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あなたのとりこ 447 [あなたのとりこ 15 創作]

 袁満さんの言葉の後に夫々は自席に戻るのでありました。どう云うものかそれを待っていたかのように営業部の方でも制作部の方でも電話の呼び出し音が鳴り出すのでありました。頑治さんは均目さんが素早く受話器を取って、はい贈答社です、と応答の言葉を電話の向こうに投げているのを聞きながら、甲斐計子女史の席の横辺りにある制作部用の扉から急に何時も同様に慌ただしくなってきた事務所をそろりと出るのでありました。

 昼休みになっても、社長と土師尾常務、それに片久那制作部長の三人の話し合いは続いている気配でありました。これ迄になかった、嫌に長々しい談合であります。
「来客があったから、片久那制作部長はあの後、一端事務所に戻って来たけど、接客が済んだらまたすぐそそくさと社長室に戻って行ったよ」
 昼休みに頑治さんと均目さんと那間裕子女史の三人で、錦華公園近くの日貿ビルの地下にある四川飯店で昼食を摂っている時に均目さんが云うのでありました。「その後にも来客があったからまた戻って来たけど、矢張りこれも用が済むと社長室にすぐに戻った」
「長々と何の話しをしているんですか、とか二回目に戻って来てまた社長室に戻ろうとする時にちょっと、それとなく訊いてみたんだけど、・・・」
 那間裕子女史が海老のチリソースを自皿に取りながら続けるのでありました。「うん、とか、まあ、とかつれない返事をして、またすぐ事務所から出て行ったわ」
「午前中ずっと話していて、それに未だその話し合いは続いているようですから、何だか小難しい込み入った話しを三人で頭を寄せ合ってしているんですかねえ」
 頑治さんは後輩の心掛けとして那間裕子女史が取り終えるのを少しの間待ってから、徐に自分も海老のチリソースに箸を伸ばすのでありました。
「何だか急に、降って湧いたような長話しだよなあ」
 均目さんは蟹玉が目当てのようであります。「出雲君の退職に絡んで、何かあの三人にとって重大な問題が持ち上がったと思われるけど、それが何なのかさっぱり判らない」
「春闘の時にもそんな事は無かったから、大いに気になるわね」
 那間裕子女史が海老を口に運び入れるのでありました。「何の話しか聞いた時の、片久那さんのあの面白くなさそうな顔と曖昧な返答からすると、妙に気になるわね」
「何の話しをしているのか皆目判らないところが不気味だよなあ」
 均目さんが蟹玉の後にすぐ飯を口の中に入れるのでありました。
「均目君が今、出雲さんの退職に絡んで重大な問題が持ち上がって、とか云ったけど、出雲さんの退職に絡んでなら、経営の三人でこんなに長く話し合いをする事なんかないんじゃないかな。話すとしてもせいぜい退職金に関してか、その後の出雲さんの跡目の事だろうから、それならこんなに長く話し合うような事項じゃないと云うみたい事だしね」
 頑治さんは箸の動きを止めて考え込むような表情をするのでありました。
「それはそうだな。と云う事は出雲君の事とは無関係な、何やらあの三人にとって深刻な問題が誰かから提起されたと云う事になるかな」
 均目さんも箸の動きを止めるのでありました。
(続)
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