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あなたのとりこ 695 [あなたのとりこ 24 創作]

 頑治さんは頭を掻くのでありました。それを見た那間裕子女史はまた舌打ちして、一升瓶を取り上げて自分のコップに自らなみなみと酒を注ぐのでありました。こうなったら飲むしか他に遣るべき何事もないと云うところでありますか。
「そんなにハイピッチで飲むと体に悪いですよ」
「つべこべ云わないの」
 頑治さんの心配顔を横眼に、那間裕子女史はまたそれを一気飲みで喉に流し込むのでありました。もうこれは自棄酒の類いとも云うものであります。
 こうなってはもう、傍でなんと諌めても聞き入れる筈はないでありましょう。頑治さんは嫌な予感に苛まれながら那間裕子女史の飲む姿を見据えているのでありました。

 那間裕子女史の体がぐらりと揺れるのでありました。女史の目が半眼になっているからその目玉の状態は確とは判らないのでありましたが、屹度何物もフォーカスしてはいないのでありましょう。止まろうとする独楽が揺れながら回るように体が揺れていて、それは屹度酔いのために目が回っているのを反映しているのでありましょうか。
 那間裕子女史の体軸の揺れが重心軸の補正域外にはみ出した後、女史は頑治さんの肩に崩れかかるのでありました。それは気を失ったような倒れ掛かり方でありました。
「大丈夫ですか?」
 これで大丈夫な訳がないと判っていながらも、頑治さんは自分の肩の上の那間裕子女史の頬に訊くのでありました。勿論返答はないのでありました。これではこの前、酔い潰れてこのアパートに遣って来て、玄関先で倒れていた時の焼き直しであります。
 頑治さんはその儘無体に肩をどけて、那間裕子女史の頭を畳の上に落とすのも気が引けるものだから、左手で女史の頭を支えてそろりと肩を抜くと、女史をゆっくり畳の上に仰向けに寝かせるのでありました。女史は前後不覚と云う感じで、体の力が抜けているものだから、無事に横たわらせる迄が一苦労なのでありました。
 さてどうするかと、頑治さんは那間裕子女史の寝顔を見下ろしながら考えるのでありました。未だ電車の動いている内に寝覚めてくれれば良いものだけど、若し終電を過ぎても寝た儘だとすれば、これはまた厄介な事であります。今次は、均目さんとの経緯を聞かされた以上、均目さんに救援を求める事も出来そうにないでありましょうから。
 しかしそれにしても那間裕子女史は先回と合わせて二回も、曲がりなりにも男児たる頑治さんの家に遣って来て、その前でこうも簡単に酔いつぶれて仕舞うと云うのは、如何にも不用心な人であります。若し頑治さんに悪心があるなら、この油断は格好の餌食にされると云う事ではありませんか。まあ、酔いつぶれる前に那間裕子女史は頑治さんに迫って来たのではありますから、寧ろこれは意中の事だと云えなくもないかも知れませんが。
 兎に角何れにしても、頑治さんは困るのでありました。この窮地を脱するためには、無責任且つ不人情ながら、三十六計しかないようであります。そうするとその内に酔いも去って覚醒した那間裕子女史は、頑治さんがこのアパートに居ない事に気が付いて、途方に暮れてすごすごと自分の家に帰って行くしかないと云う寸法であります。
(続)
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