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あなたのとりこ 606 [あなたのとりこ 21 創作]

 社長がそのように土師尾常務を庇うのは、まさか本当に土師尾常務に全幅の信頼を置いているため、と云うのではないのではないかと頑治さんは考えるのでありました。もしかして社長がいくら盆暗な目をしていたとしても、土師尾常務と云う人がそれ程信頼を置ける人かどうかは、接していれば疑わしいと少しくらいは判るでありましょう。頑治さんは今迄接してみて、社長はそれ程に頓馬ではないとは思われるのであります。
 であるとしたら、社長は土師尾常務をすっかり信用しているところを従業員に見せる事に依って、何がしかの効果を狙っていると云う事でありましょうか。しかし何の効果を狙っているのかは、今のところ頑治さんにはさっぱり判らないのでありました。土師尾常務への揺るぎない信頼は寧ろ従業員の不信感を誘発、増幅しかねないのでありますから、これはもう逆に、効果も何も狙い難いと云うものではないでありましょうか。
「社長は何を根拠としてそのように土師尾常務を信頼されているのでしょうかね?」
 均目さんが首を傾げて訊くのでありました。均目さんとしても今の頑治さんの疑問と同じ疑問を抱いたのでありましょう。
「それは今迄、土師尾君が我が社の実務のトップとして、会社を引っ張って来た実績があるためだ、と云うしかない」
 社長はしれっとそう云うのでありましたが、そのしれっとした云い様がいかにも何か屈託あり気で、何やら思惑があってそう云っているようにも見えるのでありました。
「実務のトップ、ですって?」
 那間裕子女史が哄笑するのでありました。「本気で社長がそう思っているのなら、それは頓珍漢も窮まったと云うところかしら」
 勿論この那間裕子女史の無遠慮な言葉に社長は嫌な顔をするのでありました。しかし今迄散々那間裕子女史の無礼に対する土師尾常務の逆上を宥めて来た手前、ここで自分が興奮して大声を出す訳にはいかないからか、そのような醜態を見せるのはグッと堪えるのでありました。何に依らずエエ格好しいの面目躍如というところでありますか。

 急に土師尾常務が喋り出すのでありました。
「僕は我慢するとしても、社長に対してその云い草は失礼じゃないのか、那間君」
 ここは自分を高く買ってくれている社長に対する忠義の見せどころであります。
「ちっとも我慢なんかしていなかったじゃないの」
 那間裕子女史はここでも哄笑するのでありました。「ちょっと挑発されるとすぐに頭から湯気を出して、まんまとこっちの思い通りの反応を見せていたくせに」
「社長に対して全く弁えがないと云っているんだ、僕は」
「まあまあ、ここでそんなに社長に自分を売り出さなくてもいいじゃないですか。社長も常務の忠誠心は重々笑止、いや、承知されているようですから」
 均目さんがからかい半分、いや、からかい八分の口調で云うのでありました。それに那間裕子女史と袁満さんが同調して笑い声を立てるのでありました、頑治さんと日比課長、それに甲斐計子女史は何とか漏れ出ようとする笑いを我慢するのでありました。
(続)
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