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あなたのとりこ 625 [あなたのとりこ 21 創作]

 制作部スペースに向かう頑治さんの背後で土師尾常務が袁満さんに向かって、昨夜会議を終えた後で社長と二人居残ってあれこれ協議して、家に帰ったのは午前零時を回って仕舞ったよとか、くだけた口調ながら恩着せがましく云っている声が聞こえて来るのでありました。それに対して、そんな事は別に頼んだ訳でもいないしそちらの勝手じゃないですか、と袁満さんが不愉快そうに返す声も聞こえて来るのでありました。
「今ちらっと聞こえたけど、今日の夕方に全体会議だって?」
 制作部スペースに入ると頑治さんが切り出す前に、均目さんが首を後ろに回してそう訊いてくるのでありました。
「そう云う土師尾常務の要望だけど」
 頑治さんは別にそれ程でもなかったけれど、機先を制されて驚いた、と云うような表情をして均目さんを見返すのでありました。
「で、その要望に応える心算なの?」
 これは那間裕子女史が訊く言葉でありました。
「それを確認したいんだけど」
 頑治さんは均目さんと那間裕子女史の顔を交互に見ながら云うのでありました。
「俺はとしては袁満さんの考えに従うだけだけどね」
 均目さんがどこか他人事のような調子で応えるのでありました。まあ、もう既に会社を辞めると決めた身としては、ここで敢えて自分の意見を云うところではないと云う考えなのでありましょう。那間裕子女史にしてもそこは同様でありましょうか。
「じゃあ、ちょっと下の倉庫で協議したいから、来てもらえるかな」
「今からかい?」
 均目さんがどういう了見からか少し躊躇いを見せるのでありました。
「今からじゃ何か都合が悪いのかな?」
「十時に下版したフィルムを受け取りに印刷屋が来るんだよ」
 そう云われたので頑治さんは自分の腕時計を見るのでありました。
「やるかやらないかの確認だけだから、二十分もかからないよ」
「それなら構わないけど」
 均目さんはそう云いながら立ち上がるのでありましたし、那間裕子女史も釣られるようにやや遅れて椅子から腰を浮かすのでありました。
 頑治さんは行きしなに甲斐計子女史も促して、袁満さんには下を指差して今から倉庫に集合と云うサインを送って、日比課長を除く一同は事務所を出て行くのでありました。
 未だ倉庫の扉に行き着くに、駐車場の辺りで止めてある車を擦り抜けながら、袁満さんが頑治さんに話しがけるのでありました。
「昨日の今日、またぞろ全体会議を提案してくるのは、どういう魂胆なんだろう?」
「どうしても全総連には出て来て欲しくないんじゃないですか」
「面倒な労働問題を抱え込みたくないと、そう云う事なのかな?」
「まあ、そんな考えからでしょうね」
(続)
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