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あなたのとりこ 692 [あなたのとりこ 24 創作]

「そう簡単に均目君との関係を終わらせて良いのですか?」
 頑治さんも缶ビールを飲み終えるのでありました。それからそう云いながら立ち上がって、未だ飲み足りていないであろう那間裕子女史のために、炊事場からコップを二つ持ってきて自分と女史の前に置いて、本棚脇から日本酒の一升瓶を徐に取り出して、夫々のコップになみなみと冷や酒を注ぎ入れるのでありました。
「徳利も猪口もウチにはないので、冷やで勘弁してください」
 頑治さんはそう云って掌を上に向けて差し出して、好ければどうぞ飲んでくれと云う仕草をやや慇懃にするのでありました。
「うん、有難う」
 那間裕子女史は零さないように気を付けながらコップを取り上げて、一口飲むのでありました。「考えてみれば、実はとっくに均目君とは終わっていたような気がするわ」
 那間裕子女史は取り上げる時よりはぞんざいにコップを下に置くのでありました。
「とっくに終わっていた、のですか?」
 頑治さんは女史の言葉を繰り返して見せるのでありました。
「そうね。この人とはこの先長く一緒にいる事は出来ないと、随分前からそう思っていたのよ、あたしは。まあ、惰性とほんの少しの未練から、付き合い続けてはいたけど」
「随分前、と云うのは何時頃ですかね?」
「そうね、唐目君が会社に入って来た頃かしらね」
 那間裕子女史はそう云ってから頑治さんを上目で見るのでありました。頑治さんはその言葉にどう反応して良いのか判らず、おどおどと視線を逸らすのでありました。
「随分と長い、惰性とほんの少しの未練、ですね。・・・いや、そんなに長くもないか」
 頑治さんは少しおどけたような物腰で受け応えるのでありました。
「長いか長くないかは判らないけど、潔いと云える時間は疾うに過ぎているかしらね。まあつまり、唐目君が会社に入って来たのが転機ね」
 これにも頑治さんはどんな言葉を返して良いのやら判りかねて、自分のコップを取り上げて中の酒をやや多めに、しかし噎せない程度に口の中に流し込むのでありました。何やら那間裕子女史は均目さんとの別れに、何かと頑治さんを絡めようとしているように思えるのでありましたが、これは頑治さんの邪推、あるいは思い過ごしでありましょうか。
「あくまでも転機で、原因だとは云っていないからね、念のため云っておくけど」
 頑治さんが何だか困っているような妙な表情をしているのを認めて、那間裕子女史はそう後に続けるのでありました。頑治さんは自分の好い気な勘違いを指摘されたような心持ちになって、何となくもじもじとして仕舞うのでありました。
「均目さんとその事について、ちゃんと話し合ってはいないのですかね?」
「別に話し合う必要はないんじゃないかしら。これ々々こう云う訳だから別れましょうなんて、態々そう宣言して終わる必要もないんじゃないの、こう云う事は」
「まあそうですけど、何となくけじめを付けると云うところで。・・・」
「お互いの気持ちが離れた事は、態々云わなくてもお互いに判るでしょう」
(続)
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