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あなたのとりこ 361 [あなたのとりこ 13 創作]

「ざらに聞きますよ。その退職金で会社の株を半ば強制的に購入させられる、とか云う話しなんかも良く耳にします。だから一概に虫の良い話しとは云えないでしょう」
 頑治さんは那間裕子女史の剣幕に油を注ぐ愚を犯さないように、大いに内心配慮した物腰でそんな言葉を返すのでありました。この点に関して、那間裕子女史も均目さんも知見が無いようでありました。頑治さんは大学生時代からすっとやっていた色々なアルバイト先でそう云う事例が時にあったものだから、偶々知識が有ったと云う事であります。考えてみれば、そんな事例は普通の会社員にとっては全くの無関心事でありますかな。
「あの人達も退職金で会社の株を買わされるのかしら?」
「さあ、ウチの会社の場合に関しては、俺には判りませんけどね」
「ウチは一応株式会社だけど、別に株を公開している訳じゃなくて、社長やその親族辺りが分け持っているんだろう、多分」
 均目さんが考えを回らすような顔をするのでありました。
「まあウチぐらいの規模なら、大概の場合はそうだろうなあ」
 頑治さんは箸で摘んだ八宝菜の海老を口の中に放り込むのでありました。
「親族の誰かの分をあの二人に回すのかな」
「そうかも知れないけど、恐らく社長が他の誰よりも圧倒的に多く保有しているんだろうから、その中から幾らか回すんじゃないのかな。・・・」
 頑治さんはそこで口を閉じて少しの間を取るのでありました。「でもまあ、退職金で株を買わされるかどうかはあくまでも俺の推量であって、そうならない場合もあるだろうな。その儘有難く貰っておいてそれでお仕舞い、と云う可能性だってあるだろうけどね」
「そう云うところにあたしは全く疎いから、具体的にどうするのかは判らないしあんまり興味も無いけど、でも要するに、組合結成のゴタゴタにちゃっかり便乗して、自分が肥え太ろうとする魂胆自体があたしは気に入らないと云うのよ」
 那間裕子女史はそう云ってから春巻きを箸で摘み上げるのでありました。
「遣り口がこすっからいと云う感じはするな、俺も」
 均目さんも春巻きを摘み上げて自分の取り皿に移すのでありました。
 那間裕子女史も均目さんも、今次の組合結成騒ぎに巧妙に乗じて、土師尾営業部長と片久那精査宇部長が社長を良いように脅したり賺したりしながら丸め込んで、ちゃっかり自分達の余禄迄も確保した、と云う印象を先ずは持ったのでありましょう。これは多分甲斐計子女史も同じような印象を持ったのだろうし、それだからこそ頑治さんにこんな出金指示書が回って来たと告げ口して、大袈裟にして貰おうと目論んだのでありましょう。
 確かに土師尾常務と片久那制作部長の、抜け目が無く狡賢い遣り口の匂いを心情的に許し難いと怒る気持ちは判るとしても、それが不当な行為だと非難するのは少し無理じゃないかと、頑治さんは那間裕子女史や均目さん、それに甲斐計子女史とは異なる見解を有するのではありますが、それをここで云い出すと話しが長くなりそうなので、喉の奥に言葉を忍ばせて外に出さないのでありました。序に万全を期してその言葉が外に漏れ出さないように、蟹玉を多めに取り皿から摘んで蓋代わり口の中に押し込めるのでありました。
(続)
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