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あなたのとりこ 412 [あなたのとりこ 14 創作]

「ところでその出雲さんの件は、俺以外の人にはもう話したんですかね?」
「先ず均目君に電話を掛けたんだけど、留守みたいで出なかったよ。それから那間さんのアパートにも電話したけど、こっちも出ない。だから組合員じゃないんだけど同じ営業部だから日比さんに電話したら、こちらは家に居たんだ」
「で、日比課長はどう云う反応でしたか?」
「すごく驚いたようだけど、でもすぐに出雲君の件に関して何か動こうと云う心算は無いようだったかな。明日から奥さんと娘さんと三人で信州の白骨温泉に家族旅行に行く予定らしくて、休みが明けてから会社で出雲君に話しを聞いてみるとか云っていたかな」
「ああそうですか」
 頑治さんがそう応えて少し黙るのは、何だか嫌な予感が頭の隅にモヤっと兆したからでありありました。「で、袁満さんはどうする心算なんですか?」
「俺に電話をくれたのにその儘放って置く訳にもいかないから、明日の昼に出雲君と逢って詳しいところを聞いてみる事にしたんだ」
「ああそうですか、明日逢う事になったんですか。・・・」
 袁満さんが均目さんと那間裕子女史、それから日比課長と電話をしてその後に頑治さんにも電話してきたと云うのは、複数の誰かに一緒に出雲さんの話しを聞いて貰いたいからでありましょう。前の三人が、留守で電話に出ないか、或いは出てもつれない態度であったから、頑治さん一人にそのお鉢が回って来たと云う寸法でありますか。
 それは判るとしても頑治さんだって、折角久し振りに東京に出て来た夕美さんとの楽しかるべき時間が予定されているのであります。頑治さんがチラと夕美さんの方を伺うと、頑治さんの相手に対する言葉から何となく話しの経緯を推察していると、あんまり良好とは云えない風に会話が推移しているような具合を夕美さんも薄々察したようで、上目遣いで頑治さんの方を見る夕美さんの表情に不安の色が浮いているのでありました。
「唐目君は明日、都合が悪いかな?」
 袁満さんが矢張りそう聞いてくるのでありました。
「明日何時に何処で出雲さんと逢うんですか?」
「午後二時から池袋の喫茶店で、と云う事になっているけど」
「ああそうですか。・・・」
 頑治さんはその返事の後にまた少し沈黙するのでありました。
「そんなに長い時間は掛からないと思うよ。ただ話しを聞くだけだから」
 袁満さんは頑治さんの色好い返事を促すためかそんな事をものすのでありました。しかしそうは云っても、会社を辞める決断に至った経緯を出雲さんから縷々事情を聞くとなると、結構な時間が掛かるのではと予測されるのでありました。
「池袋の何と云う名前で、どの辺りにある喫茶店ですか?」
 頑治さんはそう電話の向こうに言葉を送りながら、肚の内で秘かな溜息を吐くのでありました。今日の明日では都合が付かないとか何とか云ってきっぱり断れば良いのに、自分のお人好し加減に自分でうんざりして、これも肚の内で舌打ちするのでありました。
(続)
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