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あなたのとりこ 675 [あなたのとりこ 23 創作]

「しかし袁満さんが退屈そうな顔をしていますし」
「ああいや、俺は別に退屈している訳じゃないよ」
 袁満さんが片手を横に振りながら云うのでありました。「昨夜はちょっと寝不足で、それでつい欠伸が出ただけだよ。三人の話しは興味深く聞かせて貰っているよ」
「ああそう。なら、もう一本徳利の追加をして良いかしら?」
 那間裕子女史が徳利の首を掴んで、それを如何にも軽そうに差し上げて横に何度か振って見せて、残量が少ない事をアピールして見せるのでありました。
「ああ勿論、どうぞ」
 袁満さんは苦笑して何度か頷いて見せるのでありました。本当のところはこの辺で切り上げたかったのでありましょうが、生来の優しさから、袁満さんは那間裕子女史の要望を聞いてあげたのでありましょう。それにこれも生来の律義さから自分一人だけ帰るとも云わずに、皆の納得いくお開き迄付き合う心算なのでありましょう。
「兎に角片久那制作部長に云わせれば、あの政党は遣る事為す事到底信頼に値しないし、自分達の魂胆のためには平気で他人を犠牲に供する事を厭わない連中で、左翼のリーダー面をしたいくせに、リーダーと認めるに値しない下劣な政党だと云う事だ」
 均目さんがまた先程の話しを蒸し返すのでありました。
「それは新左翼運動出身の片久那制作部長の意見で、穏健な議会主義に転向して、左翼運動の、或いはその延長としての革命の前衛に値しなくなった、と云う批判だろう?」
 頑治さんがその蒸し返しに乗るのでありました。「あくまで片久那制作部長は自分の信じる左翼運動の、理想的で典型的な政党はかくあらねばと云う考えとの比較の上で、あの政党に見切りを付けたのだろうし、具体的にもいろんな場面で相当の被害や妨害を受けた経験があるんだろう。それならまあ、同調はしないけど気持ちは判りはする。しかし左翼運動の経験も、シンパであると云う事も今迄聞いた事のない均目君が、片久那制作部長の云うあの政党批判に余りに無造作に乗っかると云うのは、ま、どう云うものかねえ」
「別に無造作に乗っかっている訳じゃないよ」
 均目さんは少しムキになるのでありました。「あの政党の遣る事為す事、それに考えとか聞いていると、成程片久那制作部長の批判も尤もだと思えるんだよ」
「それは少し弱いな」
 頑治さんは無表情に均目さんを見るのでありました。「その均目君の云い草には、何と云うのか、切実さと云うのか、切迫感と云うのか、そう云うものがないんだよ。あるのは、片久那制作部長に対する無条件の追従、と云ったらちょっと云い過ぎになるかな」
 頑治さんは口元を笑いに歪めて猪口を口元に運ぶのでありました。均目さんは頑治さんのその云い草が甚く気に入らなかったようで、頑治さんから不意に視線を背けて不機嫌そうにビールをグイと一口飲むのでありました。
「兎に角、俺はあの政党は嫌いだし信用ならないと思っているよ」
「お酒をもう二本、持ってきて貰えます?」
 那間裕子女史が不意に、傍にいた店員に徳利の追加を注文するのでありました。
(続)
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