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あなたのとりこ 476 [あなたのとりこ 16 創作]

「じゃあ、まあ、片久那さんが居なくても製作も営業も何とかなるのね」
 甲斐計子女史が確認するのでありました。
「最初はまごまごするとしても、まあ、確かにどうにか大丈夫かな」
 均目さんは充分の確信、とはいかない迄も一定の力強さで頷くのでありました。
「あくまでもあの土師尾常務が下らない魂胆から、妙な邪魔や謀をしない、と云う前提があれば、と云う事になるけどね」
 日比課長も条件付きながら明るい見通しを表明して見せるのでありました。
 片久那制作部長が辞めても何となくの目途としてではありますが、それで会社がすっかり立ち行かなくなると云う訳ではなさそうな按配であります。会社存亡の危機と云う認識から、その緊張に拉がれてこの場に集った者達の切迫感が少し緩むのでありました。

 一番打ち拉がれていた袁満さんに多少の元気が戻ったようで、袁満さんは近くを通りかかった店員に、日比課長の前に置いてある日本酒の徳利を見遣りながら自らもう二本ばかり徳利の追加と、それに自分用の猪口も要求するのでありました。それに刺激された訳ではないのでありますが、頑治さんも自分用の猪口を一緒に頼むのでありました。
「懸案は、結局、土師尾さんとの折り合いと云う事になりそうね」
 那間裕子女史が自分のグラスに残っていたビールを空けるのでありました。
「それが一番の難問と云うところかな」
 横の均目さんが那間裕子女史のグラスにビールを注ぎ足すのでありました。それから瓶に残った分を自分のグラスにすっかり空けるのでありました。
「片久那制作部長が居なくなったら、それこそ晴れて自分の天下が到来したと思って、これ迄以上に遣りたい放題をやらかし始めるだろうなあ」
 日比課長が新たに袁満さんに依る徳利二本分の日本酒の注文に安心してか、それ迄飲んでいた徳利の酒を猪口に空けるのでありました。猪口には表面張力に依ってやや縁より盛り上がった酒が、ギリギリ溢れないでユラユラと揺れているのでありました。
「そこはしっかり組合で牽制して、自儘を許さない雰囲気を作っておかないとね」
 袁満さんが未だ頼んだ徳利と猪口が来ないので、手持無沙汰そうに卓上の空のビールグラスを握ったり放したりしながら云うのでありました。
「考えてみればあたし達には、あの人を必要以上に恐れる理由は何も無い訳だしね」
 甲斐計子女史は云った後でウーロン茶を一口飲むのでありました。
「あんなちんけなヤツなんか恐れている訳じゃないけど、何となく付き合うのが面倒臭い人ではあるよ。話していてもちっとも愉快じゃないし、苦手なタイプだな」
 袁満さんが顰め面をするのでありました。
「その割に袁満君がアイツと話しているところを見ていると、緊張してビクビクしてしどろもどろになっているように見えるのは、俺の目が悪いせいかな」
 日比課長がからかうのでありました。
「別にしどろもどろになんかなっていないよ、俺は」
(続)
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