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あなたのとりこ 626 [あなたのとりこ 21 創作]

 倉庫に入ると作業台を五人で取り囲んで、袁満さんが一同をゆっくり見渡して、最後に頑治さんに視線を留めて訊くのでありました。
「こちらとしてもこれは労働組合案件だと啖呵を切った手前、全総連の人を交えて団交と云う形式で話し合うと云うスタンスを貫くべきだと思うけど」
「まあ、そんなにこちらの啖呵や面目に拘る必要はないんじゃないですかね」
 頑治さんは悠長に聞こえるような口調で云うのでありました。そうだそうだ、是非とも全総連を巻き込んだ労働争議として対するべきだと、頑治さんが袁満さんに同調して大いに煽るものだと袁満さんとしては予め憶測していたようで、頑治さんのそんなどことなく呑気そうな応え方を聞いて、大いに調子が狂ったようであります。
「じゃあ、全総連にこの間の一連の話しを持ちこむ前に、もう一度全体会議の提案を受け入れると唐目君は云うのかな?」
「まあ、一端全総連にこの話しを持ちこんでしまうと、社長や土師尾常務と決定的に対立して、もう喧嘩腰だけの関係になって仕舞いますからねえ。その覚悟が我々組合員全員に出来ているのなら、この儘労働組合案件として突っ走っても良いでしょう。しかし、未だどこか腰が引けているところがあるんじゃないですか?」
 頑治さんはそう云いながら甲斐計子女史を見るのでありました。甲斐計子女史は頑治さんの視線からおどおどと目を逸らせて、胸の前で掌を合わせて右手の指を左手の指に絡めたりしながら何となく落ち着かない気配でありました。詰まるところ甲斐計子女史は一種の怖じ気と面倒を忌避したいと云う思いから、社長や土師尾常務と決定的に対立しても構わないと云う覚悟は未だしっかりとは出来てはいないのでありましょう。
 そんな甲斐計子女史の様子を見ながら、袁満さんは少し眉を顰めるのでありました。それなら袁満さんは断固決定的な対立を支持しているのかと云うと、生来の性質から、出来れば穏便に事を運びたいと、本心では思っているのだろうと考えるのでありました。別に見透かすとか、人の悪い侮りからそう疑っているのではないのでありましたが。
「袁満さんも、下手に全総連を巻き込んで労働争議化して、社長や土師尾常務とこの先延々と争っていくのはうんざりなんじゃないですか?」
 頑治さんは袁満さんを下から嘗め上げるような目をして訊くのでありました。
「そう訊かれると、それは確かにそんな厄介事を背負い込みたくはないけど、・・・」
 袁満さんは陰鬱な小声で応えるのでありました。
「俺だってご免ですよ」
 頑治さんがそう云って息を抜くような笑いをすると、袁満さんはどこかホッとしたような表情になって、下げていた目線を上げて頑治さんの顔を見るのでありました。
「じゃあ、全体会議の提案を、蹴るんじゃなくて受けるのね?」
 那間裕子女史が焦れったそうに袁満さんに訊くのでありました。
「ええまあ、どうしたものか。・・・」
「ま、あたしや均目君はどうせこの会社を辞めていく身だからどっちでも良いけど」
 那間裕子女史が袁満さんの曖昧な態度を侮るような云い方をするのでありました。
(続)
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