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あなたのとりこ 193 [あなたのとりこ 7 創作]

 まあ、袁満さんは楽天的な人柄なのでそれを苦にしているようには見えないのでありました。案外この活動に、自分の本来の居場所を見つけた心地なのかも知れませんし。
 と云う事で、メンバーの中では山尾主任と袁満さんが突出して活動に積極的な風情でありました。しかし山尾主任は年が改まった早々に結婚を控えているのでありますが、こちらの方は一体どのような具合になっているのでありましょうや。全くの他人事には違いないのでありますが、頑治さんは少し心配になるのでありました。
 聞けばご両人とその家族でグアム島に行って結婚式を挙げると云う事でありますが、式の準備や渡航の手続き等、今が一番ウキウキしていて忙しい時でありましょうに。春闘に向けての労働組合結成と云う、あんまり色艶の無い用事にかまけている場合ではないのではありませんかしら。ま、典型的な余計なお世話の内ではありましょうが。
 山尾主任の結婚相手の女性から会社に電話がかかって来る事は全く無いと、前に均目さんから頑治さんは聞いた事があるのでありました。顔も声も雰囲気も知らないからどんな感じの女性なのか均目さんは全く知らないと云う話しであります。余程の用が無い限り山尾主任がその女性に会社への電話を禁じてでもいるのでありましょうか。
 大体に於いて山尾主任本人もその女性の事を話題に上げるのは皆無のようであります。均目さんがそれとなく話しを向けてもはぐらかされるのが常だそうであります。会社の連中にはあんまり相手の女性の事を喋りたくないと云う考えでありましょうか。それともその女性の方が自分の事を色々喋られたくないと云う意向なのかも知れませんが。
 尤もこんな事は山尾主任の気持ちの問題でありそれ以外では全くない話しであります。山尾主任が惚気の一つも云わないのをとやこういう筋合いは、他の誰にも無いと云えば無いのであります。まあ、愛想の無い事で、と云う印象は抱く事が出来るとしても。
 そう云えば日比課長が酒の席だったか、悪意ではないにしろちょっとからかってやろうとして、冗談口調でちょっかいを出したのを頑治さんは目撃した事がありましたか。その折も山尾主任はあからさまではないながらも、いなすように一言二言返しただけで如何にも迷惑そうな表情で、それ以上あれこれ聞いてくれるなと云ったような慎につれない風情でありましたか。ひょっとしたら自慢も出来ない、或いは人には云えない事情を抱えた相手じゃないのかと、後で日比課長は下卑たにやけ顔で詮索しているのでありました。
 日比課長の下卑た詮索は脇に置くとしても、確かに山尾主任に結婚を間近に控えた浮付きはあんまり見られないのでありました。結婚と云う儀式に対してクールであると云うよりは、結婚する事そのものが何処か大儀そうにも見えるのでありました。慶事であるにしても愈々事が差し迫って来て、待望の反動で気重が頭を擡げて来たと云うところでありましょうか。まあ、余計なお世話序の、頑治さんの些細な気掛かり事であります。

 新宿の件のジャズ酒場で頑治さんは均目さんと那間裕子女史とグラスを傾けているのでありました。このジャズ酒場に限らず時には近くの居酒屋や小さな小料理屋で、水曜日の労働組合結成準備会議が終わった後にこの三人で屡酒を飲むようになるのでありました。他のメンバーはどうしたものか殆ど誘わないのでありました。
(続)
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