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あなたのとりこ 166 [あなたのとりこ 6 創作]

 横瀬氏は少し間を取るためかコーヒーを一口悠長に啜るのでありました。那間裕子女史の方は何を勿体付けているのかと云ったような、苛々を隠さない目でその様子を睨み付けながら氏の次の言葉を待つのでありました。
「無い袖は振れない、と云う事は至極尤もな理屈ですよ」
 横瀬氏はコーヒーカップを小さな音を立てて受け皿に戻すのでありました。「しかしその理屈を覆させるためにはあれこれ手が必要なのですよ。一つは、一般的に会社にはいざと云う時のために一定の資金が必ず蓄えられている筈です。ですからそれを一時金に当てて貰う事は交渉次第で可能です。まあ、何だかんだと尤もらしい理由を云い連ねて抵抗するでしょうがね。しかしながら先ずはそれを踏まえた上で交渉すると云う事です。必ず原資は有るのだと云う、こちらが揺るがないだけの確信と情報と気概が必要ですな」
「気概、ですか?」
 那間裕子女史は落胆と懐疑の色を言葉に載せるのでありました。「心構えと云うのか、絶対ぶん取るぞと云う気持ちがこちらにあればボーナスが必ず出ると云う事ですかね」
「そうです。先ずはそれが一番大事です」
 横瀬氏は那間裕子女史の揶揄的な云い草をあっさり往なすのでありました。「もう一つ私は、情報、と云いましたが、どのくらいの留保金があるのかを知っておいた方が良い。交渉で向こうが出せるギリギリの線を予め決めておくためにね」
 それは尤もな事であろうと、頑治さんは横是氏にも那間裕子女史にも、それに袁満さんにも山尾主任にも均目さんにも気取られない程度に小さく頷くのでありました。
「甲斐さんに訊けば知っているだろうな」
 山尾主任が頑治さんとは違って皆にはっきり知れるように頷くのでありました。
「でも、おいそれと教えてくれますかね」
 均目さんが首を傾げるのでありました。
「自分の貰うボーナスにも絡む訳だから、訊けば俺達にも教えてくれるんじゃないの。甲斐さんも土師尾営業部長の事は嫌っているし、社長とべったりと云う事でもないから」
 袁満さんが楽観的な推測をものすのでありました。
「そんなに都合好く教えてくれるかなあ」
 均目さんは首を傾げた儘薄笑いを浮かべるのでありました。
「その、甲斐さんと云うのは?」
 横瀬氏が均目さんの方を向いて訊くのでありました。
「会社の会計を担当している女性ですよ」
 山尾主任が代わって応えるのでありました。
「そう云う人は必ず味方に付けておいた方が良いですね」
 横瀬氏が云うと山尾主任は律義そうな顔でこっくりをするのでありました。
「明日、俺の方からそれとなく聞いてみますよ」
 山尾主任の言に横瀬氏は満足気に頷くのでありました。
(続)
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