SSブログ

あなたのとりこ 727 [あなたのとりこ 25 創作]

「そうだね。日比さんは社長や土師尾常務がその場に居ない時には、二人に対して妙に強気の喧嘩腰を披露してくれるんだけど、面と向かうとおどおどしたり、やけにしおらしい態度に出る人だからなあ。ま、精々退職金の少しの増額を懇願するくらいかな」
 そう云う袁満さんの言葉には、多少の皮肉と侮蔑が含まれているようでありました。
「会社を辞めるとなると、甲斐さんよりは日比課長の方が色々大変でしょう」
「それはどうしてそう思うのかな?」
 袁満さんは、甲斐さんよりは日比課長の方が、と云う頑治さんの言葉に少し引っかかったようでありました。つまり大変さと云う点に於いて、甲斐計子女史が軽んじられているように感じたのでありましょう。大事な甲斐計子女史を差し置いて、日比課長の方が大変だと云うのは何たる不見識且つ、不届き千万な妄言ではないか、と。
 頑治さんにはそんな謂い等、毛の先程もなかったのでありました。まあこれは、一種の袁満さんの身贔屓と云うものに近いでありますか。
「だって日比課長は養うべきご家族がおありでしょう。確かお子さんは今年中学校に入ると云うお歳じゃなかったですかね。まあ、こういう云い方は袁満さんにはカチンとくるかも知れませんが、独り身の甲斐さんに比べるとそこは矢張り日比課長の方が、早く次の就職先を見付けないといけないと云う焦りもあるし、大変なんじゃないですかね」
「甲斐さんにだって、お母さんとお兄さんがと云う家族が居るし」
「でも甲斐さんのお母さんもお兄さんも、夫々に収入の道をお持ちでしょう?」
「それはそうだけど。・・・」
 袁満さんは、確かに頑治さんの云う通りだけれども、しかし甲斐さんと日比課長の比較に於いて、日比課長の方がより大変だと云う論には、未だ完全には承服出来かねる、と云った口調で、不本意ながらも渋々と云った風情で諾うのでありました。
「ああところで、先程甲斐さんの家に夕食に招かれたとかおっしゃいましたが、その折には甲斐さんのお母さんやお兄さんもいらしたんでしょう?」
 若しそうなら、これは正式に甲斐計子女史のご家族に、二人の交際の報告をするために行った、と云う事になるのではないかと頑治さんは考えたのであります。
「いや、お母さんとお兄さんは、信州の親戚の家に法事で行っていて、その日は甲斐さんだけだったんだよ。甲斐さん本人は会社でのゴタゴタの真っ最中で多事多忙だからと云うので、同行しなくて一人で留守番と云う事だったんだよ」
「と云う事はつまり、ご家族の不在に付け込んで、二人で秘かに俄か夫婦気取りを楽しんだ、と云う事になるのですかね?」
 頑治さんは人の悪い推察を敢えて披露して袁満さんを冷やかすのでありました。
「そんなんじゃないよ!」
 袁満さんは躍起になって否定するのでありました。しかしそう冷やかされて、満更でもないようなところが語気に表れているようでありましたか。
「で、それは兎も角、甲斐さんは向後どうする心算なんですかね?」
 頑治さんはここで前の話題に戻るのでありました。
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。