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あなたのとりこ 357 [あなたのとりこ 12 創作]

 袁満さんも何故自分ではなくて出雲さんがそちらに回されたのかは、実は明快には判らないようでありました。まあ、何事にも保守的で進取の気象と云う点では今一つもの足りない性向の袁満さんとしては、急に全く新しい仕事を押し付けられるのは御免蒙りたいでありましょうから、自分じゃない事に内心胸を撫で下ろしたでありましょうし。
「今度の出雲君が就く事になった仕事と云うのは、土師尾さんが前からずっと胸の中で温めていた営業形態だったのかしらね?」
「いやあそうじゃなくて、出雲君を今までの出張営業から切り離すために、急場凌ぎに思い付いたんだろうなあ。元々、そんな創意工夫なんか端から期待出来ない人だしね」
「要するに出張営業の縮小が狙いで、そのための方便みたいに思い付いたって事ね?」
「まあ、そんなところだろう」
 袁満さんは何度か頷いて見せるのでありました。「正月の会議の時は山尾主任も会社にまだ居たから、その山尾主任の営業部への移動を第一番目に勘案して、まあ、事の序に出雲君にも適当に考えた新規の仕事を宛がったんじゃないのかな」
 大体に於いて袁満さんは土師尾常務の管理者としての力量を全く信用していないのでありましたから、この云い草は侮りをたっぷり含んだものでありましたか。
「それに山尾さん絡みで云えば、山尾さんを特注営業にコンバートして、それ迄そっちを土師尾さんと一緒に担当していた日比さんも、新しい仕事の方に回される筈だったわ」
 那間裕子女史が言葉を挟むのでありました。
「そうよね、お正月の会議ではそんなような話しになっていたわよね」
 甲斐計子女史が頷くのでありました。
「土師尾常務の魂胆としては多分、出張営業奈の縮小と、その後には結局廃止と云う線も頭の中にあったんだろうな。それから出雲君と日比課長の切り捨てと云う目論見も見え隠れするかな。尤も、この切り捨ての件は唐目君が最初に云い出した事だけどね」
 均目さんがそう云うと皆の視線が頑治さんの方に集まるのでありました。
 確かに頑治さんが少し前に那間裕子女史と均目さんとの酒席の折だったかに口にしたことに違いないのでありました。土師尾常務と、或いはひょっとしたら片久那制作部長も含めた二人の狙いなんというものは、単に山尾主任を営業部へ配属替えすると云う人事異動ではなく、実はその裏に日比課長と出雲さんと云う二人の営業二番手を切り捨てる魂胆が潜んでいるのではないかと、その少々凝った詮索を披露したのでありましたか。
 しかしそれは那間裕子女史と均目さんの二人限定で、云ってみればこっそりと披露した見立てであって、ここで均目さんに皆の前で披露されるのは些か不本意な気がするのでありました。何やら頑治さんが内心、今次の事態を面白がっていて、人の悪い好い加減な観測を弄んでいるように受け取られる場合があるやも知れません故に。まあ、この頑治さんの小心さ加減が、頑治さんの取り越し苦労なら良いのでありますが。
「出雲君と日比さんの切り捨てって云うのは、つまり馘首にするって事?」
 甲斐計子女史が少し声のトーンを高くするのでありました。
「そうね。最終的には解雇を狙っていると云う事になるでしょうね」
(続)
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あなたのとりこ 358 [あなたのとりこ 12 創作]

 那間裕子女史が甲斐計子女史を見ながら一度頷いて見せるのでありました。
「若しそれが本当だったら、酷いわね」
 甲斐計子女史は眉を顰めて頑治さんの顔を上目に見るのでありました。それは別に、頑治さん当人に対して険しい感情を向けた訳でないのは、頑治さんとしてもちゃんと判るのでありましたが、しかしそれでも頑治さんは少し怯むのでありました。
「つまり土師尾さんとしては出雲君と日比さんを馘首して、自分と山尾さんの二人でウチの社の営業を回して行って、ひょっとしたら近い将来には袁満君の出張営業も廃止する心算だった訳よ。これが恐らくリアルな、会社の斜陽を挽回する土師尾さんの策ね」
 那間裕子女史が概括するのでありました。
「と云う事は俺もその内馘首になる訳か」
 袁満さんが自分を指差しながらやや声を上擦らせるのでありました。
「そんな事をして、会社はやっていけるのかしら」
 甲斐計子女史が陰鬱気な表情をして首を傾げるのでありました。
「土師尾常務はやっていけると思っているんだろうなあ」
 均目さんが不愉快そうな口調で諾うのでありました。「結局のところ、当座の自分の取り分が確保出来れば、あの人はそれだけで満足と云う肚なんだろうし」
「要するに、今後ウチは特注営業だけで食っていくと云う事か」
 袁満さんが土師尾常務に対するあからさまな敵意を語調に載せるのでありました。
「営業の土師尾常務と製作の片久那制作部長と、それに会計の甲斐さんが居ればそれで充分で、後のヤツ等はお払い箱、と云う事っスかね。随分見縊られたもんっスね」
 出雲さんも眉根を寄せるのでありました。
「あたしは必要とは思われていないんじゃないの。あたしが組合に入る事になった経緯を考えてみると、あたしだって馘首にしても構わないと思われているに違いないわ」
 まあ確かに、甲斐計子女史も先にあったいざこざを勘案すると、社長や土師尾常務には重要存在とは認識されてはいないのでありましょう。
「ところで、今のこの話しは俺の憶測から出たもので、あくまでも何か確証があって云っているんじゃないですよ、念のため云っておくけど」
 ここで頑治さんが言葉を挟むのでありました。
「でも、唐目君の推察に俺はリアリティー-を感じるよ」
 均目さんが云うのでありました。
「あたしも始めてそう云う観測を聞いた時に、成程と思ったわ」
 那間裕子女史も均目さんに同調するのでありました。
「でも推察である以上、この読みが正しいかどうかは全く不明ですよ。曖昧な憶測で、あれこれ話しを進めてもあんまり意味は無いでしょう。ただそんな疑いが持てると云う事だから、先ずは社長とか土師尾常務なり、或いは片久那制作部長も含めて、今後の展望とか会社の在り方を一体どのように考えているのか、社内全体会議か何かの開催を提起して、率直に聞いてみる必要があるんじゃないですかね。様々な話しはその後、ですよ」
(続)
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あなたのとりこ 359 [あなたのとりこ 12 創作]

「まあ確かに、今唐目君が云った通りかなあ」
 袁満さんが頑治さんから目線を外して頷くのでありました。
「じゃあ、社内全体会議を提案するとして、それは組合として提案するのかしら?」
 那間裕子女史が頑治さんの顔を見つめながら訊くのでありました。
「まあ、組合の存在を後ろに匂わせて提起する方が、向こうに対して滅多な対応は出来ないぞと云う、多少の威迫感は伝えられますかね」
 行きがかりから頑治さんが那間裕子女史に向かって応えるのでありました。
「それはそうかな。じゃあ、何時その提案をするかな」
 袁満さんが天井に視線を投げて考える風の表情をするのでありました。「会議開催に向けての、こちらの用意もあるからなあ」
「いや、そこで議論すると云うのではなく、向こうが描いている将来の会社の見取り図を聞き質す会議なんだから、こちらの用意は取り敢えず要らないんじゃないですかね。まあ一般論として、どんな話しが出て来ても冷静を保つ気持ちの準備は必要だけれども」
 均目さんが袁満さんの、何に依らず何事かを起こそうとする時に決まって見せる、用意周到名目の緩慢、或いは保留に少しの苛々を目線に滲ませて云うのでありました。
「全体会議開催の提案は、明日にでも申し入れて良いんじゃないの」
 甲斐計子女史も袁満さんの余計な慎重さに不満の声音で云うのでありました。
「そうね、あたしも明日と云うのに賛成だわ。何事も早い方が良いもの」
 那間裕子女史が同調するのでありましたが、この女性二人の積極性は袁満さんにプレッシャーを与えたようで、袁満さんは自分の及び腰を恥じるように二人を上目遣いにチラと見た後、目が合う前に慌てて視線を外して云い添えるのでありました。
「じゃあ、明日の朝にでも俺から土師尾常務に云うよ。まあ、明日の朝、土師尾常務が直行名目で会社に来なければ、それは無理だけどね」
「朝が無理でも、会社に現れた時に提案すれば良いじゃないの」
 那間裕子女史が窘めるような口調で云うのでありました。袁満さんとしては土師尾常務が朝会社に来なければ云々、と云う文言は、彼の人への一種の揶揄として口から滑り出た言葉のようであります。しかし那間裕子女史にその軽口を冗談と受け取られないで、寧ろ不謹慎として窘められたこの構図は些か不本意と云うのも疎か、でありましょうか。

 次の日の、朝は予想通り土師尾常務は得意先直行の電話を寄越したものだから、午後一番に袁満さんは全体会議の招集を彼の人に提案したのでありまいた。土師尾営業部長はその提案を聞いた時に、先ずはどう云う差し出がましさで社員の方から会議少数提案をするのかと云いたいように、不愉快そうに眉根を寄せたのでありました。
 しかし案外あっさりと提案を呑むのでありました。その折、自分の方からもこの辺りのタイミングで社員に云って置きたい事があるから、と云う挑戦的なもの云いも添えられるのでありまいた。袁満さんは何時も通りの、すぐに喧嘩腰になる口調にうんざりしながらも、取り敢えず開催に同意を得た点に内心ほっとするのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 360 [あなたのとりこ 12 創作]

 頑治さんはその場に居なかったからこの袁満さんと土師尾常務の遣り取りの光景は、後に自席でそれとなく様子を窺っていた甲斐計子女史から聞いたのでありました。その折にもう一つ、少々気になると云えば気になる情報が甲斐計子女史から齎されるのでありました。それは、新たに役員になった土師尾常務と片久那取締役制作部長の二人には、従業員時代の退職金が、けじめ、として支払われるようだと云うものでありました。
 まあ確かに役員になったのだからその時点で一応は退職扱いになるので、退職金の支払いは当然であり何も問題が無いと頑治さんは思うのでありました。しかしそれを頑治さんに告げる甲斐計子女史の口調が如何にも憤怒に満ちているような具合で、頑治さんとしてはその甲斐計子女史の云い様がちょいと気になったと云う事でありました。
 要するに甲斐計子女史としては、これは全く承服ならない事態だから、組合として大いに問題視すべきだと云う考えなのでありましょう。で、先ずは頑治さんに訴えて、組合員への周知の役を担えと暗黙に指嗾していると云う事でありましょうか。
 問題があると思うのなら、自分で提起すれば良いではないかと頑治さんは思うのでありましたが、甲斐計子女史はその役は組合の新参者には烏滸がましいと考えるのか、或いは単に面倒なのか、人に押し付ける心算のようであります。まあ、若し自ら問題提起して事が大袈裟ないざこざに発展したら困ると云う気後れもあるのでありましょう。だからと云ってその役を頑治さんに割り振られても、頑治さんもげんなりと云うものであります。
 確かに感情に於いて腹立たしい面もありはしますが、それでもこれは労働組合として問題にすべき事なのかどうか躊躇う気持ちがあるものだから、頑治さんは偶々その日の昼休みに昼食を共にした均目さんと那間裕子女史に、それとなく話しを振り向けてみるのでありました。気持ちの上では何となく釈然としないところはあるかも知れないけれど、組合として問題視するべき事柄ではなかろうなあ、と云う二人の応答を期待しながら。
 しかし均目さんも那間裕子女史も頑治さんの予想に反して、この話しを聞いた当座、大いに憤慨するのでありました。因みに、三人が昼食を摂りに入ったのは、錦華公園近くの時々一緒に行く日貿ビルの地下にある四川料理が謳いの中華料理屋でありました。
「それは許せないわね!」
 那間裕子女史は蟹玉を摘んだ箸の動きを止めて眉根を寄せるのでありました。「それじゃああの二人、すっかり遣りたい放題って感じじゃない」
「偶々組合が出来た事を逆手に取って、行きがかり上役員になった自分達の退職金迄もせしめようとするのは、幾ら何でも了見が業突く張り過ぎると云うものじゃないかな」
 均目さんも憤懣口調になるのでありました。
「でも役員になったら、その時点で一応退職扱いとなる訳だから、会社が退職金を出すのは当然問題無い筈だよ。そう云うのは世間ではざらにある事例だし」
 頑治さんが意外な二人の剣幕に少したじろぎながら云うのでありました。
「そんな虫の好い話しが、世間ではざらにある事なの?」
 那間裕子女史が憤懣遣る方ない顔で頑治さんを見るのでありました。そんな顔を向けられても、頑治さんはどういう顔を以って対すれば良いのか戸惑うのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 361 [あなたのとりこ 13 創作]

「ざらに聞きますよ。その退職金で会社の株を半ば強制的に購入させられる、とか云う話しなんかも良く耳にします。だから一概に虫の良い話しとは云えないでしょう」
 頑治さんは那間裕子女史の剣幕に油を注ぐ愚を犯さないように、大いに内心配慮した物腰でそんな言葉を返すのでありました。この点に関して、那間裕子女史も均目さんも知見が無いようでありました。頑治さんは大学生時代からすっとやっていた色々なアルバイト先でそう云う事例が時にあったものだから、偶々知識が有ったと云う事であります。考えてみれば、そんな事例は普通の会社員にとっては全くの無関心事でありますかな。
「あの人達も退職金で会社の株を買わされるのかしら?」
「さあ、ウチの会社の場合に関しては、俺には判りませんけどね」
「ウチは一応株式会社だけど、別に株を公開している訳じゃなくて、社長やその親族辺りが分け持っているんだろう、多分」
 均目さんが考えを回らすような顔をするのでありました。
「まあウチぐらいの規模なら、大概の場合はそうだろうなあ」
 頑治さんは箸で摘んだ八宝菜の海老を口の中に放り込むのでありました。
「親族の誰かの分をあの二人に回すのかな」
「そうかも知れないけど、恐らく社長が他の誰よりも圧倒的に多く保有しているんだろうから、その中から幾らか回すんじゃないのかな。・・・」
 頑治さんはそこで口を閉じて少しの間を取るのでありました。「でもまあ、退職金で株を買わされるかどうかはあくまでも俺の推量であって、そうならない場合もあるだろうな。その儘有難く貰っておいてそれでお仕舞い、と云う可能性だってあるだろうけどね」
「そう云うところにあたしは全く疎いから、具体的にどうするのかは判らないしあんまり興味も無いけど、でも要するに、組合結成のゴタゴタにちゃっかり便乗して、自分が肥え太ろうとする魂胆自体があたしは気に入らないと云うのよ」
 那間裕子女史はそう云ってから春巻きを箸で摘み上げるのでありました。
「遣り口がこすっからいと云う感じはするな、俺も」
 均目さんも春巻きを摘み上げて自分の取り皿に移すのでありました。
 那間裕子女史も均目さんも、今次の組合結成騒ぎに巧妙に乗じて、土師尾営業部長と片久那精査宇部長が社長を良いように脅したり賺したりしながら丸め込んで、ちゃっかり自分達の余禄迄も確保した、と云う印象を先ずは持ったのでありましょう。これは多分甲斐計子女史も同じような印象を持ったのだろうし、それだからこそ頑治さんにこんな出金指示書が回って来たと告げ口して、大袈裟にして貰おうと目論んだのでありましょう。
 確かに土師尾常務と片久那制作部長の、抜け目が無く狡賢い遣り口の匂いを心情的に許し難いと怒る気持ちは判るとしても、それが不当な行為だと非難するのは少し無理じゃないかと、頑治さんは那間裕子女史や均目さん、それに甲斐計子女史とは異なる見解を有するのではありますが、それをここで云い出すと話しが長くなりそうなので、喉の奥に言葉を忍ばせて外に出さないのでありました。序に万全を期してその言葉が外に漏れ出さないように、蟹玉を多めに取り皿から摘んで蓋代わり口の中に押し込めるのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 362 [あなたのとりこ 13 創作]

「この件は一応組合員で話し合う方が良いのかしら?」
 那間裕子女史が均目さんと頑治さんの二人を交互に見るのでありました。
「その方が良いんじゃないかな。遣り口が如何にも不愉快だし」
 頑治さんがそれはどうだろうかと疑義を挟むより先に、均目さんが使っていた箸を取り皿の上に揃えて置きながら頷くのでありました。「まあ、組合として話し合って、その結果あの二人や社長に何か文句を云うかどうかは、今のところ別にして」
「一応組合員全員で、あの二人に退職金が支払われた、と云う事実を共有しておく方が良いと云う事ね。あたしも確かにその方が良いと思うわ」
 那間裕子女史はそう云った後頑治さんの方に顔を向けて、頑治さんの考えを質すように首をほんの少し傾げて見せるのでありました。
「全員で共有するのは別に反対ではないですが、抑々組合が口出し出来る事柄なのかどうかの点は、俺としたら少し疑問がありますけど」
「でも、その疑問は組合の中の話し合いで表明して貰えば良い訳で、取り敢えず組合で話し合う事自体には反対じゃないのよね、唐目君も」
「まあ、それはそうですけれど」
 頑治さんは曖昧に首を縦に微動させるのでありました。「でもそれは当然、会社の在り方と云うのか、将来の見取り図をあれやこれやと社長や土師尾常務、それに片久那制作部長に訊き質す全体会議の前に、組合員全員に告げておく訳ですよねえ?」
「まあ、そうでしょうね」
 那間裕子女史が力強く首肯するのでありました。
「そうすると将来の会社の在り方の話しよりも、当面の、二人の退職金の話しの方に組合員の関心は引っ張られて仕舞うんじゃないですかね。すると結局、全体会議は云ってみれば、土師尾常務と片久那制作部長の糾弾会議みたいになって仕舞うんじゃないかな」
「まあ、会議の席で文句を云うかどうかはあくまで別だけど、そうなるかも知れない」
 均目さんが眉根を寄せて頷くのでありました。「若し俺達がその事に関して何か云い出せば、会議は双方が一気に殺気立った感じになるんだろうなあ、屹度」
「将来の事を話し合うと云う当初の題目は何処かにすっ飛んで仕舞って、険悪な対立激化の場になる事が予出来るけど、それでも良いのかなあ」
 頑治さんは顎に指を当てて首を傾げて気後れを表するのでありました。
「そうなったらそうなったで仕方が無いんじゃないの」
 那間裕子女史はもう既に土師尾常務と片久那制作部長に対する敵意を満面に湛えて、突き放すような云い草をするのでありました。「狡賢く、しかもこそこそと、自分達の余禄を手に入れよとしたんだから、あたし達に詰られても自業自得よ」
「こそこそと、と云うのは俺達に対して断わりも無しにと云う事であって、向こうにすれば、敢えて断る必要のない事を断らないでおいただけと云う理屈もあるだろうし、退職金支給が至極当然であると云う判断からすれば、俺達に謂れの無い文句を付けられていると感じるかもしれないし、これはなかなか陰鬱な会議になりそうな気がするなあ」
(続)
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あなたのとりこ 363 [あなたのとりこ 13 創作]

「唐目君は向うの味方なの?」
「いや、別にそう云う訳ではありません。俺は何時でも正義の味方ですから」
 頑治さんはそんな通則的な軽口をうっかりものしたものの、これは見るも無残に適宜性の著しく低い冗談と云うものであって、云うべき時でない時に云って当然に滑った全く以って間抜けな言葉であると、云った傍から内心大いに悔やむのでありました。
「まあ、繰り返すけど、今度の会議の席上で、あの二人に退職金が出た話しを持ち出すかどうかは、未だ判らないと云う事だけどね」
 均目さんはその点を頑治さんに念押しするのでありました。
「会議の席で、文句を云うかどうかも含めて、組合員全員で話し合うと云う事よ」
 那間裕子女史もそう云うのでありますが、女史の顔は退職金の話しを一等最初に会議に持ち出す気満々、と云った風情に見えるのでありました。

 全体会議は週明けの月曜日に開催すると土師尾営業部長から提案されたので、組合員の事前打ち合わせ会議は当該週の金曜日の終業後に持たれるのでありました。これもそんなに格式張らない会議なので、神保町駅近くの居酒屋で開催されるのでありました、
「それは酷いよなあ」
 席に着いてビールで乾杯もしない前に、那間裕子女史から件の土師尾常務と片久那制作部長に退職金が支払われたと云う話しが先ず以って公表されるのでありましたが、袁満さんはそれを聞いて反射的に顔を顰めるのでありました。
「幾ら出たんスかねえ?」
 出雲さんが那間裕子女史の方に顔を向けて訊くのでありましたが、具体的な金額は甲斐計子女史が代わりに応えるのでありました。
「土師尾さんに七百万で片久那さんが六百五十万よ」
 甲斐計子女史は鼻に皺を寄せながらそう云うのでありました。
「ほう、それは大した額っスねえ!」
 出雲さんは頓狂な声で驚くのでありましたが、二人の退職金としてその金額が高額なのか妥当な線なのか、それとも低いと云う判断も成り立つものなのか、頑治さんには俄には判らないのでありました。まあ、羨ましい金額、ではあますけれど。
「経営不振で金が無いと嘆いていながら、そう云う金はちゃんとあるんだなあ」
「あたし達には随分ケチだけどね」
 甲斐計子女史が憤慨に耐えないと云う云い草をするのでありました。
「今年の賃上げと夏の一時金に関しては、組合結成もあって会社としては結構頑張って出したもんだと思ったけど、その評価はこれで一気に色褪せたなあ」
 袁満さんは丁度席に運ばれてきたビールの中ジョッキを、退職金の話しで喉が急に渇いたためか、乾杯もしないで早速一口煽るのでありました。しかし未だ乾杯をしていない事に気付いて、二口目は控えて皆にビールジョッキが行き渡るのを待つのでありました。
「それじゃあ、取り敢えず、乾杯」
(続)
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あなたのとりこ 364 [あなたのとりこ 13 創作]

 袁満さんの発声に皆はジョッキを少し持ち上げて和するのでありました。考えてみればこんな場面で屡、律義に乾杯をするのは全く以って無意味な慣習であるなあと頑治さんはふと思うのでありましたが、まあ、それは取り敢えずさて置くのでありました。
「あたしが頭にきたのは、今袁満君が云った事に尽きるのよ」
 那間裕子女史がジョッキを顔の前から下げて、口角に付着していたビールの泡を吹き飛ばしながら云うのでありました。「結局、あの二人を優遇するために、あたし達の賃金や一時金は抑えるだけ抑えようって云う魂胆でしょう。ふざけているわよ」
「あの土師尾常務と片久那制作部長の二人だけが会社に必要な人間で、俺達は居ても居なくてもどうでも良い存在だと云う訳だよなあ。だから待遇面だけじゃなくて、今度の妙な人事異動なんかを敢行して、俺達を酷く扱うんだ。一応組合が出来たんで体裁上はそれなりの回答をしたけど、あの二人の優遇に比べれば馬鹿にされているようなものだ」
 袁満さんも憤慨の声音で那間裕子女史に大いに和すのでありました。
「あの二人に退職金をそれだけ出す事が出来るのなら、俺達ももっと賃金も一時金も高額な要求をすれば良かったっスよねえ。業績不振は出鱈目っスかねえ」
「全くの出鱈目でもないだろうけど、悪乗りして大袈裟に云い募ったと云う事だろうな。俺達の暮れの一時金をケチってやろうと、初めの内は秘かにそれだけ目論んで」
「悪辣非道というものだよなあ、その遣り口は」
「その上に組合結成に付け込んで、自分達の待遇をもっと上げようとした土師尾常務と片久那制作部長の企みは、その悪逆非道な遣り口の更に上の醜さと云うものだ」
 袁満さんは口の中に充満していたそんな憤懣を吐き捨てて、その分の空いたスペースにビールをグイと流し込むのでありました。
「でも、役員になった時にそれまでの退職金が支払われると云う慣習は、そんなに突飛でも酷くもない、世間では良く行われる一種のルールですよ」
 頑治さんが皆の憤懣で盛り上がった気分に水を差すのでありました。
「そうなのかい?」
 袁満さんが目を剥いて頑治さんを睨むのでありました。
「俺もこの前、昼飯を一緒に食った時にそんな事を唐目君に云われて、ちょっと調べてみたんだけど、確かにそう云う事例は、ごく一般的に行われているみたいだよ。俺は今迄そんな事に縁も所縁も無かったから、ちいとも知らなかったけど」
 均目さんが静かに云って袁満さんの顔にクールな視線を向けるのでありました。「役員になるんだから当然その時点で従業員と云う立場から離れる訳で、それは要するに退職扱いとされる事だから、退職金が発生するのは全く不自然じゃない」
「そんなものなのかねえ」
 袁満さんはあくまで懐疑的な風情を崩さず、そんな事は全く気に入らないし受け入れ難いと云った顔付きでありました。出雲さんも甲斐計子女史も、それから那間裕子女史も、屹度袁満さんと同じ気分なのでありましょう。四人は頑治さんと均目さんを、重い沈黙と共に、土壇場での裏切り者を見るような目容で横目に窺っているのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 365 [あなたのとりこ 13 創作]

「まあ、行われた事は問題が無いとしても、支払われた退職金の額が妥当であるのかどうかは、一応確かめてみる必要はあるかも知れませんけど」
 頑治さんは、四人の鋭角な視線に怖じたからと云う訳ではないのでありましたが、そんな風な、多少四人の剣幕に阿るような事を口にするのでありました。
「それはそうだな。退職金が土師尾常務と片久那制作部長の云いなりに、或いは社長の恣意に任せて支払われているのなら、これは問題だ」
 均目さんが頑治さんの言に早速乗るのでありました。「ウチの退職金の規定はどうなっているんだろう。退職金に関してはこれ迄何も話し合ってはいなかったからなあ」
 均目さんは云い終ると甲斐計子女史を見るのでありました。
「あたしは何も知らないわよ、そんな退職金規定の事なんか」
 酒を飲めないから一人だけグレープフルーツジュースを飲んでいた甲斐計子女史が、そのグラスをテーブルに置いて手を横に何度も振って見せるのでありました。
「就業規則には退職金の規定が確かに記述してあったと思うけど、退職者には退職金を支払う、とだけ書いてあって、額の算定に付いては何も書いてなかったかなあ、確か」
 均目さんが宙に目を遣って、何かを思い出すような風をするのでありました。
「山尾さんが辞めた時、退職金は出たんでしょう?」
 那間裕子女史は均目さんの方を見ながら訊くのでありました。
「多分出たんじゃないかな。本人に確かめた訳じゃないけど」
 均目さんも確証は無いようでありました。
「出たわよ、ちゃんと」
 甲斐計子女史が言葉を挟むのでありました。「額はちょっと忘れたけど、一応土師尾さんからメモを渡されて振り込んだわよ。でも、全然高額ではなかったと思うけど」
「額は後で、何かで確かめられるでしょう?」
「勿論、その時のメモも取って置いてあるから、それは確かめられるけど」
 那間裕子女史の質問に対して甲斐計子女史は一つ二つ頷いてから、先程机上に一端置いたグレープフルーツジュースのグラスをまた手にするのでありました。
「ところで月曜日に予定されている会議の席で、土師尾常務と片久那制作部長に支払われた退職金について、こちらの方から話しを切出すのかな?」
 均目さんが話頭を元の方向に戻すのでありました。「退職金の話しをし出すと、あの二人は何が問題だと開き直るだろうし、こちらはこちらで不当だと云う思いがあるし、本来予定していた会社の将来の見取り図とかの話しなんか脇に追いやられて、支払われた退職金の事一辺倒になって仕舞うんじゃないかなあ。それに多分大いに紛糾するだろうし」
「それは確かに。土師尾さんなんかは何を云い出すんだとすぐに感情的になって怒り出すじゃないかしら。まあ、あの人のそう云う態度には慣れっこになっているけどけど」
 那間裕子女史がビールのジョッキを空けてから云うのでありました。
「片久那制作部長も、その話しになったら面白くはないだろうなあ」
 袁満さんが身震いをして見せるのは、彼の人の顔を思い浮かべた故でありましょう。
(続)
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あなたのとりこ 366 [あなたのとりこ 13 創作]

「退職金を貰うのは許せないと云う怒りは我々の感情の部分であって、世間一般の制度として瑕疵は無いとなれば、それを云い出しても結局詮無い話しだと云う事だよなあ」
 均目さんがやや消極的な気色を見せるのでありました。
「でも何も云わないで置くと、何だかあの二人の遣りたい放題を許す事になっちゃうんじゃないの。そう云う事が行われたと判っていながら、一言もこちらの不愉快を表明もしないのは、あの二人を憚って只管気後れしているだけると云うものよ」
 那間裕子女史はあくまでも月曜日の会議でその件を取り上げたいようであります。
「でも特段の問題は無いと云うのに、一種の憤慨に任せて態々問題視すると云うのは、態度としてどんなものかなあ。問題だと捉える論拠が無い、或いは薄いために、結局すごすごと引っ込む事になるなら、全く以って格好の悪い話しじゃないかなあ」
 均目さんは那間裕子女史に気弱そうな笑みをして見せるのでありました。
「じゃあまあ、今回は止しとくかい、会議の席で云うのは」
 袁満さんも尻窄まりの態のようであります。
「せめて退職金が幾ら支払われたのかくらいは、訊いても良いんじゃないの」
 甲斐計子女史がそう云ってグレープフルーツジュースを飲み干すのでありました。
「ただ、こちらがそれを訊いた途端、イチャモンを付けられているとすぐにピンときて、土師尾常務がいきり立って怒鳴り始めるんだろうなあ」
 袁満さんがその様子を想像してげんなりと云った顔をするのでありました。
「土師尾常務だけじゃなくて、ひょっとしたら片久那制作部長も怒り出すんじゃないっスかねえ。土師尾常務ならそう云う人だと慣れっこになっているから、別に怖くも何ともないっスけど、片久那制作部長が怒りだすと、これは結構怖いっスよねえ」
 出雲さんが態と身震いなんぞをして見せるのでありました。
 確かにそれは大いにたじろぐ事態だと頑治さんも思うのでありました。それにその一件に依って、少しは従業員に肩入れする気のある片久那制作部長を、すっかり敵に回して仕舞う恐れもある気がするのでありました。まあこれは頑治さんの杞憂で、片久那制作部長の度量を不当に矮小に見積もっているのかも知れませんけれど。
 押し並べて甲斐計子女史と那間裕子女史と云う女性二人は威勢が良くて、四人の男共は腰が引けていると云った風でありますか。頑治さんのこれ迄の実感として、いざとなったら勇気があるのは女で、男の方があれこれ事後を考え過ぎて優柔不断になる生きもののようであります。まあ、この場合どちらが吉になるかは判らないのでありますけれど。
「それに大体、出た金額は、甲斐さんはもう知っているじゃないか」
 袁満さんがテーブルの上の甲斐計子女史の前に置かれた、グレープジュースの空いたグラスを見ながら云うのでありました。
「それはそうだけど、一応二人の口からはっきり云わせるって云う事よ。はっきり云わないで云い淀んだり怒り出したりすれば、それは少しは後ろめたい気があるからよ」
 甲斐計子女史は恥じらうように袁満さんの不躾な視線から庇う風に、自分が飲み干した後のグラスを両手で包み隠す仕草をしながら云うのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 367 [あなたのとりこ 13 創作]

「金額そのものは山尾さんの退職金と比較して、妥当かどうかを判断する必要があるわ。到底妥当性なんか無くて、自分達に都合好く計算をして分捕ったと本人たちが自覚しているのなら、甲斐さんが云うように後ろめたいものだから、誤魔化すために荒い言葉を吐き散らしてくるでしょうし、そうなるとそれはつまり馬脚を現した事になるわね」
 那間裕子女史が皮肉っぽい笑いを口元に浮かべて云うのでありました。
「土師尾常務は妙な体裁や外聞には気を遣うけど、元々恥とか矜持とか云う感覚が薄いし、そんな感覚に嫌になるくらい縁遠い人だから、当然今の那間さんの試すような意図の向けられる先は片久那制作部長に対して、と云う事で良いのかな」
 均目さんがややまわりくどい云い方をして、那間裕子女史の一種の覚悟を確かめるような事を訊くのでありました。
「そうなるわね。片久那さんが言葉を荒げて何やかやと弁解するなら、どんなに正義面したところで、まあ結局自分の利害第一の、その程度の人と云う事よ」
「それを確かめて、何の意味があるんですかねえ」
 袁満さんが首を横に傾げるのでありましたが、これは片久那制作部長の剣幕のもの凄さを想像して、只管気後れているところから発する否定的言辞でありましたか。
「これから先の片久那さんに対する組合の態度が、それではっきり決まるじゃないの」
「要するに片久那制作部長が俺達の敵か味方かはっきりさせる、と云う事ね」
 均目さんも袁満さん同様の懐疑的な表情を以って首を傾げるのでありました。
「敵か味方か見極めると云うよりは、その試験をすることに依って、向後はっきり敵に回すと云う事になるんじゃないですかねえ」
 頑治さんが呟くのでありました。「それはあんまり意味が無い仕業に思えますけど」
「片久那制作部長を敵に回すと後々、何やかやと遣り辛くなるっスかねえ」
 出雲さんも首を傾げる側に回るのでありました。那間裕子女史はここで四面楚歌となるのでありましたが、それで項羽のように意気消沈する気配は無いのでありました。寧ろ何処迄も潔くない尻込みを見せる男共に軽蔑の視線を注ぐのでありました。
 結局四対二で、今次の全体会議の席で土師尾常務と片久那制作部長の退職金に関する質問をするのは見送る事になるのでありました。那間裕子女史は男共の弱腰に憤激して、それなら近いうちに個人的な立場で、貰った退職金に付いて片久那制作部長に訊いてみるから、それは自分の勝手でしょうと啖呵を切るのでありました。
 男共にはそれ迄止める権利は無いのでありましたし、寧ろ勇み足気味に那間裕子女史が一人の判断で片久那制作部長の真意を聞き質すのは、内心歓迎なのでありました。これなんぞはつまり、小心者の如何にも小狡い心底と云うべきでありますか。
 この後に会社の将来を聞き質すための方途とか、会議の進め方について話すのでありました。しかし退職金の話し程には盛り上がらないで、皆は何となく散漫な様子で打ち合わせを進めるのでありました。でありますからこの後は酒席としても勢いも出なくて、適当なところで切り上げとなるのでありました。勿論飲み足りない那間裕子女史は均目さんと頑治さんを誘って、近くにある酒場で二次会となるのでありました。
(続)
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あなたのとりこ 368 [あなたのとりこ 13 創作]

 那間裕子女史は珍しく冷の日本酒のグラスを片手に、頑治さんと均目さんの、先の居酒屋での弱腰を詰るのでありました。頑治さんと均目さんは恐縮の態で那間裕子女史のイチャモンを、首を竦めて頭の上に遣り過ごしているのでありました。その内屹度酔い潰れて目と口を閉じるでありましょうから、要はそれ迄の辛抱と云うところであります。

 月曜日の全体会議に片久那制作部長は出席しないのでありましたが、これは慎に以って不測の事態でありましたか。片久那制作部長は前日の朝から、風邪で熱が四十度近く出て仕舞って、身動き儘ならないから欠勤すると云う電話をかけてきたのでありました。
 先ずその電話を取ったのが甲斐計子女史で、上のような欠勤理由が述べられた後、電話は片久那制作部長の指示で均目さんに回されて、均目さんはその日の仕事の指示をあれこれ受けるのでありました。因みに電話が均目さんに回ったのは、例に依って那間裕子女史は遅刻しているに違いないと云う片久那制作部長の判断からでありました。
 この電話は均目さんの後に今度は袁満さんに回されて、余儀ない理由で全体会議に出席出来ない事を片久那制作部長は律義に詫びるのでありました。病気を押してでも大事な全体会議に出て来いとは、気の優しい袁満さんは到底云えないものだから、その件は心配しないでどうかお体をお大事にと見舞いの一言を吐いた後に電話を切るのでありました。
 受話器を置いた袁満さんが制作部のスペースに、少し慌てふためいた風情で遣って来るのでありました。袁満さんがこの気儘な行動を為すに土師尾常務を全く恐懼していないのは、云う迄もなく片久那制作部長の電話の前に、例に依って上野の得意先に直行するから会社に出るのは昼近くになると云う電話が彼の人から既にあったが故でありました。
「片久那制作部長が病気で会社に出て来ないとなると、今日予定していた全体会議は土師尾常務一人と遣り合う事になる訳かなあ」
 袁満さんは陰鬱そうな面持ちで均目さんに云うのでありました。
「まあ、そうなりますかねえ」
 均目さんも戸惑ったような目をするのでありました。
 その場に日比課長も姿を見せるのでありました。
「片久那制作部長が来ないのなら、全体会議をやっても無意味なんじゃないの」
 別に組合と云う括りではなく全従業員参加の会議であるから、そんな事を云いながら同じく憂い顔をする日比課長をこの席から排除する理由は何も無いのでありました。
「それはそうなんだけど、・・・」
 均目さんが顎を撫でながら考え込むような風をするのでありました。
「土師尾常務相手にちゃんとした会議なんか、多分出来る筈がないよなあ」
 袁満さんは溜息を吐くのでありました。「屹度会議とか云うものから程遠くなって、何時ものあの人の自分勝手な繰り言やお説教の独壇場になりそうだ」
「でも片久那制作部長が居ないから逆に一対七になって怖じ気付いて、無難に遣り過ごそうと云う魂胆から、静穏な話し振りになるかも知れないじゃないですか」
「それでも結局、実の無い会議になるのは間違いない」
(続)
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