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あなたのとりこ 587 [あなたのとりこ 20 創作]

「では要するに、常務としては那間さんに何を要求したいのですか?」
 ここで均目さんが口を挟むのでありました。土師尾常務はすぐに袁満さんから喧嘩腰の目を均目さんの顔の方に移すのでありました。
「この際はっきり云わせて貰うけど、これ迄の仕事に対する態度から判断して、就業規則を順守しようと云う意志なんかとことん持ち合わせていないようだし、実際の行動も不実極まりないのだから、相応のペナルティーを受け入れて貰うしかないと考えている」
 土師尾常務は如何にも陰鬱な語調で重々しく云うのでありましたが、那間裕子女史の方には視線を向けないのでありました。これはうっかり女史の方を見て仕舞って、実際の地位は自分の方が上である筈なのに、また不本意にも位負けみたいな醜態を晒してしまうのを恐れたためでありましょう。これもまあ、なかなかの弱気振りではありますか。
「相応のペナルティー、と云うのはつまりどういうものですか?」
 均目さんが土師尾常務の弱気を見透かしたように口の端に憫笑を湛えて、少しばかり身を乗り出しながら訊くのでありました。
「賃金の減額とか、当分の間出社停止とか、その辺は色々考えられる」
「賃金の減額は受け入れられませんよ」
 袁満さんが横からすぐに発言するのでありました。「組合として、賃金に対する勝手な操作は断じて受け入れられませんからね」
「それじゃあ訊くけど、那間君の社員としての弁えの無さとか不良態度に対して、組合として何の問題も無いとでも考えているのか?」
 そう詰め寄られて袁満さんはすぐに反駁する機を逸するのでありました。袁満さんとしても那間裕子女史の長年の度重なる遅刻には、心の内ではうんざりしていたのでありましょう。しかしここで土師尾常務に調子付かれてはまんまと向うの思う壺だと焦って、何とか反論の言葉を大至急探すのでありましたがもたもた感は拭えないのでありました。
「組合として何の問題も無い、とは云っていませんよ」
 袁満さんの当惑をカバーしようとして均目さんが云うのでありました。「しかし黙って会社の云いなりに、那間さんに対する懲罰を受け入れる気もありませんけどね」
「それはどういう事だ、均目君?」
「懲罰を理由に、組合員の一人に対する賃金面での不利益を認める事はしないと云う事ですよ。それはようやくかち取った賃金体系の崩壊につながりますからね」
「それは組合の勝手な云い分だ。人事考課は会社の専権事項だろう?」
「著しく不当なら、組合としても容喙せざるを得ないじゃないですか」
「どうせ何でもかんでも不当だと云い募る心算なんだろう?」
 土師尾常務は見透かしたような笑いを片頬に浮かべるのでありました。
「そうでもないですけど、まあ大方は、そうなるでしょうね」
 均目さんも大いに負けてはいないところを示すため、土師尾常務の片頬の笑いを茶化すように笑って見せるのでありました。当然ながらそれが全く気に入らないようで、土師尾常務の顔に険しさがみるみる表れるのでありました。
(続)
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