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あなたのとりこ 497 [あなたのとりこ 17 創作]

 そんな事を考えながら頑治さんは小滝橋の交差点を早稲田通りに入り、すぐに右にハンドルを切って落合中央公園を右に見ながら八幡通りを北上するのでありました。もう目的地の西武新宿線下落合駅近くにある荒井デザイン事務所は目と鼻の先であります。
 どうしたものかその日は小滝橋通りの車通りも少なく、頻繁に信号に掴まる事もなくスムーズに車を走らせることが出来たのでありまあした。袁満さんと甲斐計子女史の将来も日比課長の、ガツガツした嫌らしい目、と云う障害もしっかり乗り切って、このようにスムーズに目的とするところに到着すると良いかなあと思うのであります。頑治さんはここ最近に無かった弾んだ気持ちでブレーキペタルをグイと踏むのでありました。

 片久那制作部長が会社を辞める日が近付くにつれて、那間裕子女史の気が何だか次第に塞いでいくのでありました。どちらかと云うと片久那制作部長から多くの責任を引き継ぐ事になった均目さんの方が、見た目には意外に落ち着いている風でありました。
 それは均目さんが豪胆だからと云うよりは、近い将来片久那制作部長に呼ばれたなら、すぐにそちらに移る秘かな算段が抜け目なく整っているからでありましょうか。だからまあ、そんなに全くの無責任とか云う事ではないのではありますが、均目さんとしては案外そわそわとかくよくよする事もなく気楽にしていられるだと云う事かも知れません。
「唐目君は万事に肚が座っているから、片久那さんがもうすぐ会社を辞めると云う事に、そう大して不安はないみたいな様子ね」
 昼休みに神保町駅近くのランチョンで珍しく二人だけで昼飯を一緒に摂って、その後で道を渡ってラドリオでウィンナコーヒーを飲みながら午後の仕事始まり迄の時間を潰している時に、那間裕子女史が頑治さんにボソボソと喋り掛けるのでありました。片久那制作部長に頼まれた仕事で外に出ていて、昼になっても帰社しない均目さんはこの席には居ないのでありました。尤も例の中華料理屋での気まずい一件以来、何となく引っ掛かりがあって頑治さんは均目さんと一緒に昼休みを過ごす事が途絶えているのでありました。
「別に肚が座っているんじゃなくて、生まれつき鈍いからですかね。それに不安がない訳では決してなくて、これでも内心はオタオタしているんですよ」
「内心の動揺が顔に出ないタイプなの?」
「顔に出るんですが、面の皮の厚さが邪魔して傍からそう見えづらいと云う事で」
「そう云う云い草が、つまりあんまり不安を感じていない証拠かしらね」
 那間裕子女史はクスッと笑ってコーヒーカップを受け皿に戻すのでありました。
「あたしは片久那さんが居なくなった後、会社がちゃんとこれ迄通りに遣っていけるのかどうか考えると、悲観的な方にしか考えが回らなくて」
「でも、均目さんは引き継いだ仕事に関しては、何とかなりそうな目途は立っているようだし、土師尾常務の横暴には組合全員で一致団結して対処する、と云う申し合わせも出来ているし、片久那制作部長も自分が居なくとも遣っていけるよと云っている事だし」
「それはそうだけど、でも片久那さんが居なくなると、要するに会社を制御していた重しみたいなものが無くなって仕舞うと云う事じゃないの」
(続)
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