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枯葉の髪飾りⅩC [枯葉の髪飾り 3 創作]

 吉岡佳世の入院の日は拙生の勝手な配慮と云うのか、つまり彼女の家族に遠慮したこともあって拙生は彼女には逢えなかったのでありました。彼女は午前中にお父さんの車で病院へ向い、そのまま予定通り入院と相成ったようでありました。その日はまだ松の内であったから大がかりな検査等はなく、血液の採取とかその程度の検査をして、本格的な手術へ向けた検査や準備は四日からと云うことのようでありました。
 明けて四日の午後に拙生は早速病院へ見舞いに行ったのでありますが、吉岡佳世は寝てはいなかったもののパジャマを着て、その上に厚手のカーデガンを羽織って如何にも入院患者らしい風情で、四人部屋の病室の窓際のベッドに座って本を読んでいるのでありました。彼女のお母さんが付き添っていて、お父さんとお兄さんは早々に帰ったとのことでありました。その日に予定されていた検査は午前中に終わってしまって、明日の朝まではなにもすることがないと云うことでありました。
 市民病院へ入院した直後の吉岡佳世はどう云うものか、公園や学校、それに彼女の家で接していた時とは少し違ってしまったように拙生には見えるのでありました。どこがどう違ってしまったのか明確に云うのは難しいのでありますが、なんとなく彼女の湛える雰囲気が急に如何にも病人然としてしまったように拙生には思えたのであります。それに思い過ごしでありましょうが、拙生に対してもどこか微妙に余所よそしくなったようも感じるのでありました。それはほんの微細な急変で、拙生も微細な戸惑いを感じたのであります。
 その余所よそしさは屹度、明白に病人として拙生に対することになったための、彼女の戸惑いと照れと、それにもっと云えばある種の後ろめたさからきているのかも知れません。彼女にはそんな積もりはなかったのでありましょうが、入院したことによって自分が病人であることを意識せざるを得なくなり、そして意識し過ぎて、拙生に対してぎごちなくなってしまっているようでありました。言葉の遣り取りのリズムがほんのちょっとずれて、今一つスムーズに噛みあわないと云う焦れったさを抱えながら、拙生と彼女は努めて何時もと変わらない風を装って、何時もと変わらない風の会話をするのでありました。
 勿論拙生にもパジャマを着て病院のベッドに座る彼女を、今まで通りには見られないと云う戸惑いがあったのであります。これではいかんと努めてこれまで通りの言葉つきで話し、努めてこれまで通りに振舞おうと拙生は力むのでありましたが、そうすること自体が拙生の緊張感を知らず知らずに彼女に伝えていたのかも知れません。まあ、手術が無事に終わって、一刻も早く彼女が退院し普通の生活に戻ることを祈るのみであります。
 手術は七日の予定通りと云うことで、それまでは午後はなにもやることもなく過ごすしかないので、勉強で忙しいかも知れないけど、もし出来たら明日も明後日もちょっとの時間でいいから病院に来てと、吉岡佳世は申しわけなさそうに拙生に乞うのでありました。勿論それが許されるとなれば拙生は連日病院へ足を運ぶ気満々であります。お互いの今の立場に慣れれば、彼女との間に感じた小さな齟齬もすぐに霧消するでありましょうし。第一彼女が拙生にそう云った要望を述べたのが拙生には嬉しかったのでありました。拙生は手術前も後も可能な限り、もし疎まれたとしても来るぞと告げるのでありました。それを聞く吉岡佳世はこれまで通りの屈託のない笑顔を取り戻しているのでありました。
(続)
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