あなたのとりこ 506 [あなたのとりこ 17 創作]
那間裕子女史は袁満さんを見据えながら首を傾げるのでありました。
「でも俺より甲斐さんの方が貰っている賃金は多いからなあ。俺は出張が無くなった分、日当が入らなくなって実入りが減っているから、大いに助かってはいるんですよ」
袁満さんはあくまでも屈託が無いのでありました。
「それにしたって、ちょっとちゃっかりし過ぎていない?」
那間裕子女史の眼容が批判的な風に変わるのでありました。
「あたしは別に構わないのよ。袁満君が組合の委員長として社長や土師尾さんと渡り合ってくれたから、あたしのお給料も上がったんだし。まあ、あたしは春闘が終わった後で、社長に不当な扱いを受けそうになったんで、慌てて組合に入ったんだけどね」
甲斐計子女史が庇うような事を云うのでありました。
「でも、男として女の人に奢って貰うと云うのは、どうなんだろう」
那間裕子女史は、今度は先程とは反対側に首を傾げるのでありました。
「まあ、他にも袁満君には色んな事を助けて貰っているから」
この甲斐計子女史の言は、会社帰りに日比課長の変なちょっかいから逃れるために、神保町駅迄時々袁満さんに送って貰っている件を指しているのだろうと頑治さんは思うのでありました。前にそんな事を袁満さんから直接聞いた事があるのでありましたから。
「甲斐さんは袁満君にそんなに何を助けて貰っているの?」
その事を全く知らない那間裕子女史は、甲斐計子女史にも小首を傾げて見せるのでありました。何やら話しが妙にややこしい路に入ろうとしているような気配であります。
「まあ、色々と」
甲斐計子女史は説明するのが大儀なのか、それとも何となく気が引けるからなのか、もじもじしながら苦笑ってこの場を取り繕おうとするのでありました。
「ふうん、色々、ねえ」
那間裕子女史はそんな返答では到底納得出来ないと云った不満顔ではあるけれど、ここは取り敢えずそれ以上話しをほじくる気はないようでありました。
「さあ、ここで何時迄も立ち話ししていたら午後の始業時間に遅れますよ」
頑治さんが腕時計を見ながら帰社を促すのでありました。那間裕子女史は何だか納得がいかないような消化不良の表情で、甲斐計子女史は那間裕子女史のこれ以上の追及を取り敢えず回避出来た事に内心ほっとした顔付きで、袁満さんは至って屈託ない顔で、頑治さんを入れて四人は、打ち揃って会社迄の僅かの道を急ぎ足に戻るのでありました。
社長が私的な株の売り買い道楽のために、会社の金を勝手に流用しているという事を片久那制作部長から前に聞かされたものだから、従業員の社長を見る目は結構露骨に変化するのでありました。表面上はそれ程極端と云う訳ではないのでありましたが、社長が傍に居ても親しそうな笑いを投げかけたり、自分の方から喋り掛けたりするのは殆どないのでありました。まあ、日比課長は調子良く社長にお追従の一つも吐いてはいましたか、その頻度と云う点では多少減ったような気も、頑治さんはしないでもないのでありました。
(続)
「でも俺より甲斐さんの方が貰っている賃金は多いからなあ。俺は出張が無くなった分、日当が入らなくなって実入りが減っているから、大いに助かってはいるんですよ」
袁満さんはあくまでも屈託が無いのでありました。
「それにしたって、ちょっとちゃっかりし過ぎていない?」
那間裕子女史の眼容が批判的な風に変わるのでありました。
「あたしは別に構わないのよ。袁満君が組合の委員長として社長や土師尾さんと渡り合ってくれたから、あたしのお給料も上がったんだし。まあ、あたしは春闘が終わった後で、社長に不当な扱いを受けそうになったんで、慌てて組合に入ったんだけどね」
甲斐計子女史が庇うような事を云うのでありました。
「でも、男として女の人に奢って貰うと云うのは、どうなんだろう」
那間裕子女史は、今度は先程とは反対側に首を傾げるのでありました。
「まあ、他にも袁満君には色んな事を助けて貰っているから」
この甲斐計子女史の言は、会社帰りに日比課長の変なちょっかいから逃れるために、神保町駅迄時々袁満さんに送って貰っている件を指しているのだろうと頑治さんは思うのでありました。前にそんな事を袁満さんから直接聞いた事があるのでありましたから。
「甲斐さんは袁満君にそんなに何を助けて貰っているの?」
その事を全く知らない那間裕子女史は、甲斐計子女史にも小首を傾げて見せるのでありました。何やら話しが妙にややこしい路に入ろうとしているような気配であります。
「まあ、色々と」
甲斐計子女史は説明するのが大儀なのか、それとも何となく気が引けるからなのか、もじもじしながら苦笑ってこの場を取り繕おうとするのでありました。
「ふうん、色々、ねえ」
那間裕子女史はそんな返答では到底納得出来ないと云った不満顔ではあるけれど、ここは取り敢えずそれ以上話しをほじくる気はないようでありました。
「さあ、ここで何時迄も立ち話ししていたら午後の始業時間に遅れますよ」
頑治さんが腕時計を見ながら帰社を促すのでありました。那間裕子女史は何だか納得がいかないような消化不良の表情で、甲斐計子女史は那間裕子女史のこれ以上の追及を取り敢えず回避出来た事に内心ほっとした顔付きで、袁満さんは至って屈託ない顔で、頑治さんを入れて四人は、打ち揃って会社迄の僅かの道を急ぎ足に戻るのでありました。
社長が私的な株の売り買い道楽のために、会社の金を勝手に流用しているという事を片久那制作部長から前に聞かされたものだから、従業員の社長を見る目は結構露骨に変化するのでありました。表面上はそれ程極端と云う訳ではないのでありましたが、社長が傍に居ても親しそうな笑いを投げかけたり、自分の方から喋り掛けたりするのは殆どないのでありました。まあ、日比課長は調子良く社長にお追従の一つも吐いてはいましたか、その頻度と云う点では多少減ったような気も、頑治さんはしないでもないのでありました。
(続)