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あなたのとりこ 367 [あなたのとりこ 13 創作]

「金額そのものは山尾さんの退職金と比較して、妥当かどうかを判断する必要があるわ。到底妥当性なんか無くて、自分達に都合好く計算をして分捕ったと本人たちが自覚しているのなら、甲斐さんが云うように後ろめたいものだから、誤魔化すために荒い言葉を吐き散らしてくるでしょうし、そうなるとそれはつまり馬脚を現した事になるわね」
 那間裕子女史が皮肉っぽい笑いを口元に浮かべて云うのでありました。
「土師尾常務は妙な体裁や外聞には気を遣うけど、元々恥とか矜持とか云う感覚が薄いし、そんな感覚に嫌になるくらい縁遠い人だから、当然今の那間さんの試すような意図の向けられる先は片久那制作部長に対して、と云う事で良いのかな」
 均目さんがややまわりくどい云い方をして、那間裕子女史の一種の覚悟を確かめるような事を訊くのでありました。
「そうなるわね。片久那さんが言葉を荒げて何やかやと弁解するなら、どんなに正義面したところで、まあ結局自分の利害第一の、その程度の人と云う事よ」
「それを確かめて、何の意味があるんですかねえ」
 袁満さんが首を横に傾げるのでありましたが、これは片久那制作部長の剣幕のもの凄さを想像して、只管気後れているところから発する否定的言辞でありましたか。
「これから先の片久那さんに対する組合の態度が、それではっきり決まるじゃないの」
「要するに片久那制作部長が俺達の敵か味方かはっきりさせる、と云う事ね」
 均目さんも袁満さん同様の懐疑的な表情を以って首を傾げるのでありました。
「敵か味方か見極めると云うよりは、その試験をすることに依って、向後はっきり敵に回すと云う事になるんじゃないですかねえ」
 頑治さんが呟くのでありました。「それはあんまり意味が無い仕業に思えますけど」
「片久那制作部長を敵に回すと後々、何やかやと遣り辛くなるっスかねえ」
 出雲さんも首を傾げる側に回るのでありました。那間裕子女史はここで四面楚歌となるのでありましたが、それで項羽のように意気消沈する気配は無いのでありました。寧ろ何処迄も潔くない尻込みを見せる男共に軽蔑の視線を注ぐのでありました。
 結局四対二で、今次の全体会議の席で土師尾常務と片久那制作部長の退職金に関する質問をするのは見送る事になるのでありました。那間裕子女史は男共の弱腰に憤激して、それなら近いうちに個人的な立場で、貰った退職金に付いて片久那制作部長に訊いてみるから、それは自分の勝手でしょうと啖呵を切るのでありました。
 男共にはそれ迄止める権利は無いのでありましたし、寧ろ勇み足気味に那間裕子女史が一人の判断で片久那制作部長の真意を聞き質すのは、内心歓迎なのでありました。これなんぞはつまり、小心者の如何にも小狡い心底と云うべきでありますか。
 この後に会社の将来を聞き質すための方途とか、会議の進め方について話すのでありました。しかし退職金の話し程には盛り上がらないで、皆は何となく散漫な様子で打ち合わせを進めるのでありました。でありますからこの後は酒席としても勢いも出なくて、適当なところで切り上げとなるのでありました。勿論飲み足りない那間裕子女史は均目さんと頑治さんを誘って、近くにある酒場で二次会となるのでありました。
(続)
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