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あなたのとりこ 627 [あなたのとりこ 21 創作]

「唐目君は土師尾常務の全体会議の提案を受け入れる心算かい?」
 均目さんが倉庫の備品の、黄色いビニールバンドを結束するための金具を取って、所在なさ気にそれで手混ぜしながら訊くのでありました。
「まあ、そうだね」
「昨日労働組合案件だからこうこれ以上全体会議を続ける訳にはいかないと、社長や土師尾常務に啖呵を切って真っ先に席を立ったのは唐目君じゃなかったかな」
 均目さんは猜疑の色を湛えた上目遣いをするのでありました。
「そうだけど、だからと云ってこの儘全総連を巻き込んだ団体交渉に持って行くには、俺もそうだけど、こちらの気構えが未だ確立出来ていない状態だから、ちょっと無理があるかと考えたんだよ。それならもう一度、会社の将来像とかを具体的なところも交えて話しを聞いて貰いたいと、まあポーズなんだろうけどあの土師尾常務が下手に出てきているんだし、頼まれる儘それに乗ってもこちらの不利にはならないんじゃないかな」
「そうかなあ」
 均目さんは頑治さんのその言に納得しないようでありました。「まあ、袁満さんや甲斐さんや唐目君がそう云う目論見なら、別に俺はそれに従うけどね」
「俺も唐目君の意見に賛成だな」
 袁満さんが均目さんを横目で見ながら云うのでありました。「確かにこの儘労働組合と経営側の対立として事を運んでいくのは、あまりに性急に過ぎるような気がする。この前まで春闘ですったもんだしていて、曲がりなりにもやっとそれが片付いたのに、また同じようなすったもんだの繰り返しかと考えると、正直げんなりしてくるよ」
「春闘が片付いたって袁満君は云ったけど、それが反故にされようとしているんだから、未だちっとも片付いていない訳じゃないの」
 那間裕子女史が少しからかうような語調で云うのでありました。
「それはそうだけど、またあの社長や土師尾常務と一悶着遣り合うのかと思うと、気持ちが陰鬱になってきますよ。そう云う気持ちは那間さんも判るでしょう?」
「まあ、それは判らなくもないけど、でもやっと勝ち取った成果が台なしになりそうなんだから、ここは踏ん張りどころで、強い対抗力を見せるべきじゃない」
「この会社を辞める人が、そんな事を嗾けるのは烏滸がましいんじゃないの?」
 甲斐計子女史が那間裕子女史を睨みながら言葉を挟むのでありました。那間裕子女史は甲斐計子女史に、女史と同じくらいの険を含んだ鋭い目を向けるのでありました。
「そう云う風に云われれば、もうあたしには云う言葉はないわ」
 那間裕子女史は聞えよがしに舌打ちするのでありました。「どうせあたしは辞める人間だから、後の事は残る人達であれこれ考えれば良い事だしね」
 結局、辞めていく均目さんと那間裕子女史はこの件に関してつべこべ云う資格はないと自らも認めるところなので、袁満さんの決定に皮肉な笑いを返して態度を保留するのでありました。袁満さんは頑治さんと甲斐計子女史の同意を確認して、土師尾常務の今夕の二度目となる全体会議提案を飲むと結論して、倉庫での集会を解散するのでありました。
(続)
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