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あなたのとりこ 418 [あなたのとりこ 14 創作]

「でも、今の組合員は誰も、組合活動に対してそれ程積極的でもないし」
 袁満さんはやや上目で頑治さんの方をチラと見るのでありました。何となく自分が組合活動に熱心でない事をやんわり批判されているような気がして、頑治さんは少し申し訳無いような、面目無いような気分になるのでありました。
「そう云われると恥じ入るしかありませんが。・・・」
[それに急進的な左翼的信念でグイグイ組合をリードするような人材も居ないし」
「まあ確かにそうですけど、でも寧ろその方が組合の中に於いても対外的にも、妙な軋轢やらいざこざが発生しなくて、好都合と云えば好都合なんじゃないですか」
「しかし経営と対峙する時に、何となく弱いよなあ」
「急進的左翼となると片久那制作部長の顔が思い浮かびますが、それなら、もう今となっては無い話しですが、若し片久那制作部長が役員になる前に組合に入る事になったとしたら、それこそ我々を置いてけ堀にしてもグイグイとリードして行って、全総連の方針なんかとも無関係に、組合をドンドン闘争的な組織にして仕舞うかもしれませんよ」
「ああそうだなあ。そうなるとちょっと付いていけないかなあ」
 袁満さんは尻込みするように席の背凭れに身を引くのでありました。まあ、片久那制作部長も今では家庭もあるし年齢も重ねているし、全共闘時代のようにそうそう過激な熱意は多分無いでありましょうけれど。でもなかなかに頑迷ですから、経営と対峙する局面では、他の組合員がちょっと引いてしまうくらいに闘争的にはなるかも知れません。
「ところで袁満さんとしては出雲さんの辞意を容認すると云う事で良いんですね?」
 頑治さんは出雲さんの件に話題を戻すのでありました。
「まあ、仕方ないだろうなあ。出来るものなら俺だって辞めたいくらいなんだから」
 袁満さんは一種の弱気を吐露するのでありました。「辞めたいと云うのを無理に引き留めるような権利は俺達には無いもの。組合の都合で、辞めるなとは云えない」
「それはその通りです」
 袁満さんはそうは云うものの、狎れ親しんだ同僚と云うのか、同じ営業部の弟分に身近を離れられる事に気の毒になるくらい寂しそうな佇まいを見せているのでありました。その袁満さんの姿から目立たぬように視線を離して、頑治さんは俯いて腕時計にそれとなく目を遣るのでありました。ぼちぼちこのしめやかな場を切り上げて、夕美さんと待ち合わせている池袋駅東口の西武百貨店正面玄関に向かった方が良い時間であります。
「ああ、一時間くらいしか居られなかったんだよね、唐目君は」
 袁満さんは頑治さんのそわそわしているような風情に気付いたようでありました。
「ああ、ええ、まあ。・・・」
 頑治さんが妙に言葉を濁すのは、何となくがっかりしている傷心の袁満さんを残してこの場を去る事が、如何にも不人情な振る舞いのように思われるからでありました。
「じゃあ、俺もぼちぼち帰るかな」
 袁満さんが立ち上がるのでありました。まあ、頑治さんは勿論断然夕美さんの方が優先でありますから、ここはグッと無愛想の振る舞いに徹するのでありました。
(続)
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