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あなたのとりこ 360 [あなたのとりこ 12 創作]

 頑治さんはその場に居なかったからこの袁満さんと土師尾常務の遣り取りの光景は、後に自席でそれとなく様子を窺っていた甲斐計子女史から聞いたのでありました。その折にもう一つ、少々気になると云えば気になる情報が甲斐計子女史から齎されるのでありました。それは、新たに役員になった土師尾常務と片久那取締役制作部長の二人には、従業員時代の退職金が、けじめ、として支払われるようだと云うものでありました。
 まあ確かに役員になったのだからその時点で一応は退職扱いになるので、退職金の支払いは当然であり何も問題が無いと頑治さんは思うのでありました。しかしそれを頑治さんに告げる甲斐計子女史の口調が如何にも憤怒に満ちているような具合で、頑治さんとしてはその甲斐計子女史の云い様がちょいと気になったと云う事でありました。
 要するに甲斐計子女史としては、これは全く承服ならない事態だから、組合として大いに問題視すべきだと云う考えなのでありましょう。で、先ずは頑治さんに訴えて、組合員への周知の役を担えと暗黙に指嗾していると云う事でありましょうか。
 問題があると思うのなら、自分で提起すれば良いではないかと頑治さんは思うのでありましたが、甲斐計子女史はその役は組合の新参者には烏滸がましいと考えるのか、或いは単に面倒なのか、人に押し付ける心算のようであります。まあ、若し自ら問題提起して事が大袈裟ないざこざに発展したら困ると云う気後れもあるのでありましょう。だからと云ってその役を頑治さんに割り振られても、頑治さんもげんなりと云うものであります。
 確かに感情に於いて腹立たしい面もありはしますが、それでもこれは労働組合として問題にすべき事なのかどうか躊躇う気持ちがあるものだから、頑治さんは偶々その日の昼休みに昼食を共にした均目さんと那間裕子女史に、それとなく話しを振り向けてみるのでありました。気持ちの上では何となく釈然としないところはあるかも知れないけれど、組合として問題視するべき事柄ではなかろうなあ、と云う二人の応答を期待しながら。
 しかし均目さんも那間裕子女史も頑治さんの予想に反して、この話しを聞いた当座、大いに憤慨するのでありました。因みに、三人が昼食を摂りに入ったのは、錦華公園近くの時々一緒に行く日貿ビルの地下にある四川料理が謳いの中華料理屋でありました。
「それは許せないわね!」
 那間裕子女史は蟹玉を摘んだ箸の動きを止めて眉根を寄せるのでありました。「それじゃああの二人、すっかり遣りたい放題って感じじゃない」
「偶々組合が出来た事を逆手に取って、行きがかり上役員になった自分達の退職金迄もせしめようとするのは、幾ら何でも了見が業突く張り過ぎると云うものじゃないかな」
 均目さんも憤懣口調になるのでありました。
「でも役員になったら、その時点で一応退職扱いとなる訳だから、会社が退職金を出すのは当然問題無い筈だよ。そう云うのは世間ではざらにある事例だし」
 頑治さんが意外な二人の剣幕に少したじろぎながら云うのでありました。
「そんな虫の好い話しが、世間ではざらにある事なの?」
 那間裕子女史が憤懣遣る方ない顔で頑治さんを見るのでありました。そんな顔を向けられても、頑治さんはどういう顔を以って対すれば良いのか戸惑うのでありました。
(続)
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