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あなたのとりこ 607 [あなたのとりこ 21 創作]

「まあ、社長に対するあたし達の無礼をここでいきなり大声で云い立てて見せる事で、一気にこちらの態度や物腰の不手際のみを必要以上に強調して、ここから先の議論を自分達有利に持って行こうとしているのかも知れないけど、それは返って社長の、穏便に話し合いを進めていこうとしている意に反しているんじゃないかしら?」
 那間裕子女史もからかい口調で均目さんの後に続くのでありました。「尤もこれは、議論のいっぱしの策士だと、あたしが土師尾さんを買い被っているだけで、本当はそんな策略もテクニックも全くない単なる頓珍漢なのかも知れないけどね」
 ここでも袁満さんが同調の笑い声を立てるのでありました。頑治さんと日比課長、それに甲斐計子女史は、竟漏れそうになる笑いをここでも再度堪えるのでありました。
 その笑わない三人組に目を付けたのか土師尾常務が、先ずこの三人組の中の日比課長に険しい目を据えるのでありました。
「日比君も、こんな均目君や那間君や袁満君と同じ意見なのか?」
 急に自分に土師尾常務の矛先が向いたものだから、日比課長はあたふたするのでありました。それからこそこそと横目で社長の顔色を窺いもするのでありました。
「いやまあ、すんなり同調する心算ではないですが、袁満君等の云っている事も一理ありはするかなあ、とはちょっと思いますがね」
 日比課長は旗幟を鮮明にするような云い草は避けるのでありました。
「つまり僕がこの会社に何一つ貢献していない、駄目役員だとは思わないんだな?」
「駄目な役員とは全く思いませんよ、勿論。ただ、社員とのコミュニケーションが得意じゃないせいか、専横だと見られるきらいはありますかねえ」
「確かに君達の何に依らずもたもたしている仕事振りなんかは、見ていて非常に腹立たしく感じる事がある。だから竟、厳しい対応になる点は認めないでもない。僕個人としては宗教者として、未だ至らない部分があると反省するところだが」
 土師尾常務は日比課長の言に、険しい顔をした儘頷き返すのでありました。
「良く云うわ。片久那さんがそう云うのだったら納得もするけど、土師尾さんがそんな科白を吐くのは、如何にも烏滸がましいと云うものじゃないかしら」
 那間裕子女史がまたここでも哄笑するのでありました。「第一、宗教者として至らない部分がある、とか一見殊勝らしいところを醸し出そうとする肚が、全く以って卑しい性根の証明と云うものよ。土師尾さんが立派な宗教者だとここに居る誰が思っていると云うの。そんな事をのうのうと本気で考えているようなら、それは自己省察の足りないお目出度いにも程がある頓馬、と云われても仕方がないんじゃないかしら」
 この那間裕子女史の言には例に依って均目さん袁満さんが同調の笑いをするのでありましたが、日比課長もごく控え目ながらその笑いの組に加わるのでありました。
「甲斐君もそう思っているのか?」
 土師尾常務は、今度は甲斐計子女史に憮然たる顔を向けるのでありました。
「まあ、そうね」
 甲斐計子女史はやや遅れて、この笑いの組に参加するのでありました。
(続)
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