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あなたのとりこ 368 [あなたのとりこ 13 創作]

 那間裕子女史は珍しく冷の日本酒のグラスを片手に、頑治さんと均目さんの、先の居酒屋での弱腰を詰るのでありました。頑治さんと均目さんは恐縮の態で那間裕子女史のイチャモンを、首を竦めて頭の上に遣り過ごしているのでありました。その内屹度酔い潰れて目と口を閉じるでありましょうから、要はそれ迄の辛抱と云うところであります。

 月曜日の全体会議に片久那制作部長は出席しないのでありましたが、これは慎に以って不測の事態でありましたか。片久那制作部長は前日の朝から、風邪で熱が四十度近く出て仕舞って、身動き儘ならないから欠勤すると云う電話をかけてきたのでありました。
 先ずその電話を取ったのが甲斐計子女史で、上のような欠勤理由が述べられた後、電話は片久那制作部長の指示で均目さんに回されて、均目さんはその日の仕事の指示をあれこれ受けるのでありました。因みに電話が均目さんに回ったのは、例に依って那間裕子女史は遅刻しているに違いないと云う片久那制作部長の判断からでありました。
 この電話は均目さんの後に今度は袁満さんに回されて、余儀ない理由で全体会議に出席出来ない事を片久那制作部長は律義に詫びるのでありました。病気を押してでも大事な全体会議に出て来いとは、気の優しい袁満さんは到底云えないものだから、その件は心配しないでどうかお体をお大事にと見舞いの一言を吐いた後に電話を切るのでありました。
 受話器を置いた袁満さんが制作部のスペースに、少し慌てふためいた風情で遣って来るのでありました。袁満さんがこの気儘な行動を為すに土師尾常務を全く恐懼していないのは、云う迄もなく片久那制作部長の電話の前に、例に依って上野の得意先に直行するから会社に出るのは昼近くになると云う電話が彼の人から既にあったが故でありました。
「片久那制作部長が病気で会社に出て来ないとなると、今日予定していた全体会議は土師尾常務一人と遣り合う事になる訳かなあ」
 袁満さんは陰鬱そうな面持ちで均目さんに云うのでありました。
「まあ、そうなりますかねえ」
 均目さんも戸惑ったような目をするのでありました。
 その場に日比課長も姿を見せるのでありました。
「片久那制作部長が来ないのなら、全体会議をやっても無意味なんじゃないの」
 別に組合と云う括りではなく全従業員参加の会議であるから、そんな事を云いながら同じく憂い顔をする日比課長をこの席から排除する理由は何も無いのでありました。
「それはそうなんだけど、・・・」
 均目さんが顎を撫でながら考え込むような風をするのでありました。
「土師尾常務相手にちゃんとした会議なんか、多分出来る筈がないよなあ」
 袁満さんは溜息を吐くのでありました。「屹度会議とか云うものから程遠くなって、何時ものあの人の自分勝手な繰り言やお説教の独壇場になりそうだ」
「でも片久那制作部長が居ないから逆に一対七になって怖じ気付いて、無難に遣り過ごそうと云う魂胆から、静穏な話し振りになるかも知れないじゃないですか」
「それでも結局、実の無い会議になるのは間違いない」
(続)
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