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あなたのとりこ 366 [あなたのとりこ 13 創作]

「退職金を貰うのは許せないと云う怒りは我々の感情の部分であって、世間一般の制度として瑕疵は無いとなれば、それを云い出しても結局詮無い話しだと云う事だよなあ」
 均目さんがやや消極的な気色を見せるのでありました。
「でも何も云わないで置くと、何だかあの二人の遣りたい放題を許す事になっちゃうんじゃないの。そう云う事が行われたと判っていながら、一言もこちらの不愉快を表明もしないのは、あの二人を憚って只管気後れしているだけると云うものよ」
 那間裕子女史はあくまでも月曜日の会議でその件を取り上げたいようであります。
「でも特段の問題は無いと云うのに、一種の憤慨に任せて態々問題視すると云うのは、態度としてどんなものかなあ。問題だと捉える論拠が無い、或いは薄いために、結局すごすごと引っ込む事になるなら、全く以って格好の悪い話しじゃないかなあ」
 均目さんは那間裕子女史に気弱そうな笑みをして見せるのでありました。
「じゃあまあ、今回は止しとくかい、会議の席で云うのは」
 袁満さんも尻窄まりの態のようであります。
「せめて退職金が幾ら支払われたのかくらいは、訊いても良いんじゃないの」
 甲斐計子女史がそう云ってグレープフルーツジュースを飲み干すのでありました。
「ただ、こちらがそれを訊いた途端、イチャモンを付けられているとすぐにピンときて、土師尾常務がいきり立って怒鳴り始めるんだろうなあ」
 袁満さんがその様子を想像してげんなりと云った顔をするのでありました。
「土師尾常務だけじゃなくて、ひょっとしたら片久那制作部長も怒り出すんじゃないっスかねえ。土師尾常務ならそう云う人だと慣れっこになっているから、別に怖くも何ともないっスけど、片久那制作部長が怒りだすと、これは結構怖いっスよねえ」
 出雲さんが態と身震いなんぞをして見せるのでありました。
 確かにそれは大いにたじろぐ事態だと頑治さんも思うのでありました。それにその一件に依って、少しは従業員に肩入れする気のある片久那制作部長を、すっかり敵に回して仕舞う恐れもある気がするのでありました。まあこれは頑治さんの杞憂で、片久那制作部長の度量を不当に矮小に見積もっているのかも知れませんけれど。
 押し並べて甲斐計子女史と那間裕子女史と云う女性二人は威勢が良くて、四人の男共は腰が引けていると云った風でありますか。頑治さんのこれ迄の実感として、いざとなったら勇気があるのは女で、男の方があれこれ事後を考え過ぎて優柔不断になる生きもののようであります。まあ、この場合どちらが吉になるかは判らないのでありますけれど。
「それに大体、出た金額は、甲斐さんはもう知っているじゃないか」
 袁満さんがテーブルの上の甲斐計子女史の前に置かれた、グレープジュースの空いたグラスを見ながら云うのでありました。
「それはそうだけど、一応二人の口からはっきり云わせるって云う事よ。はっきり云わないで云い淀んだり怒り出したりすれば、それは少しは後ろめたい気があるからよ」
 甲斐計子女史は恥じらうように袁満さんの不躾な視線から庇う風に、自分が飲み干した後のグラスを両手で包み隠す仕草をしながら云うのでありました。
(続)
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