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あなたのとりこ 653 [あなたのとりこ 22 創作]

 預金通帳に記載してある額面は確か、心細いのはその通りだけれども、かと云って帰省の旅行代金を払ったとしても、その後が二進も三進もいかなくなると云う事もない、と云うところでありましょうか。こうなると入社時期のために、夏の一時金が満額出なかったのが痛かったと云う事でありますか。過去に遡っても最高の夏季一時金の支給額であったと云う風に訊いているので、今更詮無い事ながら何とも残念無念であります。
「夕美は俺が何時そっちに帰るのが好都合なんだろう?」
 頑治さんは頭の中に消え残った預金通帳の残額の像を、一つ頭を横に振って払い落としてから訊くのでありました。
「そうね、八月のお盆過ぎの方が良いかしらね。そうしたらあたしは八月の終わり頃から一週間程度夏休み、と云う事になるし、その方が休みを取り易いかしらね」
「夏休みは九月に入っても構わないの?」
「そうね。博物館は夏休みはずっと開館しているから、あたし達は七月半ばから九月半ばの間に個々に夏休みを取る事になるのよ」
「ふうんそうか」
 頑治さんは受話器を耳に当てた儘頷くのでありました。「それから例の、そっちにある弥生遺跡発掘調査の件で、大学の考古学部との打ち合わせか何かで、ゴールデンウィークにこっちに来た時みたいに、仕事の出張を休暇の前か後ろにくっ付けて東京滞在を長くする、なんと云う風には今回は出来ないの?」
「それは今回は無理ね。その件で東京に行くとしたら、十一月頃かしらね」
「おお、と云う事は十一月にも夕美はこっちに来る事になるんだ」
「そうね、多分行く事になるわ」
「それは楽しみだなあ」
「何云ってんの」
 夕美さんは呆れたような声を出すのでありました。「八月に逢うのも未だ実現していないのに、それを吹っ飛ばして十一月の事を先走って楽しみだって云うのは、何だか変じゃない? まあ、頑ちゃんらしいと云えば頑ちゃんらしいけどさ」
「ああ成程。それは道理だ」
 頑治さんはあっけらかんと笑うのでありました。本棚に置いてある夕美さんから預かっているネコのぬいぐるみがふと目に入るのでありましたが、そのネコの表情も頑治さんの頓珍漢を笑っているように見えるのでありました。
「あたしの休みの件は、はっきりしたらまた連絡するわ」
「俺は夕美のどんな都合にだって合わせられるよ、屹度」
「判ったわ。後程打ち合わせしましょう」
 こう云った後夕美さんは少し黙るのでありました。それは恐らく、ここで今回の電話は一区切り付いたと云う事になって、受話器を架台に戻す潮時だと感じはするものの、未だ何となく話し足りないような気がして、未練から、それじゃあ、と云う言葉を口から出しそびれているための沈黙なのでありましょう。
(続)
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yam

明けましておめでとう御座います。
旧年中は何かとお心遣い頂き有り難う御座いました。
本年もかわらぬお付き合いの程、宜しくお願い申し上げます。
by yam (2022-01-01 11:30) 

汎武

yam様
明けましておめでとう御座います。
宜しくお願いいたします。
by 汎武 (2022-01-02 00:37) 

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