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あなたのとりこ 744 [あなたのとりこ 25 創作]

「贈答社で遣っていたのと同じ仕事を始めるのですか?」
「そう。今迄の仕入れ先とか得意先からも、新たに会社を興してやらないのか云うリクエストが頻繁にあるものでね。それに応えると云うところもあって」
「贈答社時代の得意先なんかとは、今でも付き合いが続いているんですか?」
「そうだね。向こうで態々僕の家の電話番号を調べて、前の仕事をまた続ける気はないのかとか、何時新たに始めるのかとか、色んなところから問い合わせがくるんだよ」
「へえ、そうですか」
 頑治さんはげんなりしながらも全くの愛想で感心して見せるのでありました。日比課長の証言に依れば紙商事の嘱託社員としての土師尾常務の業績は、全く以ってさっぱりだと云う事でありました。そう云う事だから社長にも疎まれ軽んじられて、身の置き所もない有様だと聞いているのでありますが、しかし土師尾常務のこの電話に依ればなかなか景気が良さそうな風であり、慎に以ってバラ色の将来像と云った感じであります。
「今現在僕は、社長に懇願されて一応紙商事の社員と云う身分なんだけど、そんな立場は実に窮屈で、一人で自由に活動する方が将来も開けるような気がしているんだよ」
「ほう、今は紙商事に籍を置いているんですか?」
 頑治さんは知っていながら知らない素振りを決め込むのでありました。
「そう。僕はどうでも良かったんだけど、社長がどうしてもと云うんで、一応ね」
 土師尾常務は社長の懇願だと云うところを強調するのでありました。
「それで紙商事を辞めて、新しい会社を始める事にしたのですか?」
「まあ、そう云う事だよ。ギフト関連の仕事は素人の社長にあれこれ指図されると、返って僕の力を存分に発揮出来ないし、営業活動上も何かと不自由だしね」
 これはこの人の、前からお得意の大言壮語の類いであろうと頑治さんは推察するのでありました。日比課長の話しの方にこそリアリティーがありそうでありますし。
「そうですか。そう云う事なら頑張ってください。成功を祈っています。ところで、それはそうと、今日はどうして自分に電話をされたのですか?」
「うん。実はその新しく始める会社に、唐目君が来てくれないかと思ってね」
「自分が、ですか。どうしてまた?」
「贈答社に居る時、唐目君が一番仕事振りが堅実だったからね」
「ほう、それは今初めて聞きました」
「いや僕は、口には出さなかったけど唐目君を一番評価していたんだ」
 何を今更どの口がそう云う事を云うのでありましょう。一番評価していた割りに、会社が左前になったら、色々難癖を付けて早々に辞めさせようとしたくせに。
「それは恐縮です」
 頑治さんは大笑いしたい気分でありました。
「まあ、営業の事は経験がないから暫くは僕の下で勉強して貰う事になるけど、商品の梱包発送とか配達とか、そう云う倉庫仕事みたいな事はすぐに出来るだろうしね」
「営業見習いもやる訳ですね、常務の指導を受けながら?」
(続)
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