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あなたのとりこ 363 [あなたのとりこ 13 創作]

「唐目君は向うの味方なの?」
「いや、別にそう云う訳ではありません。俺は何時でも正義の味方ですから」
 頑治さんはそんな通則的な軽口をうっかりものしたものの、これは見るも無残に適宜性の著しく低い冗談と云うものであって、云うべき時でない時に云って当然に滑った全く以って間抜けな言葉であると、云った傍から内心大いに悔やむのでありました。
「まあ、繰り返すけど、今度の会議の席上で、あの二人に退職金が出た話しを持ち出すかどうかは、未だ判らないと云う事だけどね」
 均目さんはその点を頑治さんに念押しするのでありました。
「会議の席で、文句を云うかどうかも含めて、組合員全員で話し合うと云う事よ」
 那間裕子女史もそう云うのでありますが、女史の顔は退職金の話しを一等最初に会議に持ち出す気満々、と云った風情に見えるのでありました。

 全体会議は週明けの月曜日に開催すると土師尾営業部長から提案されたので、組合員の事前打ち合わせ会議は当該週の金曜日の終業後に持たれるのでありました。これもそんなに格式張らない会議なので、神保町駅近くの居酒屋で開催されるのでありました、
「それは酷いよなあ」
 席に着いてビールで乾杯もしない前に、那間裕子女史から件の土師尾常務と片久那制作部長に退職金が支払われたと云う話しが先ず以って公表されるのでありましたが、袁満さんはそれを聞いて反射的に顔を顰めるのでありました。
「幾ら出たんスかねえ?」
 出雲さんが那間裕子女史の方に顔を向けて訊くのでありましたが、具体的な金額は甲斐計子女史が代わりに応えるのでありました。
「土師尾さんに七百万で片久那さんが六百五十万よ」
 甲斐計子女史は鼻に皺を寄せながらそう云うのでありました。
「ほう、それは大した額っスねえ!」
 出雲さんは頓狂な声で驚くのでありましたが、二人の退職金としてその金額が高額なのか妥当な線なのか、それとも低いと云う判断も成り立つものなのか、頑治さんには俄には判らないのでありました。まあ、羨ましい金額、ではあますけれど。
「経営不振で金が無いと嘆いていながら、そう云う金はちゃんとあるんだなあ」
「あたし達には随分ケチだけどね」
 甲斐計子女史が憤慨に耐えないと云う云い草をするのでありました。
「今年の賃上げと夏の一時金に関しては、組合結成もあって会社としては結構頑張って出したもんだと思ったけど、その評価はこれで一気に色褪せたなあ」
 袁満さんは丁度席に運ばれてきたビールの中ジョッキを、退職金の話しで喉が急に渇いたためか、乾杯もしないで早速一口煽るのでありました。しかし未だ乾杯をしていない事に気付いて、二口目は控えて皆にビールジョッキが行き渡るのを待つのでありました。
「それじゃあ、取り敢えず、乾杯」
(続)
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