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あなたのとりこ 416 [あなたのとりこ 14 創作]

 それに確かに、出雲さんは滅多に人に逆らったりしないし、口数も少ないし、何時も円満そうな笑いを頬から絶やさない人であります。がしかし、案外頑固な一面も、自分に対する理不尽さに遭遇したら怒気も見せる意地も持っているし、普段は温厚そうにしていても、怒ったらなかなかに怖い人に変貌するタイプに違いないと頑治さんは前から見做しているのではありました。腕っ節も、揮ったらそこそこ強そうでもありますし。
「それに前に、・・・」
 出雲さんは続けるのでありました。「唐目さんから酒の席か何かで、土師尾常務と片久那制作部長は俺と日比課長と云う二番手を辞めさせたがっているんじゃないか、とかそんな話しを聞いたのを、家に帰ってからふと思い出したんですよ。そうしたらここで自分が会社を辞めるのが、まあ、間違いのない選択かなと、そんな風に思ったんです」
 そう云えば確かにそんな観測を披露した事があったと頑治さんは思うのでありました。しかしそれは均目さんと那間裕子女史の二人にであって、後日均目さんが皆で飲んだ時にその事を皆に開陳したのではありませんでしたっけ。まあ、頑治さんの観測でありますから、頑治さんがそう云ったと云われても仕方無いかも知れませんけれど、今思うとうっかりした事を思慮も無く無邪気にものしたものだと頑治さんは悔やむのでありました。
「しかしそう云う経営側の目論見を阻止する目的もあって、組合を創ったんだし」
 袁満さんが少し説得口調で喋り始めるのでありました。「経営側の身勝手な思惑に振り回されないための組合と云う事なら、ここは出雲君も軽々に会社を辞めると云う結論を導き出さないで、もう少し我慢と云うのか、頑張っても良いんじゃないのかな」
「それはそうかも知れないけど、・・・」
 出雲さんは俯くのでありました。それは袁満さんに慰留されて退職届を出す事に悩みが生じたと云う俯き方ではなく、決意を翻す気は無いけれど袁満さんの顔も潰したくはないと云う、そちら方面に対する憚りと気遣いのためのようでありました。ま、出雲さんは辞意を撤回する気は毛頭無いと、頑治さんはその俯き方から察するのでありました。
 何となく会話がここで滞るのでありました。重苦しい空気がテーブルの上に三つ載った飲みかけの白いコーヒーカップの周りに泥むのでありました。
「会社を辞めると云う決心は、どうしても変わらないのかねえ」
 袁満さんが先ず、重苦しさに堪え兼ねたようにそう呟くのでありましたし、それはもう説得を諦めたような云い草にも聞こえるのでありました。
「どうも済みません。突然勝手な事を云い出して」
 出雲さんは袁満さんに向かって深く頭を下げるのでありました。
「まあ、会社を辞めようと決心する直接の引き金は、今度の土師尾常務と一緒に行った水戸での営業だったかも知れないけど、屹度出雲君の中では、会社そのものや会社の将来、それに多分俺達同僚に対する愛想尽かしなんかも屹度あったんだろうしなあ」
 袁満さんはしみじみとそう呟くのでありました。
「いやあ、皆さんに対する恨み言は何も無いですよ、本当に。寧ろ今迄こんなちゃらんぽらんな俺に対して、親切にしていただいて感謝しているくらいです」
(続)
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