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あなたのとりこ 461 [あなたのとりこ 16 創作]

「それはどう云う事ですかね?」
「去年の十二月に売り上げが落ちてボーナスを出せないと云う事があったけど、あの時ちょっと会社の決算を調べてみたんだよ。俺もその時は未だ従業員だったから、当然俺のボーナスも出ない訳だから、それは大いに困るから、まあ、結構真剣にね」
 片久那制作部長はここで少し笑って見せるのでありました。「それで決算書を出せと云ったら、社長は最初渋っていたけど、従業員の一時金を出さないとなるとそれなりの根拠を示さなければ、それは受け入れられないと強く圧したら、嫌々ながらも出してきた」
「決算書の数字は、片久那さんは初めから知っていたんじゃないの?」
 甲斐計子女史が小首を傾げながら訊き質すのでありました。
「いや、決算とか税理とかの、経営に関する事は社長の専任で、俺はノータッチだよ。会社お抱えの公認会計士とか税理士とかと社長が共同でやっていたからね。決算書を作るための色々な数字は俺の方で出すけど、出来上がった決算書とか税務署に出す申告書なんかに関しては、当然社長は俺には一切見せてはくれなかったよ」
「ふうん、そんなものなんだ」
 袁満さんはその辺の少し込み入った事情が良く呑み込めないようでありました。
「そりゃあ、部長と云えども一従業員が経営に関する事に立ち入る事は出来ないさ」
 日比課長がしたり顔で袁満さんの不見識を笑うのでありました。
「まあ、案外そうでもないんだろうけどね。強く要求すれば俺も見る事が出来たんろうけど、そこ迄は俺はしない。社長には俺に見せたくない事情もあったろうしね」
 片久那制作部長が、日比課長の半可と袁満さんに対する高飛車を軽く咎めるような云い草をするのでありました。まあ、それはさて置くとして、片久那制作部長が決算書や申告書迄自分に見せろと社長に今迄要求しなかったのは、要するに社長に対する一種の侮りと、一種の寛恕の気持ちからであろうと頑治さんは推察するのでありました。
 そこ迄やると社長を体面が潰れる迄追い詰める事になるかも知れないし、ひょっとして体面の潰れた社長が破れかぶれに逆切れして会社を畳むとか云い出すと、それは元も子もないと云う判断があったのでありましょう。しかし、事が自分のボーナスに関わるとなると、それは寛恕の気持ちとか澄ましている場合ではなく、そんな余裕綽々はさて置いて、決算者を見せろと急に豹変して凄んで見せたと云う事でありますか。
 社長も片久那制作部長の剣幕に粟立って、算書を渋々出す破目になったのでありましょう。社長としたらうっかりそれを拒む事で、若し片久那制作部長にそれじゃあ会社を辞めるとか喧嘩腰になられたら怖い、と云う警戒心があったと思われるのであります。
「さあて、その決算書の数字なんだが、・・・」
 片久那制作部長は眉根を寄せて沈痛な面持ちをして見せるのでありました。「まあ、ありきたりなところで見てみると、例えば交通費なんかは従業員の通勤手当分を合算して、その他営業回りで使う分が土師尾常務と日比さんで、多く見積もって二千数百円として、それに営業日を掛けるとすぐに出て来るだろう。交通費は結構導きやすい数字だ」
 片久那制作部長はそこで一拍取るように深呼吸をするのでありました。
(続)
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