたかのように、実に屈託ない調子で頑治さんにそう言葉をかけるのでありました。
「ええ、まあ、何とか」
 頑治さんは不快と迄はいかないけれど、抑揚を押し殺してやや無愛想な感じで返すのでありました。久々に声を聞いたからと云って歓喜する事は別にないのでありますし。
「ああそう。それは良かった」
 土師尾常務は頑治さんの懐かしそうな驚きの声を期待していた訳ではないのでありましょうが、しかしその可愛気のない受け答えが少し心外だったようで、急に声の張りを抑制して、負けじと自分も不快を滲ませて見せるのでありました。この相も変わらずの対抗的な反応に、頑治さんはやれやれとうんざりするのであります。
「ご用件は何でしょうか?」
 頑治さんは心の内は別として礼は一応弁えていると云った風の、不躾をあからさまにはしない、と云う気遣いを逆にあからさまにして見せながら訊ねるのでありました。
「今度ね、新しい会社を立ち上げる事にしたんだよ」
 土師尾常務は少し云い淀んで、気を取り直すようにそう話し出すのでありました。
「新しい会社、ですか?」
「そう。贈答社でやっていたギフト関連の会社で、贈答社時代に仕入れ先として取引のあったところと組んで、事業を始めようと思っているんだよ」
(続)
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