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あなたのとりこ 190 [あなたのとりこ 7 創作]

「頑ちゃんは相変わらず気楽ね」
 夕美さんが笑うのでありました。
「貰う時に他の連中は苦虫を噛み潰したような顔で受け取っていると云うのに、俺は竟々笑みが毀れそうになって仕舞って、少し困ったよ」
「それはそうよ。経緯から、嬉しがる局面じゃないもの」
「でもまあ、竟ね」
 頑治さんは海老のチリソースに箸を伸ばすのでありました。
「で、その二万円の臨時収入でこの食事を驕ってくれている訳ね」
「そう云う事。だから遠慮しないでどんどん食ってくれよ」
「でも話しを聞くと、何だか少し遠慮したいような心持ちになるけど」
「そんな事無いって。どうせ他には、数冊本を買うくらいしか使い道は無いもの」
「服とか買えば良いんじゃないの」
 そう云いながら夕美さんは少し目を動かして頑治さんの服装をチェックするのでありました。特に洒落た物を着ている訳ではないけれど、清潔ではある筈であります。
「でも、服装に気を遣うような仕事はしていないもの。不潔じゃなく小ざっぱりしていれば充分さ。元々俺は服装への執着心は特に持っていない方だから」
 聞き様によっては慎に愛想の無い頑治さんの応答でありますか。
「それなら正月飾りとかは? ・・・まあ、買わないと思うけど」
「買わない」
 慎に簡潔にしてきっぱりした返答であります。
「じゃあ、まあ、良いか。ここは素直に驕られておくか」
 夕美さんはもう一欠片、あんかけの蟹玉を取り皿に取るのでありました。
「どころで、正月は故郷に帰るの?」
 頑治さんはふと思い付いたように訊くのでありました。
「うん。お母さんがここのところずっと体の具合が良くないようだから」
 夕美さんはそう云いながら少し陰鬱な表情をするのでありました。
「ああそうなんだ」
 前にその事は夕美さんから触り程度は聞いているのでありました。急に物が食べられなくなって二週間程病院に入院して、退院後もあんまり捗々しく食欲は回復せず、何時か機会を見付けて精密検査する事になっていると云う事でありましたか。
「その事もあるし、県立博物館にもちょっと顔出ししておきたいし」
「それは就職の件で、と云う事かな?」
「まあ、はっきりそうと云う訳じゃないけど、一応顔繋ぎに」
「博士課程に進学するのは止したの?」
「未だ迷っているのよ」
「論文はもう片が付いたのかい」
「そうね。そっちは何となく目途は立ったわ」
(続)
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