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枯葉の髪飾りLⅩⅩⅦ [枯葉の髪飾り 3 創作]

 そう云う吉岡佳世と月曜日の再会を約して、我々は彼女の家の玄関を出るのでありました。
「おい、井渕、どうかしたとか?」
 バス停までの道を歩きながら、黙りこんでしまった拙生に隅田が聞くのでありました。
「あ、いや、別にどがんもせん」
 拙生は俯いていた顔を起こして隅田を見ながら云うのでありました。
「黙りこんで、下ばっかい向いてトボトボ歩きよるけん、どうかしたかて思うてくさ」
 隅田が拙生の顔を覗きこみながら云うのでありました。
 拙生は先程吉岡佳世が玄関で拙生を見ながら「最後の日やから」と云ったその顔を思い起こしていたのでありました。なんとなく彼女の表情に必死にそう訴えているような色がほの見えたような気がして、拙生はひどく引っかかっていたのでありました。彼女はすぐにその必死さを隠すように、二学期の最後の日やからと、単に日程上の意味で云っているのだと云う風に続けるのでありましたが、拙生には大きな手術を控えた彼女の強い不安と恐怖と、それに覚悟のようなものが、その言葉に宿っているように感じられたのでありました。彼女が「最後」と云ったそのことに拙生が過敏に反応してしまったのかも知れませんが、それでもその言葉は妙に強く拙生の頭の中に響き残って、なんとも遣る瀬なくなってしまったのでありました。しかしまさか、本当にその日が吉岡佳世の制服姿を見る最後の日になってしまうとは、その時の拙生は思ってもみなかったのでありますが。・・・
 逆方向へ向うバスに乗る隅田と安田と別れて、拙生と島田は道を渡った所にあるバス停へと向かいます。此方へ向ってくるバスのヘッドライトが見えたので、拙生と島田は横断歩道の途中から走るのでありました。どうにか間にあってそのバスに乗車して、後ろの方の座席に移動しながら、我々は窓から道向こうの隅田と安田に手を振るのでありました。
 拙生はバスに揺られながらもやはり始終黙ったままでありました。島田もそんな拙生に声をかけるのが憚られたのでありましょう、横の座席で黙って前を向いたまま座っているのでありました。きっと島田に重苦しい思いをさせたであろうことを、拙生は先にバスを降りた後に恐縮するのでありました。
 月曜日は吉岡佳世は元気に登校して来たのでありました。体育館で行われた二学期の終業式の後は教室に引きあげて成績表を貰って、午前中に下校と云うことになったのでありました。吉岡佳世が挨拶のため職員室に行くと云うので、拙生は教室で彼女を待つのでありました。勿論一緒に帰るためであります。
「坂下先生も、他の先生も皆、教頭先生も、坂下先生の机の所に態々来て、あたしに手術頑張れよって云ってくれたと」
 教室に戻って来た吉岡佳世は拙生にそう報告するのでありました。「なんかあたし、涙の出そうになった」
 吉岡佳世の眼は本当に潤んでいるのでありました。
「ちょっと公園に寄らんか、これから」
 拙生は市民病院裏の公園に彼女を誘うのでありました。それは拙生に小さな目論見があったからでありました。彼女に風邪を引かせてはいけないので、その目論見を果たしたらすぐに彼女を家まで送って行く積りでありました。
(続)
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