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あなたのとりこ 729 [あなたのとりこ 25 創作]

「そうだね。その方が自然かな」
 袁満さんの頷く様子が受話器から伝わってくるのでありました。「まあ、あの人の異常なプライドの高さと、その割に考えが甘くて、遣る事為す事が何につけても好い加減だから、修行の厳しさに耐えられなくなって早々に逃げ出したんだろうな。まあ、自分への好都合な云い訳を考え出して、その挫折感からも遁ズラしたと云う按配だろう」
「挫折感から遁ズラしたかどうかは、判りませんけどね。それに第一、全く違う余儀ない事情から東京に戻って来たのかも知れないし」
「おや、刃葉さんを庇っているのかな?」
「いや別に庇っているんじゃないですよ。庇う謂れは何もないですし」
 頑治さんは、袁満さんの推察が確かに当たっているようにも思うのでありましたが、そこは未だ曖昧なところでありますから、慎みから邪推を控えたいだけでありました。
「刃葉さんは贈答社が消滅したと聞いたら、屹度皮肉な笑いでもして、先に辞めた自分の先見性を秘かに誇るんだろうな。他の連中が優柔不断だからとか臆病だからとか、先を見る目がないとか、そんな手前味噌な決めつけなんかしながら」
 袁満さんは如何にも悔しそうに云うのでありました。
「さあ、それはどうですかね。刃葉さんの中ではもう、贈答社の事なんか取り立てて感想を抱く事もない、全くの無関心事になっているんじゃないですかね」
「まあ確かに、刃葉さんは何に付けても飽きっぽい方だったから、それもあり得るかな。こっちにしたって辞めた後の刃葉さんが何をしようが、全く興味も無いし」
 このすげない云い草からすると、袁満さんは会社で同僚だった時から、刃葉さんに対して良い印象は全く持っていなかったのでありましょう。まあ、そんな推察は疾うについていたのであります。同い歳のくせに何時も小馬鹿にするような態度をとる刃葉さんに、袁満さんは表面は穏和な態度でいながらも、内心忸怩たる思いでいたのでありましょう。
「その刃葉さんとも、この先はもう逢う事もないでしょうけどね」
「それはそうだな。敢えて逢いたいとも思わないし」
 袁満さんはあくまでつれないのでありました。「しかしこの間偶然二度も出逢ったんだから、ひょっとすると唐目君は刃葉さんと妙な腐れ縁があるのかもしれないぜ」
「そんな事もないでしょう。まあ、偶々ですよ」
 頑治さんは軽く笑って見せるのでありました。別にムキになって云い返してこない頑治さんの反応に、袁満さんは期待が外れたような少し白けた笑いを返すのでありました。
「均目君や那間さんからは何か連絡はないのかな?」
 袁満さんは話題を変えるのでありました。
「いや別に。辞めた後の二人の消息は不明ですよ。まあ、次の仕事探しのため、俺なんかには構っていられないんじゃないですかね。袁満さんには連絡とかないんですか?」
「ないよ、何も。唐目君にないんだから俺の方にある訳がない。まあ、あの二人の事だから抜け目なく、ちゃんと次の仕事を見付けるんだろうけど」
「そうでしょうね」
(続)
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