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あなたのとりこ 579 [あなたのとりこ 20 創作]

「それは俺には判らない。後で那間さんに聞くしかないかな」
 これは尤もな均目さんの意見でありましたか。
「まあそれはそれとして、・・・」
 頑治さんは語調を改めるのでありました。「こう云うお願いはひょっとしたら筋違いかも知れないけど、と云うか、俺としては強ち均目君に頼むのがそんなに不自然でもないとも思うけど、つまり、今から那間さんを迎えに来てくれないかな」
 頑治さんにそう云われて均目さんはすぐには返事しないのでありました。この頑治さんのお願いが突拍子もないもので思わず言葉を失ったのかも知れませんが、若しそう云う事でないとしたらすぐさま、自分には関わりない事とか、そう云う義理も義務もないと億劫がるだろうと踏んでいたのでありましたが、まあ、そうではないのでありました。これはあくまで頑治さんの胸中で拵えた文脈の上での均目さんの反応ではありましたけれど。
「判った。今から迎えに行くよ」
 暫くあれこれ慮って逡巡していたからか、ちょっと長い目の間を挟んでから均目さんはボソッとそう請け合うのでありました。
「うんまあ、頼むよ」
「判った」
 均目さんはもう一度そう云って静かに電話を切るのでありました。

 約一時間してから、頑治さんの部屋の呼び出しチャイムが鳴るのでありました。
「電車もない時間なのに、ご苦労さんだったかなあ」
 頑治さんは開けたドアの取手から手を離しながら云うのでありました。
「仕方がないからタクシーで来たよ」
 均目さんはやや不機嫌な口調でそう返してから、素早く玄関の中に身を入れて自分の手でドアを静かに閉めるのでありました。
「那間さんは未だ目を覚まさないのかな?」
 均目さんは部屋の奥を覗き込むような仕草をするのでありました。
「ずっとこんな感じで、無邪気に高いびきだな」
頑治さんはやや持て余したような笑いを作って云うのでありました。
 それから二人で那間裕子女史の寝姿を見下ろしてから、頑治さんに促されて均目さんは那間裕子女史の腹側に胡坐をかいて座るのでありました。
「俺に那間さんを迎えに来いと催促してきたのは、つまり唐目君は俺と那間さんの関係をとっくに知っていたという事だよね?」
 均目さんは女史を挟んでその背中側に、同じく胡坐に座った頑治さんに向かって特に表情を作らずに訊くのでありました。
「ちゃんと認知していたと云うんじゃなくて、そうじゃないかと当たりを付けていたと云うところかな。実はかなりあやふやな勘繰りで、図星の確信があった訳じゃないよ」
「ふうん、なかなか鋭い、と云うのか、侮り難いよなあ」
(続)
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