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あなたのとりこ 458 [あなたのとりこ 16 創作]

「何、今朝の出雲君の退職願の話し?」
 日比課長は横の出雲さんに喋り掛けるのでありました。
「いやまあ、それとは別っスけど」
 出雲さんは何となく返事を濁すのでありました。
「出雲君ばかりじゃなくて、片久那制作部長も会社を辞めると云う話しだよ」
 袁満さんが日比課長に眉根を寄せた顔を向けるのでありました。
「え、片久那制作部長も会社を辞める?」
 日比課長は目を剥くのでありました。「部長、それは本当ですか?」
「うん。止める」
 片久那制作部長が目を剥いた日比課長の顔を見据えて一つ頷くのでありました。
「何でまた、出し抜けにそんな事になったんですか?」
「それを今から訊くために、こうして集まっているんだよ」
 袁満さんが日比課長に応えてから片久那制作部長の方に顔を戻すのでありました。
「今話した出雲君の退職金の事にしてもそうだが、合理的な展望も無く相手の弱気とか面倒臭さに付け込んで、有耶無耶の内にとかあわよくばとかの当座の解決を目論む小人根性と云うのは、到底会社経営者の器とは思えない。そう云う社長と土師尾常務の姑息さと恣意と、良い加減さと気紛れに付き合うのにほとほと愛想が尽きたと云う事だ」
 姑息とか恣意とか良い加減とか気紛れとかの芳しからざる評言を四種類も並べ立てるのは、片久那制作部長の二人に対する甚大な悪感情を表わしているのでありましょう。軽蔑と侮り程度だけならこんな悪口の総棚浚えは多分しないでありましょうから、間違いなく片久那制作部長には二人に対する、憎悪、の念があるでありましょう。頑治さんとしては片久那制作部長の公式的な退職理由なんかよりは、その感情が形成されてきた経緯を、本人が自らどんな言葉で語るかのか、と云うところに寧ろ興味が湧くのでありました。
「出雲君の退職金の事以外に、社長と土師尾さんと一体何を話したと云うんですか?」
 那間裕子女史が片久那制作部長を上目で見るのでありました。
「それは会社の機微に属する事もあるから、ここではがさつに云えないが」
「そんな曖昧に誤魔化されたら、片久那さんが会社を辞めるはっきりした理由があたし達にはちっとも判らないし、理解を寄せる事も出来ないじゃないですか」
「これ迄あの社長と土師尾常務の為人を見てきたなら、あの二人がどういう人間なのかは既に那間君も判っているだろう。それに今迄我慢して付き合ってきた、と云うよりは、社員の手前、無理にも庇うような事をしてきた俺の苦衷も、判るだろう?」
「それは確かに、日頃から社長と土師尾常務にはうんざりさせられる事が多々あるけど、だからってこのタイミングで会社を辞める片久那さんの真意は矢張り判らないわ」
 こう云われて片久那制作部長は眉間に皺を寄せて少し黙るのでありました。このタイミング、と云う点は先程迄の社長室での遣り取りを披露するのが明快な説明と云う事になるでありましょうが、それをうっかり洗い浚い話して良いものか、洗い浚い話す事で自分の信頼度や侠気の評価が下がりはしないかとか秘かに見積もっているのかも知れません。
(続)
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