SSブログ

あなたのとりこ 541 [あなたのとりこ 19 創作]

 結局社内全体会議をその週の金曜日修業時間後に設定して、組合員だけではなく日比課長も入れて開催すると云う段取りが調整されるのでありました。出来れば社長の出席も請うと云う事で、これは土師尾常務が声掛けを引き受けるのでありました。
 しかし労使の団体交渉よりは社内の全体会議でと云う案は、恐らく土師尾常務の頭からではなく社長から出た謀で、これは今更社長に招請をかける必要もないと云うところでありましょう。土師尾常務が社長に出席のお伺いを立てると云うのは、まあ、不要な手順、と云う以上の意味は何も無いと云うものでありましょうか。
 社内全体会議の議題は当面の会社存続策と将来像に関して、と云うものでありました。そのために経営側だけではなく従業員の意見も広く聴取して、全社的に納得のいくものを見出すと云う、尤もらしい意義のあるもののようでありながらも、何だか曖昧模糊とした通り一遍の議題に変容されて、従業員の雇用を守るための交渉と云う元々の議題の方は、何処かにこっそり隠れて仕舞ったような感じになったと云う風でありましたか。これはもう土師尾常務の、と云うよりは社長の思惑通りに運んだと云うところでありますか。

 その日午後五時の終業時間になるとすぐに、頑治さんは隣の机の那間裕子女史に一杯やっていこうと誘われるのでありました。団体交渉派の二人で誰彼を罵りながら事前の組合員間の申し合わせを反故にして、ぬるい全体会議の形式に落ち着いて仕舞った事態に対して、酒でも飲みながら大いに鬱憤を晴らそと云うところでありますか。
 先の経緯から、那間裕子女史は均目さんに声は掛けないのでありました。それに那間裕子女史の頑治さんへの声の掛け方なんと云うものは、自分を真ん中に頑治さんと反対側の隣の席に座っている均目さんは端から無視して、誘う気も更々無いと云う仕方でありましたか。均目さんにしても、那間裕子女史と頑治さんの遣り取りをまるで無視するかのように、未だ片付かない仕事に没頭していると云う風を装っているのでありました。
 今日の飲み会は屹度、那間裕子女史は自棄になってへべれけに酔っぱらうのであろうと頑治さんは推測するのでありました。そうなると神保町とか御茶ノ水駅の近辺なんかではなく、なるべく那間裕子女史の居所に近い飲み屋街の方が場所としては良いだろうと判断するのでありました。そう云う処なら若しへべれけに酔っぱらったとしても、タクシーに押し込んで手を振って見送って仕舞えば何とかなるでありましょう。そうなると新宿辺りの、時々立ち寄る洋風酒場なんぞが好適だと考えてそこを提案するのでありました。
 那間裕子女史はそんな頑治さんの危惧を知ってか知らでか、その方が均目さんや袁満さんや甲斐計子史と云う罵倒の対象たる全体会議派が宴会を催すとしても、パッタリ出くわす確率は低いだろうと云う判断で、何度か頷きながら同意するのでありました。
「片久那さんが居なくなった後の均目君を、唐目君はどう見ているの?」
 酒とチョロッとしたつまみ物を注文してから、カウンター席の横に並んで座っている頑治さんに、顔を横に向けて那間裕子女史が訊くのでありました。
「まあ、仕事だけじゃなく、会社の仲での立ち位置も何とか片久那制作部長に近付こうと頑張っている、と云った印象ですかね、好意的に見ると」
(続)
nice!(12)  コメント(0) 
共通テーマ:

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。