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あなたのとりこ 481 [あなたのとりこ 17 創作]

 思いがけなかったようで出雲さんは少し戸惑いの表情をするのでありましたが、すぐに笑顔を見せて組合員夫々に感謝の言葉を投げるのでありました。考えてみたら山尾主任が辞めた時には、このような送別のセレモニーはなかったのでありました。
 この差は何かと考えて見ると、要は他の従業員が山尾主任よりは出雲さんの方に屈託を感じていなかったが故でありましょうか。山尾主任は何方かと云うと万事に格式張りたい方で、何に依らず謹慎なる態度をはっきり他人に求める傾向が強いタイプであったから、ちょっと煙ったい存在であったと云うところでありますか。こういうところは、本人は不本意でありましょうが、土師尾常務に少し似ているとも云えるでありましょう。
 出雲さんはその点程良くくだけていて、他人の振る舞いに対してもなかなか鷹揚でありましたか。そう云うところは、山尾主任から見ればちゃらんぽらんとも見えていたかも知れません。しかしその方が気さくで煙ったがられない点で得ではありましょう。
 とまれ出雲さんが会社を辞めてからと云うもの、袁満さんはと云うとすっかり気落ちした風で、言葉を交わしても表面は何時もと変わらないようでも、どこか寂し気な風情が頭上にもやっと漂っているのでありました。何だか同じ立場にいた後輩が居なくなって、会社の中で孤立して仕舞ったような気分になっているのかも知れません。
 袁満さんはと云えば何に依らず既定が維持されている状態に安堵を覚えると云ったタイプの人で、変化を嫌う、或いは常態の変更が苦手と云った気風の人でありました。現状の変化の兆しを感じると先ずは気後れを覚えて、警戒心を抱くのでありますが、かと云って積極的に変化を食い止めるとか抵抗すると云う能動性はなくて、ただ陰鬱そうに身を固く縮めて変化を遣り過ごして、後にその変化に自分の身が狎れるのを待つのであります。まあ、自棄を起こすよりはその方が確かに賢明な処身と云えるかも知れませんが。
 その袁満さんが何とか出雲さんの不在に慣れてきた辺りで、今度は片久那制作部長の退社が現実味を帯びて来るのでありました。袁満さんはこれに対しても何かと先回りに気を揉み始めるのでありました。まあしかし、営業部の仕事に直接何らかの影響が及ぶ訳でもないからか、その心配は専ら土師尾常務の跋扈に対する危惧でありましたか。
 しかし従業員単独ではなく組合員一丸で以ってそれに臨むと云う確認が既になされていたから、袁満さんは為す術無くくよくよすると云った程ではないのでありました。しかし袁満さんは組合の委員長でありますから、結局矢面に立つのは先ず自分であろうと云う危惧はあるようで、気鬱はなかなか晴れないのは仕方のない事でもありますか。
 片久那制作部長がこれ迄担っていた制作部仕事の均目さんへの移行は、任せても当面何とか大丈夫であろうと云う程度には完了した頃でありましたが、頑治さんが定期に池袋の宇留斉製本所に向かう折に、長い付き合いであったからちょっと挨拶するために同道したいと片久那制作部長が申し出るのでありました。勿論拒む謂れも気も権限もないから頑治さんは気安く頷いて見せるのでありました。考えてみればこれ迄片久那制作部長と二人して、仕事で何処かに出掛けた事なんかは全く以って一度もなかったのでありました。
 当日倉庫で宇留斉製本所に持って行く荷を車に積み込んでから、頑治さんはインターフォンで片久那制作部長に出掛ける用意が整った旨を告げるのでありました。
(続)
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