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あなたのとりこ 691 [あなたのとりこ 24 創作]

「いやあ、特には何もありませんよ」
「そこで、均目君よ」
 那間裕子女史は人差し指を一本立てて見せるのでありました。「何だか均目君は片久那さんと連絡を取り合っていて、今度のあたし達四人の退職とか組合解散なんかにも、均目君を通して片久那さんの思惑が反映されているような気がしているのよ、あたしには」
「ああそうですか」
 頑治さんはどこか鈍そうなもの云いをするのでありました。しかしこの鈍感な反応なんと云うものは、実は頑治さんの偽装と云うべきものなのであるました。腹の中では那間裕子女史は流石に鋭いと、少しばかり舌を巻いているのでありました。
「本来の均目君は結構な悲観論者で、大凡の事に対してネガティブ思考の人の筈なんだけど、今回の会社を辞めると云う事でも均目君はそんなに焦ってはいない風なのよ。何だか妙にのんびりとしているように見えて、ちっとも何時もの均目君らしくないのよね」
 ここで那間裕子女史は自得するように一つ頷くのでありました。「それは多分、もう次の仕事が決まっているからだと思うの。で、その次の仕事と云うのはつまり、片久那さんと何やら繋がりのある仕事なんじゃないかなとあたしは思うのよ」
「何かそれっぽい情報とかあるんですか?」
「そうじゃなくて、これは全くの、あたしの勘なんだけどね」
 那間裕子女史は頑治さんを上目で見るのでありました。
「均目君に直接確認してみる、と云うのはないのですかね?」
「あの日以来均目君とは没交渉、と云うか、会話すらも殆どないし」
「互いの家に行き来する回数とかが減ったんですかね?」
「行き来はないわ。と云うか電話もしないし、かかっても来ないし」
「絶交状態、と云う「感じですかね?」
「まあ、会社の中ではあれこれ喋るけどね」
 二人の仲もすっかり解消でありますか。均目さんにとっては那間裕子女史が頑治さんの家に酔い潰れながらも意志に依って行って仕舞った、と云う事実が、何やら女子への思いを急激に薄くした原因なのでありましょうか。那間裕子女史にしても、前から均目さんに対してどこか冷めていて、だから頑治さんの方に気紛れに目移りしたと云う事なのでありましょうか。まあ、これはあくまで頑治さんの推察以上ではないのでありますが。
「ま、均目君との事は終わったようなものね」
 那間裕子女史はグイと缶ビールを空けるのでありました。

 均目さんは那間裕子女史が酔い潰れて頑治さんのアパートに来て、それを厄介を厭わず自ら連れ帰った後は、女史にそんな真似をさせた事に対する後悔と云うべきか反省と云うべきか、そう云う心根から殊勝に女史に対してつれない態度を改めるようになるだろうと頑治さんは考えたのでありましたが、どうやらそうではないのでありました。那間裕子女史に依れば、均目さんと女史との関係は終わったようなものだと云うのであります。
(続)
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