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あなたのとりこ 593 [あなたのとりこ 20 創作]

「実際の営業回りしてみての実感も、まあ確かに前に比べて良くはないですね」
「それは僕も最近頓に感じている」
 ここで待っていましたとばかりに、土師尾常務が日比課長の言に乗っかってしゃしゃり出てくるのでありました。「特に利益率の高い自社製品の評判が芳しくない。昔から一定の人気のあった定番商品すら、ここのところ全く見積もり対象として挙がってこないし、魅力的な新開発商品も片久那君が辞めてからは何も出来ていない」
 土師尾常務はそう云いながら均目さんの方に目を向けるのでありました。
「新開発商品の方はどうなっているのかね?」
 社長も均目さんの方に顔を向けるのでありました。
「常務の方に全く提案していない訳、ではありませんが、・・・」
 均目さんがどこか居心地悪そうに身じろぎするのでありました。

 土師尾常務が均目さんの言を聞いて、小さく鼻を鳴らすのでありました。その後勿体ぶった身ごなしでソファーの背凭れから身を起こすのでありました。
「新商品と云っても、均目君の持って来る案は従来品の焼き直しとか、微調整品とか、その程度のものが殆どでちっとも斬新なところがないからなあ」
 土師尾常務はそう云いながら、如何にも高飛車な態度で均目さんを小馬鹿にするような薄ら笑いを浮かべるのでありました。
「いやいや、新案の企画もちゃんと出していますよ」
 均目さんは不本意そうに口を尖らせるのでありました。
「まあ、新案と云っても恐ろしく金のかかりそうな企画とか、随分長い時間を掛けないと商品にならないような企画は確かに出てはいるけどね」
「例えばどんなものかな、その均目君の出す企画とやらは?」
 社長が均目さんをソファーの背凭れに身を埋めた儘で見るのでありました。
「竟この前に出してきた企画が、それも僕が散々催促してようやく出してきたのが、日本全国のローカル駅を厳選して三百程紹介するB五判の八十頁程の小冊子、とか云うものだったけど、そんなものは如何にも陳腐でどこにでもありそうな企画で、営業サイドの意見としては、ウチの販促品のラインアップ中の有力商品になるとは到底思えないけどね」
「しかし本の中の案内図は今ある一枚ものの百万分の一の全国地図を流用出来るし、図版は在京の各県の観光物産課から借りて来れば良いし、記事も関東周辺の幾つかの駅は現地取材するにしても、殆どは観光パンフレットや既存の旅行案内本や鉄道企画本なんかを参考にして書けば良いし、そんなに大金を掛けないで出来る商品だとおもいますがねえ」
「で、経費と製作期間はどんなものなんだい?」
 社長があんまり乗り気でないような素振りで訊ねるのでありました。
「その辺の細かな経費計算とか製作時間の割り振りなんかをする前に、土師尾常務に端から相手にされなくて即刻没にされました」
 均目さんは未練たっぷりと云った風情で土師尾常務に目を向けるのでありました。
(続)
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