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あなたのとりこ 459 [あなたのとりこ 16 創作]

「出雲君が社長室を出て行った後、残った俺と土師尾常務に向かって、土師尾常務の報酬を上げる事にするとか、社長が急に云い出したんだよ」
 片久那制作部長は口重な風情で喋り始めるのでありました。「それはどういう文脈で発せられた言葉なのか、俺にはすぐにはピンとこなかったけど」
 とは云うけれど、何に付けても洞察の鋭い片久那制作部長の事だから、屹度すぐにピンときたろうと頑治さんは思うのでありました。
「どうしてそのタイミングでそんな話しが出たんだろう?」
 袁満さんが呟くのでありましたが、それはこの場では不必要な一言で、片久那制作部長の話しの腰を折る、と云ったような具合でありましたか。当人もそれに気付いて、ああご免、とこの不謹慎を小声でおどおど謝ってその後は口を噤むのでありました。
「俺も先ずそう思ったよ」
 片久那制作部長が袁満さんを見据えるのでありました。「当然考えられるような事としては、出雲君に退職届を出させたことに対する評価、と云う事になる」
「つまり出雲君に辛く当たって、出雲君が退職願を出したくなるように仕向けたのを評価して、報酬を上げる事にしたと云う事ですか?」
 均目さんが言葉を挟むのでありました。
「他には特に、何も妥当な理由は考え付かないわね」
 那間裕子女史が後に続くのでありました。均目さんと那間裕子女史のこの口出しに対しては、片久那制作部長は特に不愉快そうな顔を向けないのでありました。
「社長としては、売り上げがじり貧だと云うのに、従業員の賃金も上がって是正金も出して、これから先組合の目があるから思うような査定も出来そうにないのなら、人員を整理する事で人件費の総額を抑えたいと云う考えは自然に思い付くだろう」
「で、一人会社を辞めさせることに成功したんで、それに貢献した対価を土師尾常務に払うと云う訳か。でもそれは、何だか奇妙奇天烈な理由だよなあ」
 袁満さんが首を傾げるのでありました。これは特に場にそぐわない科白と云う感じではないので、ここでは袁満さんは不興を買う事はないのでありました。
「確かに妙ちきりんな判断には違いない」
 片久那制作部長は一つ頷くのでありました。「予め出雲君を辞めさせると云う社長と土師尾常務共通の魂胆があって、それが成就したら土師尾常務の報酬を上げると云う約束が、ひょっとしたら俺の知らないところで成立していたのかも知れない」
「確かにあの二人なら、そんな阿漕な秘密の申し合わせもちゃっかりやりかねないな」
 日比課長が呟くのでありました。「碌でもない謀はすぐ考え付くからなあ」
「出雲君を辞めさせる事で人件費の総額を抑えると云うのなら、それに成功したのに土師尾さんの報酬を上げるのは、何となく謀として抜かりがあるように思えるけど」
 これは甲斐計子女史の科白でありました。
「出雲さんの年収を上回らない額を上乗せするなら、そう云う遣り口も成立するかな」
 頑治さんも一応話しに参加していると云う体面から言葉を発するのでありました。
(続)
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