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あなたのとりこ 693 [あなたのとりこ 24 創作]

 それはそうでありますか。那間裕子女史も均目さんもそんなに鈍感な性質ではないし、お互いの心持ちに察しがついたならば、後は出来るだけ穏やかに背を向ければそれで済む事でありますか。確かにその方が如何にも自然かも知れないでありましょうか。
「まあ、妙なけじめ意識はこの際不要ですかね。俺の性分としては何だか曖昧に事が終わるのは、どうしてもどこか落ち着かない気がして仕舞いますけどね」
「終わったとお互いが感じれば、それが決着よ。事後処理なんかは何もなしよ」
 那間裕子女史はそう云ってコップの中の日本酒を干すのでありました。
「なんだか妙にさばさばし過ぎているような気がしないでもないですけど」
「唐目君は律義な性格なのね、屹度。それとも実はウェットな人なのかしらね」
「ウェットと云うのはつまり、めそめそしていると云う事ですかね?」
 頑治さんは那間裕子女史のコップに一升瓶を傾けて酒を注ぎ足すのでありました。
「めそめそと云うのじゃなくて、実は感情が後を引くタイプと云うのか」
「感情が後を引く、という表現が今一つ俺には判りにくいのですが、まあ要するに、未練がましいヤツだと云う事ですかね」
「白黒をはっきりさせないと気が済まないとか、綺麗さっぱり物事に終止符を打たないと落ち着かないとか云うのは、実は最後の最後迄物事をはっきりさせたくないとか、完全に終わりだと云う認識を持ちたくないとか云う気持ちの裏腹な現れなんじゃないかしらね。何だか自分でも云っている事がよく判らなくなってきたけど」
 那間裕子女史はコップの酒を一気に半分程口の中に流し込むのでありました。
「難しい事になってきましたね」
 頑治さんは腕組みして首を傾げて見せるのでありました。
「もうこの話しは止しましょう」
 那間裕子女史はコップに残っている酒をまたほぼ一口で飲み干すのでありました。随分早いペース、と云うよりは無茶な飲み方と云うべきでありましょうか。
「まあ、俺もこの手の話しは苦手だから、止す事に一票、ですねえ」
「ところでさあ、・・・」
 那間裕子女史はそう云って頑治さんに視線を向けるのでありました。何やら目が妙に座っているように見えるのは、コップの中身を二口で空けた酔いが急に回ったためでありましょうか。頑治さんはその眼容に気圧されたようにおどおどしながら、また那間裕子女史の空いたコップに酒を急いでなみなみと注ぎ足すのでありました。
「ところで、・・・そう云う訳で、あたしは今フリーと云う事よ」
 那間裕子女史は一升瓶の口際を持った頑治さんの右手の甲に、自分の左掌を重ねるのでありました。「云っている事、判るわよね?」
 那間裕子女史の掌が妙に熱いのは、屹度酔っているために違いないと頑治さんはどぎまぎしながら考えるのでありました。それで一升瓶を畳に置く動作に紛らわせて、那間裕子女史の掌をやんわりと自分の手の甲から、不自然にならないように振り解くのでありました。なかなか上手にそれはやれたと頑治さんは秘かに満足するのでありました。
(続)
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